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第九話  大満月の夜②



              ◇


 グランベルク市中央部を各方面に向かって出発したルナマリアたち。市のシンボル的存在の大噴水を背に走り出した。空はドス黒い雲に覆われながら、徐々に暗くなっていく。


 時折雲の切れ間から顔を出す大満月は、次第に血のような鮮血色に染められ不気味なオーラを放ち始めていた。まるで、魔族の発現を歓迎しているかのように……。


 ルナマリアより一足先に出発した親友、橘美春は中央部南側の繁華街に向かっていた。空を見上げるとドス黒い雲の手前に、薄らと虹色の幕のようなものが漂っていた。美春の幼馴染、ナターシャが開発した『アンチ・マテリアル・フィールド』だ。どんな魔族でも外に逃げることが出来ない、まさに牢獄と言うべき代物である。

 

 美春はナターシャが開発した『アンチ・マテリアル・フィールド』を眺めながら、誇らしげに思い繁華街に足を進めた。


「やっぱ、ナーちゃんはすごいや」


 美春は、走りながら足元にマナを集めた。次第にバチバチと電撃が走りだし、まるでリニアモーターのように磁気の反発作用で、美春の体は地面から宙に浮いた。


「さあて、ここから一気に行っちゃうよ!」


 宙に浮いた状態で上半身を眺め、クラウチングの姿勢をとった。美春は足元に意識を集中した。マナが足元にさらに集中し、電撃がより強く放電していく。放電により美春の髪の毛がバチバチと逆立ち始めた。足元から全身に電撃が纏い始める。


 「GO!」


 美春は、クラウチングの姿勢からさらに前傾姿勢になり前に足を踏み出した。瞬間、美春の姿は見えなくなり、砂埃が周囲を漂い前方1km先まで電撃のレールが形成されていた。形成されたレールは次第に進行方向に向かって拡散し消えていった。


 橘美春は、日本王国を代表する橘家の次期当主と呼ばれている。代々橘家は雷属性魔術の家系で、美春は歴代最強の魔術師と言われていた。しかし、現当主の父親からより強くなるため、王族が集まるラインハルト王国にある魔術学院に七歳のときに入学させられた。


 入学当初は父親に知らない土地に放り込まれて不貞腐れ、クラスにも馴染めなかったがルナマリアとジェイクと話すようになってから徐々に本来の自由奔放な自分を取り戻した。そして、魔術師団『インペリアルガード』に入隊、戦果を上げいつの間にか「雷姫」の通り名で有名になった。


 リニアモーターのように電撃を帯びながら凄まじい速度で繁華街に進む美春。スタートしてから15秒で到着した。車で十分はかかる距離だ、どれだけの速度で進んだのかがわかる。


 繁華街に到着すると人っ子一人いないが、灯りはいつも通り賑やかに照らされていた。いつもなら、水商売の女の人やスーツを着たチャラい男の人が道に立ち並び道ゆく人に声をかけていたり、カップルが楽しそうにお店に入っていく光景が目に浮かぶが、市長の要請で灯りをつけたまま避難するようになっていたらしい。夜に戦う場合は少しでも灯りがあるほうが戦いやすいからだ。灯りが煌々と照らされ賑やかしいが、不気味なほど静かだった。このギャップが美春の緊張を高め頬にまとわりつく汗を流させた。


「シュウウゥゥゥ……」


 美春から前方に20m離れた場所に三箇所、地面に紫色の水溜りのようなものが現れた。水溜りは次第に渦を巻き始めた。


「報告します!南側繁華街たった今、魔族の発現を確認したよ!」


 美春は片耳につけたワイヤレスイヤホンに人差し指を当てて、部隊全体に連絡を入れた。三つの水溜りから何かが出てくる気配がした。


「橘、無理はするなよ!」

「美春、気をつけてね!」

「もし、魔人が発現したらすぐに言いなさいよ!」


 イヤホンから各方面に向かっているルナマリアとジェイクそして中央部郊外に避難しているナターシャから返事が返ってきた。


 繁華街に到着して緊張していた美春は、みんなの声を聞いたからか、次第に緊張の糸が緩み解けていった。何も怖くない。現場にいるのは自分一人だが、イヤホンの向こうにはみんながいる、一人じゃない。そう思えるだけで目の前に発現しようとしている魔族を倒す自信が漲ってきた。


 三つの渦を巻いた紫色の水溜まりから瘴気が噴き上がる。噴き上がった瘴気は上空で霧散し、空間を薄紫色に染め上げた。そして、水溜まりから噴き上がる瘴気の中から魔物が現れた。


