第五話 お弁当
コポコポと高級そうなカップに紅茶が注がれる。学院長は注いだ紅茶のカップを、四人は座れるだろうか、横に長いソファーに座っている修吾の前にそっと置いた。
「さぁ、どうぞ、心が落ち着きますよ」
「あ、ありがとうございます」
修吾は紅茶の入ったカップを恐る恐る持ち、温かい紅茶を口に含んだ。舌の上から喉を通るとき、紅茶の香りが鼻に抜けた。香りが修吾の不安と緊張をかき消していった。次第に表情が緩み、安心した顔になった。
「先程は大変失礼しました、入学早々決闘など、あってはならないことなので、本当に申し訳ない」
学院長は立ったまま修吾に頭を下げた。
「学院長、頭を上げてください、ぼくは入学したら決闘はいつかあるんじゃないかと覚悟していましたから」
修吾はソファーから立ち上がり、あたふたしながら自分も頭を下げた。
学院長は頭を上げながら、
「そう言って頂けると助かります」
「ただし、今回の決闘はあまりにも行き過ぎたところがありました、よって決闘をしたナダルくん、そして決闘を止めなかったジェイク王子、ルナマリア王女には追って処罰を言い渡す予定です」
「あ、あのそこまでしなくても」
修吾はルナマリアも処罰を受けると聞いて動揺した。学院長は続けた。
「王族だからとお咎めなしというわけにはいきません、この学院は身分の違う生徒が大勢いるのですから」
学院長の凛とした心の通った言葉に、修吾は何も言い返せなかった。
「お任せ………します」
修吾は俯き、弱々しく答えた。
「なんだか重たい話になってしまいましたね」
学院長はパンっと両手を合わせ、
「お昼ご飯にしましょう!」
「は、はい」
学院長は鼻歌を歌いながら、修吾が座っているソファーの後ろにある給湯室のようなところに入っていった。数分後、学院長が何かを持って戻ってきた。持っているものを修吾の前に置いた。
「え?これぼくのお弁当……」
「忘れたはずのお弁当がなんでここにって思ってますね?」
修吾はいたずらっぽく言った学院長を見上げ、じっと見つめた。
「実は、お昼休みまえに、ルナマリア王女様のお母様マリアンヌ様がここにあなたが忘れたお弁当を持ってきたんですよ」
「マリアンヌおばさんが?」
「あなたの事情は入学前に国王陛下から聞いています」
「屋敷に帰ってきたリムジンに残っていたそうです」
「そういえばマリアンヌ様、指に絆創膏をいっぱい貼ってましたね」
修吾は学院長の言葉を聞いて、マリアンヌが料理をしているところを見たことがないことに気がついた。きっと朝早く起きてメイドに教えてもらいながら、作ったんだろう。そう思うと、修吾の胸が熱くなり涙が溢れてきた。お弁当箱を開ける。ご飯にはおかかのふりかけがかかっている。ご飯の隣には歪な形のたこさんウインナーが二匹並んでいた。さらにその隣ハート形に作られた玉子焼きは少し焦げていた。隙間には修吾が大好きなプチトマトが添えられていた。お弁当からはマリアンヌの愛情が溢れていた。
お弁当の玉子焼きを箸で摘んで口に運んだ。噛み締めるたびに修吾の目から涙が溢れた。
「マリアンヌおばさん、美味しいよ……」
修吾は無我夢中でお弁当を食べ続けた。
お弁当を食べ終わった修吾は、お弁当箱に蓋をし学院長が入れ直してくれた紅茶を口に含んでいた。
学院長は修吾が紅茶を飲む姿を見て、口を開いた。
「ところで修吾くん、先程の決闘での斬撃見事でしたよ」
修吾の紅茶を口に運ぶ手がピタッと止まった。
「斬撃?何のことですか?」
修吾のいつものオドオドした口調が、敵意に満ちた口調に変わった。
「あの場にいた全員が気づいていませんでした、世界的にも実力が認められているジェイク王子とルナマリア王女さえも、あなたの動きを見破ることは出来なかったようです」
「ナダルくんは、マナ切れを起こしたんじゃない、あなたがナダルくんのみぞおちに打ち込んだ十八回の斬撃で彼のマナリスがマナの供給を止めてしまったんです」
学院長が言ったマナリスとは、魔術師なら誰もが持っているマナを供給する源である。マナリスが術者の意思に共鳴しマナを身体中に供給し、魔術が発動する。術者の意思が弱いとマナの供給量は減り、意思が強すぎると、供給過多になり精神が耐えられず暴走する。暴走した状態を『闇堕ち』とよんでいる。
