■第3話『他人のふりで隠した“おかえり”』
土曜の午後。
都内・渋谷のイベントホールでは、新作映画のファンイベントが行われていた。
主演女優・綾瀬ほのかによるトークショー、フォトセッション、サプライズプレゼント抽選会――
開場前から、数百人のファンが長蛇の列を作る中。
その最後尾近くに、ひとりの青年が並んでいた。
佐伯瞬。
国民的女優の“ただのファン”として。
いや、“唯一の夫”として。
⸻
「当選番号、123番の方、ステージ脇へどうぞ!」
呼ばれたのは奇跡だった。
入場時に渡されたランダムな整理券――
瞬の手元には、当選番号「123」の札が握られていた。
周囲の熱気と歓声の中、彼は無言でステージ脇へと歩く。
通されたのは、ほんの短いフォトブース。
そして、そこに立っていたのは――
ドレス姿のほのかだった。
スタッフに囲まれながら、
“ファン対応用の笑顔”を浮かべて、彼を見つめていた。
「……お名前は?」
スタッフの進行通り、名乗る。
「佐伯瞬です」
一瞬、ほのかの瞳が震えた。
けれど、何も言わず、そのままカメラの前へと並ぶ。
「ありがとうございます。お写真、1枚だけになりますー!」
シャッター音。
一歩距離を取って、ただのファンとして並んだ2ショット。
「では、次の方どうぞー!」
係員の指示に従って立ち去ろうとする瞬に、
ほのかがふっと声をかけた。
「……大学生活、どう?」
その一言は、誰にも聞こえないほど小さな声だった。
瞬は、ほんの一瞬だけ立ち止まり、
振り返らずに答えた。
「……大変だけど、頑張ってる。
……君も、お疲れさま」
それだけ言い残して、彼は会場を後にした。
⸻
夜、帰宅。
玄関の鍵を開けると、リビングにはまだ帰っていないほのかの姿。
テーブルには、イベントの記念品。
写真と、手書きメッセージ入りのポストカード。
瞬はそれを手に取って、静かにソファに腰を下ろした。
「……他人のふりって、やっぱりしんどいな」
彼女を応援したい気持ちと、触れられない距離の間で揺れ続ける自分。
けれど――
10分後、ドアの開く音。
「ただいま」
「……おかえり」
リビングに現れたほのかは、メイクを落とし、
いつものジャージ姿に戻っていた。
瞬の目の前に座り、
ゆっくりと手を重ねてくる。
「今日……すごく、うれしかった。
見つけた瞬、胸がいっぱいになった」
「でも、俺、何も言えなかったよ。……ただのファンとして、並んだだけ」
「それでもいい。
だって――私だけは、わかってるから。
“あなたが夫であること”も、“誰よりも近くにいてくれたこと”も」
そして、そっと彼の肩に頭を預けた。
「……ありがとう、来てくれて」
瞬は無言でその手を握り返す。
言葉はなくても、
その夜、ふたりは確かに“夫婦”だった。
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