■第6話『両親という名前の緊張』
日曜の午後。
都内のホテルの個室レストランには、緊張感が満ちていた。
テーブルの左右に分かれて座るのは、
佐伯瞬とその両親。
そして、綾瀬ほのかと、彼女の母――綾瀬千景。
上品で落ち着いた和装姿の千景は、元舞台女優。
その所作ひとつひとつが、“育ち”と“美意識”を物語っていた。
一方、瞬の父・佐伯誠一と、母・佐伯真理子は、地方出身の温かい人柄がにじみ出る夫婦。
ふたりは最初こそ戸惑っていたが、ほのかの礼儀正しさにすぐ心を許しつつあった。
「……あの、ほのかさん。実は私たち夫婦、ドラマの“冬の彼方”からずっとファンでしてね」
「まぁ、お母さん、いきなりそんな……」
「いいえ、とっても光栄です。母もあの作品だけは録画して何度も見ていて……」
そんな和やかな空気が流れる中。
ドアがノックされる。
「すみません、遅くなりました」
その声に瞬がぎょっと振り向くと――
ドアから入ってきたのは、一人の男性だった。
長身で、眼差しに知性と色気を兼ね備えた彼。
カジュアルなジャケット姿でも、そのオーラは隠せない。
「紹介が遅れたな」
瞬の父が笑う。
「うちの長男――佐伯 光。
最近はドラマや映画にも出てるけど、芸名は“佐伯ヒカル”で活動してるんだ」
「……えっ」
テーブルの空気が一変する。
そう――
瞬の兄、光は、ほのかと同じく芸能界の人間だった。
⸻
「……まさか、“綾瀬ほのか”さんが弟のお嫁さんになるとは、ね」
ヒカルはそう言いながら、ふっと笑った。
「俺、一度だけほのかさんと同じ映画祭で写真撮られたことあるよ。
あのときはまさか、こんな形で“義理の妹”になるとは思わなかったけど」
「ふふ……ご縁、ですね」
ほのかが、丁寧に笑って返す。
だが、ヒカルの視線は一瞬だけ――弟に鋭く向けられた。
(お前、本当に……“手に入れた”のか)
無言の問いかけ。
瞬は視線を外すしかなかった。
⸻
食事が進み、場は次第に和らいでいった。
千景は、瞬の母・真理子と料理の話で意気投合し、
父・誠一も千景の舞台女優としてのキャリアを尊敬の眼差しで語っていた。
だが、テーブルの端。
ヒカルと瞬の間には、静かな緊張が漂っていた。
「なぁ、瞬」
「……なに」
「お前、本当に……この人と結婚したんだな?」
「うん」
「この業界の女を守るってのは、簡単なことじゃない。
ましてや、彼女は“綾瀬ほのか”だ。
お前の手に負える相手か?」
その問いに、瞬はしっかりと顔を上げて言った。
「……手に負うとかじゃない。
守りたいって、思ったんだ。
名前じゃない。“綾瀬ほのか”じゃなくて、“俺の妻”としての彼女を」
その言葉に、ヒカルはふっと息を吐き、目を細めた。
「……なら、いい。
俺はお前より先に、この世界に入ったけど――
今は、ちょっとだけ“弟が羨ましい”と思ったわ」
⸻
その夜、帰り道。
「お兄さん……すごい人だったね」
「うん。……子どものころから、ずっと眩しい存在だった」
「でも、瞬くんの方が、私は好き」
「俺も、君の“女優”じゃない顔が、いちばん好きだよ」
ほのかは、照れながら手を握った。
「ねぇ、瞬くん」
「ん?」
「“義兄さん”にバレたかもしれないけど……
家族になるって、こういうことなんだね」
「うん。
これから、もっと“家族”になっていこう」
ふたりの手が、春の夜風の中で温かくつながった。
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