■第1話『キャンパスの片隅に、秘密の新婚生活』
続編です。
引き続きお楽しみ下さい‼︎
春――桜の花が舞い散る東京のキャンパス。
佐伯瞬は、国立大学の理工学部に入学したばかりの大学一年生だ。
スーツ姿の新入生たちでにぎわう講堂の外。
真新しい学生証を手に、瞬は一人で桜並木を歩いていた。
「ついに……大学生か」
声に出しても、まだ実感が湧かない。
周囲では新歓サークルの勧誘が飛び交い、スマホ片手に自撮りするグループもいる。
けれど、瞬はその輪には入っていかなかった。
なぜなら――
彼は「既婚者」だった。
⸻
誰にも言っていない。
入学手続きの書類にも、配偶者欄は空白のまま。
瞬が結婚している事実を知る者は、ごく限られた関係者のみ。
そしてその相手は――
国民的女優・綾瀬ほのか。
交際0日婚。
あまりにも非現実的な結婚だった。
それでも、今朝のキッチンで
「瞬くん、お弁当、今日こそ忘れちゃダメだよ」とエプロン姿で微笑む彼女を見て、
“この生活は現実なんだ”と、胸に刻んだばかりだった。
⸻
キャンパスの学食。
初対面の男子学生に話しかけられる。
「ねえ、理工学部だよね? 高校どこ?」
「あ、うん……都内の共学高だった」
「マジ? やっぱ男子率高いよなー、ここ。彼女いる?」
瞬は一瞬、返事に詰まる。
「……いないよ」
心がちくりと痛んだ。
けれど、この大学で「国民的女優と結婚してる」なんて言えるわけがなかった。
「マジかー! 俺も探し中! お互い頑張ろ!」
「あはは……そ、そうだね」
その日は、名前も知らない友人たちとランチを済ませた。
でも家に帰れば――
玄関で待っているのは、誰よりも美しい“奥さん”。
⸻
夜。自宅マンション。
撮影を控えているほのかは、ダイニングで台本を読んでいた。
リーディング用の丸眼鏡をかけ、髪を無造作に結び、リラックスした姿。
「……やっぱり、可愛いな」
思わず口から出た本音に、ほのかがクスッと笑う。
「今さら? でも、ありがとう。私も今日の瞬くん、大学生って顔してて素敵だったよ」
「いや、ただの冴えない一年生だよ」
「それでも、私にとっては世界一の新入生」
そう言って、ほのかは手を伸ばして彼の手を取った。
指先から伝わるぬくもりに、瞬は改めて思う。
――この手を、誰にも渡したくない。
⸻
ソファに並んで座るふたり。
テレビからは、今日も報道番組が流れている。
芸能ニュースでは別の俳優の熱愛報道が取り上げられていた。
そのとき、ほのかがふっと呟いた。
「……ねえ。私たち、いつまで“秘密”でいられるのかな」
「……できる限り、ずっと」
「本当に?」
「だって、君が“俺の奥さん”だってこと、世界で知らなくてもいい。俺だけが知ってれば、それでいいよ」
その言葉に、ほのかは一瞬だけ寂しげな笑顔を見せた。
「……ありがとう。
でも、いつか“堂々と隣に歩きたい”って言ってくれたら、そのときは――私、全部投げ出してでも、一緒に歩くね。」
瞬は何も言わず、彼女の肩を抱き寄せた。
ふたりの距離は、誰にも見えないほど近くて、
けれど世間には、どこまでも遠かった。
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