 最初に発現したのは、右端の水溜まりから真っ黒な狼のような魔物だった。漆黒にふさわしい黒さでまるで影絵のようにも思えるほどだ。影絵のようなシルエットの中に黄色く光った鋭く吊り上がった目と、深紅に染まり唸り声を上げ剥き出しにしている歯が、浮き上がって見えた。


 次に発現したのは左端の水溜まりからだった。右端同様瘴気が噴き上がり、その中から魔物が上空に向かって飛び出した。赤と緑、青色の羽が鮮やかに彩られた鳥のような魔物が上空からゆっくり降りてきた。赤い丸い目と黄色く尖ったクチバシを、美春に向け威嚇している。


 美春は発現した二体の魔物を見て嫌な予感がしていた。きっと最後に発現するのは………。


 最後に中央の水溜りから瘴気が噴き出し中から出てきたのは美春の背の倍はあるだろうか、2mをゆうに超える筋肉隆々で長い尻尾をバシンバシンと地面に叩きつけている猿だった。毛色は紫色、目は白で覆われ黒目はない。なんとかボールに出てきそうな見た目だった。


「やっぱり桃太郎かよ!」


 日本王国出身の美春は、昔母親に読み聞かせてもらった童話「桃太郎」を思い出し、目の前にいる魔物に指差しツッコミを入れた。犬、猿、(キジ)と言えば、桃太郎しか思い浮かばなかった。


「桃太郎は魔人で私は鬼ってこと?」


 美春は、魔物を見ながら悲しげに笑った。


「桃太郎が鬼に敗れる世界線もありかもね!」


 発現した魔物が美春に向かって次々に飛びかかった。美春はその場に立ち尽くし魔術を詠唱し出した。


「雷鳴に轟く龍神よ、我は雷姫(らいひめ)、この身に雷を落とし力を与えよ!」


 詠唱をしている美春の頭上のドス黒い雲からゴゴゴと雷の鳴く声が聞こえ、雲の底を雷鳴が這うように走り出した。


 魔物が美春目掛けて接近してくる。瞬間、美春に雲底を走っていた雷が落ち、凄まじい閃光が覆い尽くした。美春に向かっていた魔物はあまりの閃光に足を止め、警戒を強めた。


 凄まじい閃光は次第に明度を失っていき、美春の姿が見えてきた。髪の毛と目は黒色から金色に変わり、手と足には電撃が渦巻いていた。体全体が光輝き、灯りが付いた繁華街だがさらに明度を増した。


雷神闘姫(らいじんとうき)


 美春は小さく呟くと、すでにその場に美春はいなかった。残っていたのは砂埃と電撃の残滓だけだった。魔物は消えた美春を周囲を見渡し探す。すると、魔物の身体から電撃が溢れ出した。


「鬼が強すぎるのも考えものだよね」


 全身に電撃を纏った美春は魔物の後方にいた。小さく呟いた瞬間、目に見えぬスピードで魔物を通り越していたのだ。身体から電撃が溢れ出した魔物は蓄積された電撃に耐えられず、次々に爆発し瘴気に戻り霧散していった。灯りが賑やかな静かな繁華街には、爆発音だけが騒々しく鳴り響いた。


「さて、いよいよ桃太郎のお出まし………あれ?」


 美春は周囲を見渡す。次第に美春の体は明度を失い、髪の毛と目は元の黒色に戻った。


「マナの気配が弱くなった……なんで?」


 今の流れだと、これから桃太郎という名の魔人が現れて戦う予定だったのだが、逆にマナが弱まってしまった。これでは、魔人はおろか魔物も発現しない。美春は耳に付けたワイヤレスイヤホンを人差し指でトンと叩いた。


