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■第5話『はじめて“奥さん”と呼んだ夜』


お湯が少しぬるくなった頃、

バスルームの中には、ふたりの静かな呼吸だけが響いていた。


ほのかは、タオルを胸に抱えて向かい合うように瞬の膝に寄りかかり、

瞬は肩を濡らしながら、彼女の頬をそっとなぞった。


けれど、そのとき。


ふいに、バスタオルの結び目がほどけた。


「……あっ」


気づいたときにはもう遅かった。

湯のなかで浮いたタオルが、ゆらりと揺れる。


同じタイミングで、瞬のタオルも外れかけ――

ふたりは、まったくの“素裸”で向き合うことになった。



数秒、時が止まる。


濡れた髪。蒸気に透ける肌。

湯に映る自分たちの姿が、あまりにも自然で、あまりにも赤裸々で。


それでも、視線は外せなかった。


「……綺麗だね」

瞬が、ぽつりと呟く。


「え……?」


「ほのかの身体……すごく、綺麗だと思った。

肌とか……胸も、思ってたより……」


その瞬間、

ほのかの頬が真っ赤に染まった。


「ちょ、ちょっと、そういうの言わないでよ……!

こんな……裸で向かい合ってるのに、そんな真顔で……」


「だって……本当に、綺麗だから」

「ちゃんと、“女”として見てるから」


「……バカ」


ほのかは湯の中に顔を埋め、恥ずかしさを必死に隠した。


けれど――

そのあと、瞬の手がそっと彼女の背に回され、

ぴったりと肌と肌が重なり合う。


何も言わずに、ただ抱き合った。


そして、唇がまた重なった。

長く、甘く、深く――


身体の熱より、心の熱が強かった。



翌朝。

心音が兄の家に遊びに来たのは、偶然ではなく、匂いを察知しての“妹の勘”だった。


「ほのか姉さん、いるよね? 遊びに来た~ってことで!」


リビングでお茶を淹れてもらいながら、心音はいつものようににこにこしていた。


が――その裏で、ある情報を仕入れていた。


「……でさ、聞いちゃったんだけど」


「な、何を?」


「お・風・呂!」


「――っ!?」

瞬が噴き出す。


「バスタオル、外れたんだって? お兄、素っ裸のほのか姉様見たんだって? …………この変態兄貴!!!!」


「いや、違う! 違わないけど、違うから!」


「なにが違うんだよ!!! 義姉様の何を見てるんだよ!

国民的女優の“そのへん”をガン見して“綺麗”とか“胸大きい”とか何それ!!!」


「落ち着け心音、落ち着け……!!」


「落ち着けるか!!!

しかも本人から聞いたら、まんざらでもなかったみたいじゃん!?

姉様“バカ”って言いながら照れてたらしいじゃん!?

そんなの絶対可愛いじゃん……!!

…………うらやましいじゃん……!!!(←本音)」


瞬はうなだれ、ほのかは笑いながらキッチンに隠れた。


そして――

リビングに響いたのは、

心音の叫びだった。


「推しが義姉で、兄がその旦那とか、人生のどんなバグだよぉぉぉおおお!!」



その夜。

リビングでくつろぐ瞬に、ほのかが寄り添ってくる。


「……ねえ、今日からちゃんと呼んでほしい」


「ん?」


「“奥さん”って。

いつも“君”とか“ほのか”って呼ばれるの、嬉しいけど――

たまには、ちゃんと“私の奥さん”って、言って?」


瞬は少しだけ照れたように笑って、

でも優しく、彼女の頬を撫でながら言った。


「……俺の、奥さん。

世界で一番、可愛い奥さん」


その言葉に、ほのかは静かに目を閉じ、

もう一度、唇を重ねた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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