「………………」
修吾は下を向いたまま、無言を貫いた。
「まあ、いいでしょう、この学院にはいろんな事情を持った生徒がたくさんいますから」
「……………………」
「おっと、もうちょっとで昼休みが終わってしまいますね、ここから一年棟まで距離がありますからお開きにしましょうか」
学院長は立ち上がり、学院長室の入り口へ歩いて行った。修吾もお弁当箱を持ち、それに続いた。
「その、今日はありがとうございました」
修吾は深々と頭を下げた。
「重い話ばかりして申し訳ない、またお昼ご飯ご一緒しましょう」
「はい」
再度頭を下げ、学院長室を後にする修吾。学院長は廊下に半身だけ出して修吾が見えなくなるまで見送った。
「学院長、よろしいですか?」
「ああ、ちょうど良いところに、どうぞ中に」
◇
修吾は自分の教室がある一年棟に向けて三年棟を歩いていた。
「おい、あいつさっきの……」
「ナダルさんと決闘した一年だよな」
などと、修吾は注目の的になっていた。目立ちたくない修吾は早足で歩いた。しばらく進むと、三年棟の出口の向こうに中庭が見えてきた。昼休み終了間際とあっては、生徒はみんな教室に戻っているらしく、廊下には誰もいなかった。
「やばい、急がなきゃ」
修吾はスピードを上げ走り出そうとした。
「しゅ、修吾………」
突然、自分を呼ぶ声が聞こえスピードを上げた足に急ブレーキをかける。立ち止まった修吾が声の方に振り向くと、そこには、ルナマリアが気まずそうに俯いたまま立っていた。
「ルナ姉………」
「修吾………大丈夫?」
ルナマリアは修吾に視線を合わせることなく、聞いてきた。罪悪感で目を見れないようだ。
「ぼくは……もう平気だよ」
「そう、よかった……」
修吾はルナマリアの様子がおかしいのに気づいた。
「ルナ姉こそ……大丈夫?頭にタンコブ出来てるけど」
ルナマリアはハッとして顔を赤らめながら、タンコブを手で押さえた。
「こ、これは……そのさっき修吾が学院長に連れてかれたあとに、お母様が私のところに来て………すごく怒られたの」
「マリアンヌおばさんが……?」
修吾は学院長の話を思い出した。マリアンヌおばさんが昼休み前に忘れたお弁当を届けてくれたことを。
「お母様、三年棟の方から決闘の様子見てて、修吾が危ない目に遭ってるのに、なんで止めなかったの?って」
「決闘だから仕方ないって言ったら頭叩かれた、あんなの一方的ないじめだって」
そういうとルナマリアは一筋の涙を流した。
「わ……わたし、修吾のことより王女としての立場を優先してた、私が修吾のこと守らないと行けなかったのに………ご、ごめんね……修吾」
修吾は思った。学院でのルナマリアはラインハルト王国の王女なんだ。修吾が知る屋敷のルナマリアじゃない。だから、ルナマリアが王女の立場を優先するのは当たり前だ。マリアンヌが怒ったのも理解出来る。ルナマリアは今どうしたらいいのか、わからない状態にいるに違いない。
修吾は泣いているルナマリアに前まで歩み寄り立ち止まった。
「ルナ姉、ぼくは大丈夫だから……、ルナ姉は今のままでいいと思う」
「学院では王女として、みんなの憧れのルナマリア王女様が見たいな」
修吾はそういうと、つま先立ちをして背の低い体を目一杯伸ばして、ルナマリアの頭をポンポンと撫でた。ルナマリアは一瞬目を見開いて驚いたがすぐに目を閉じ、ゆっくり修吾の優しさを感じた。
『キーンコーン、カーンコーン』
ルナマリアの頭を撫でていると、予鈴が大きな音を立てて修吾たちに授業開始を伝えた。
修吾とルナマリアはお互い見合い、
「ルナ姉、ぼく行くよ」
「う、うん、気をつけてね」
修吾は踵を返し走り出す。ルナマリアが何かを思い出し、修吾の背中に向かって声をかけた。
「修吾!今日私、夕方からインペリアルガードの任務があるから先帰ってて!」
修吾は、背を向けたまま左手を上げ、
「わかった!」
と、言って中庭に消えていった。ルナマリアは修吾が見えなくなるまで見送った。
ルナマリアの後方、廊下の影からジェイクがルナマリアを見ていた。
「ルナ、キミは俺が守る……」