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3時のおやつは罵詈雑言です

作者: 村崎羯諦

 怪しげな啓発セミナーに影響された社長が、一日一回誰かに叱ってもらわなければならないというルールを突然会社に作ってしまった。なんでも、最近の打たれ弱い社員のメンタル強化が目的らしい。


 ただ、叱られるのはもちろん嫌だけど、進んで叱ってやろうなんて人だって、真面目で人のいい社員が多いこの会社にはいない。だから、社長は社員を罵倒するためだけの人間を雇った。 雇われたのは僕と同い年くらいの二十代後半の女性で、社長の趣味なのかそれとも前職が関係しているのか、大型ディスカウントストアのコスプレ衣装コーナーに売っているようなエナメルボンテージ衣装を着ていた。


「あなた最近、営業成績が落ちているらしいわね。なんて情けないのかしら、この不甲斐ない子羊ちゃん。あなたのような人間がいるから、部署全体の成績が下がってるのよ。他のみんなは頑張っているのに、あなただけがずるずると後退して。情けなくないの? いつも猫背で下を向きながら、自信なさげに顧客と会話してたら、相手は安心して取引をしてくれないわ。あなたは理路整然と説明する能力があるんだから、もっとどうどうと振る舞ったらどうなの?」


 ほとんどの社員は社長が決めたルールに反発したけれど、僕を含め数名の真面目な社員は一応ルールだからとちゃんと一日に一回、おやつ時の3時に彼女に叱ってもらった。叱られることは好きじゃなかったし、自分が気にしているところを指摘されることは辛かった。それでも、彼女は、それぞれの社員がどのような問題を抱えているのかをきちんと時間をかけて調べ上げ、それぞれにふさわしい指摘を行ってくれた。だから、年次が高いか低いか、男性か女性かにかかわらず、何名かの社員は彼女のお叱りを受け続けた。


「あなたはまるで会社のお人形さんね。上の命令にただ従うだけで、自分の頭で考えることもできないなんて。もっと自立心を持ったらどうなの? あなたは仕事をきちんとこなすことができるし、責任感もあるわ。でも、これから上の立場になったら、あなたに命令をしてくれる上司はいなくなるし、逆にあなたが命令をしなければいけない相手が出てくるのよ。そんなこともわからないの? 小さなことでも自分で判断するように癖をつけて成功体験をつけるようにしておかないと、あなたはこれからもお人形さんのままね」


 それでも、案の定というか、当然というか、社長の一存で決まったこのルールは二ヶ月もしないうちに廃止が決まった。廃止が決まった最後の週。彼女はいつものようにきちんと僕を叱ってくれた後で、これからどうするのかという僕の質問をきっかけにちょっとだけ雑談する流れになった。


 なんでも、彼女もこのルールが撤廃されるのは突然聞かされたらしくて、次の仕事が見つからずに困ってるとのことだった。それを聞いた僕は、ふと自分の実家が経営している定食屋さんでちょうどバイトを探していることを思い出した。二ヶ月近くここに通って、僕は真面目に仕事に取り組む彼女のことを尊敬するようになっていたし、好意を持つようになっていた。だから、僕はダメ元で働き先を紹介してあげられるかもと彼女に伝えると、彼女は喜んで申し出を受けてくれた。


 そこから話はとんとん拍子に進んで、彼女は僕の実家の定食屋で働くようになった。いつも実家に帰るとそこには常連客に愛されている彼女の姿があったし、両親とたまに話をする時はいつだって、働き者で気が回る彼女を褒める話ばかりだった。


 そして、彼女が僕の実家で働き始めてから二年後。彼女は僕の地元の同級生、大和田と結婚した。


「本当に吉田さんと知り合えてよかったです。出会い方は今覚えばちょっとおかしな出会い方でしたけど……素敵な職場と、さらには結婚相手まで巡り会うことができて……本当に感謝してます。ありがとうございます」


 結婚報告を受けてから初めて実家に帰った時、彼女は僕にそうお礼を言った。僕はずっと彼女に好意を持っていたから、正直死ぬほど辛かったけれど、なけなしの意地を使って幸せになってくださいと彼女に伝えた。


「最後にお願いなんですが……前に会社でやってもらったように、僕を叱ってもらえないですか?」


 僕の申し出に最初彼女は戸惑った。だけど、僕が本気でお願いしていることを理解し、彼女はうーんと考え込んだ後で、あの頃と同じような口調で僕を叱ってくれた。


「ただ時が過ぎるのを眺めているだけで、何もアクションを起こせないなんて情けないわね。もう少し積極的にならないと、これからもずっと後悔の日々が続くわよ。これを教訓にして、次はもっと自分から行動するようにしなさい。ネトラレ男ちゃん」


 彼女の指摘はいつだって的確だった。だけど、もっとこう……手心というか……そのー……。

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