「ナーちゃん、魔物倒したらマナ弱くなったよ……どゆこと?」

「……こ……っち…でも、確……認………したわ、急に………マ……ナの………濃度が……薄く………なっ…たわ」


 イヤホンから聞こえるナターシャの声は、美春の電撃による磁場の乱れで、通信環境が悪くなり上手く聞き取れなかった。


「桃太郎が出てこないって………あり得ないでしょ」


 美春は、魔人が出てこないことに納得出来ていない様子で、再度イヤホンに人差し指を当て今度はジェイクに話しかけた。


「ジェイク、そっちはどうなの?」

「橘か?こっちも魔物を倒したらマナが薄くなったよ」


 美春の電撃の影響がおさまったのか、ジェイクとの会話はうまくやり取りできた。美春は心配になったのかルナマリアに話しかけた。


「ルナ、そっちは大丈夫?」


 しばらくの沈黙。美春の耳に取り付けたイヤホンからザーザーとノイズが聞こえた後、篭った感じでルナマリアの声が聞こえてきた。


「……美春?……私、今到着したんだけど、まだ何も起きてないわ。でもマナがすごく濃くて不気味な感じがするわ」

「そうなの?マナが濃いならもう発現してても良いはずなのにね」


 ルナマリアと美春がイヤホン越しに話していると、ザーザーとノイズが入りナターシャが焦った声で二人の会話に割り込んできた。


「美春、王子、今すぐ王女がいる北側に急行して!マナの数値が異常値を示してるの、早く!」


 常に冷静沈着で大人しい印象のナターシャが声を荒げて叫ぶように指示した。


「わかりました!ナターシャさん。ルナ、俺たちが行くまで気をつけろよ!」

「ナーちゃん、了解だよ!ルナ、待っててね!」

「二人とも、気をつけてね!」


 ルナマリアがいる北側へは、一番早く到着するのは西側にいるジェイクだった。しかし、移動速度が速い美春なら南側からでもジェイクよりかなり速くルナマリアのいる北側に行くことができた。美春はぐぅ〜と背伸びをして、空に向かって顔を上げ大きく深呼吸をした。吸ったマナは肺から血管を通り全ての細胞に供給された。


「よ〜し、それじゃあ本気出しちゃおかな!」


 美春は緊急事態にも関わらず、いつも冷静で気怠そうな態度のナターシャが焦る声を聞いて嬉しそうな笑顔を浮かべた後、目を閉じ集中しだした。薄くなっているマナをかき集める。マナは次第に美春の足元で渦を巻き始め、足の方から吸収されていった。


 美春は先程繁華街に来る時のように、またクラウチングの体勢をとる。足元からはバチバチと電撃が放出され始め眩い閃光が解き放たれていた。電撃は次第に強さを増し、美春の後方や地面を這う蛇のように放出していた。電撃の影響を受けた繁華街の建物は見る見る内に灯りがショートし暗闇に消えていく。ネオンで彩られた看板も、お店の前に置かれた客を誘う灯りも次々に消えていった。


「雷神闘姫」


 髪の毛と目を金色に染め上げた美春が呟くと、姿は消えその場には砂埃と電撃の残滓だけが残った。しかし、先程魔物に使った『雷神闘姫』と違う点が一つ。美春が走り去った北側方向とは逆の繁華街がある南側の煌びやかに光っていた灯りは、美春の本気の『雷神闘姫』の影響を受け、全て消え暗闇に呑まれた。


「ルナ!今、いくからね!」



              ◇



 イヤホンから聞こえたナターシャの焦った余裕のない声を聞いたジェイクは、ルナマリアがいる北側方向に体を向けて走り出そうとしていた。ジェイクが担当している西側も美春がいる南側と同じく、魔物が三体発現し倒すといきなりマナが薄くなった。その矢先のナターシャからのルナマリアがいる北側でマナの異常上昇との報告と救援要請。何かが水面下で起こっている。胸騒ぎがする。ジェイクはそんな予感を感じながら、足を前に運んだ。


「ルナ……キミは俺が………守る」


 ジェイクの脳裏に三年の廊下で見たルナマリアと修吾のやり取りが浮かび上がった。泣いているルナマリアの頭をポンポンと優しく撫でていた修吾。ジェイクは泣いてるルナマリアを見るのは初めてだった。常に凛々しく王女として振る舞い、初等部から一緒にいるジェイクや美春だけには気を許して接していたルナマリアだが、修吾には何か特別な感情があるように思えた。ジェイクには決して見せない素のルナマリアを修吾はいつも見ているのだと………。


 それが許せなかった。修吾だけが知っているジェイクが知らないルナマリアがいるのが………。ルナマリアとは許嫁で将来結婚が決まっているとはいえ、告白して付き合ってちゃんと過程を経て結婚したいとジェイクは思っていた。ルナマリアには自分だけを見て欲しかった。


「………完全に嫉妬だな………」


 ルナマリアのいる北側に向けて走り出していたジェイクの足が止まった。ドス黒い雲の下で直立で立ち尽くし俯いたジェイクの表情は暗闇に沈んで伺えない。ルナマリアには全てを見せて欲しい。素のルナマリアを自分だけに………。


「やはりあいつは邪魔だ………神名修吾……」


 恨めいた目でドス黒い雲を見上げる。ジェイクの目には雲底の凸凹した窪みが修吾の顔に見えていた。その雲を睨みつけジェイクは止まっていた足を前に出し地面を力強く踏み締め、ルナマリアの元に急いだ。


「ルナ………今行く!」




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