第二話イグドラシル魔術学院ラインハルト分校
ラインハルト王国は世界最大の国家であり、東西は海に面しており北にロレンス帝国、南にアームスト王国がある。
一年を通して温暖な気候で、雪が降ることは滅多にない。雪が降らないかわりに雨季が三か月ある。
王国のちょうど中央に首都グランベルクがある。海に面した東西には漁業が発展した海岸都市、北は山々の中腹に構える山岳都市が、南には魔光石の採掘で大きく発展した炭鉱都市がある。
そして、首都グランベルクの北側にある世界最大の湖「グランベルク湖」にルナマリアが通うイグドラシル魔術学院ラインハルト分校がある。
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「ルナマリア王女様、お車の準備が整いました」
メイドのトーラが屋敷の食堂で朝の紅茶を楽しんでいるルナマリアに声をかける。
「わかったわ、トーラ、ありがとう」
ルナマリアは飲み終わった紅茶のカップをそっと置くと立ち上がり、左隣のイスに置いてあったカバンを取ると右斜めに座っている父親で国王のルーベルクと母親のマリアンヌに挨拶をする。
「お父様、お母様いってきます」
「ああ、気をつけてな、修吾を頼むぞ」
「いってらっしゃい、修ちゃんおっちょこちょいだから心配だわ」
ルーベルクとマリアンヌは今日から登校する修吾が心配なのか、不安そうな表情でルナマリアを見ていた。
「ええ、わかっています」
ルナマリアは二人の表情を察してしっかりとした返事をした。
ルナマリアはクルッと踵を返すと、玄関の方に歩き出し食堂を後にした。玄関扉の前にはメイドのトーラが立っていた。玄関のタイルの上には、綺麗に手入れされた茶色のローファーが置かれていた。ルナマリアはローファーにつま先を入れ込む。入りずらい踵を横にいるメイドが渡してくれた靴べらを使って踵を収めた。
「いつも、ありがとう」
靴べらをメイドに返しながらルナマリアがお礼を言うと、メイドは顔を真っ赤にして俯いた。相当嬉しかったのだろう。顔を真っ赤にしたメイドを見て微笑ましく思ったルナマリアは、
「いってきます」
と、俯くメイドに声をかけた。
「い、いってらっしゃいませ、ルナマリア王女様」
慌てて挨拶をするメイドは耳まで真っ赤にして俯いたままだった。玄関扉前にいるメイドのトーラが扉を開ける。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
玄関から外に出るルナマリア。目の前に白いリムジンが止まっていた。突然強い風が吹き、ルナマリアのピンク色で腰まである髪が掻き乱され風の強さを物語っていた。咄嗟に手で髪を押さえる。後部座席のドアが風で閉まらないように執事が押さえている。
「ありがとう」
「いってらっしゃいませ」
リムジンに乗り込むルナマリア。執事がゆっくりと静かにドアを閉めた。動き出すリムジン。後部座席の窓から屋敷の玄関前を見ると、メイドと執事が十人綺麗に整列して並びお辞儀をしている。
屋敷を出発してしばらく進み王宮の前を横切った。ルナマリアが生活する屋敷は王宮の敷地内にある。屋敷から王宮の外に出るまでに車で十五分もの時間がかかる。ルナマリアはこの学院までの移動時間が悩みの種だったりする。
「はぁ〜っ」
やっと王宮の外に出て学院のあるグランベルク湖に向かうリムジン。移動時間の長さに思わずため息が出てしまうルナマリア。ボーっと窓から外を眺めていると、右の方から視線を感じた。ゆっくり視線の方に顔を向けると、ルナマリアの肩くらいの背丈しかない少年、神名修吾がルナマリアをじっと見ていた。
朝、ルナマリアの攻撃を受けて顔面がボコボコになった修吾が、ルナマリアの制服の袖を摘んでクイクイっと引っ張る。
「リュナにぇ〜、ぎょべんってびゃ〜」
顔が腫れ上がってうまく喋れない。ふんっとそっぽを向くルナマリア。
「きぎぇん、なおじぜぇびょ〜」
修吾は必死にルナマリアにあやまる。
「プッ」と思わず笑うルナマリア。
「あはは、アンタ何言ってるかわからないわよ」
と言いながら修吾の顔面を指差す。
「リュナにぇ〜ぎゃ、わりゅうぃんじゃびょ〜」
修吾は頬を膨らませて言った。
ルナマリアの笑った顔が鬼のように変わる。
「は?アンタ次やったら……」
どすの効いた声で修吾を脅す。修吾はビクッと肩を震わせ、
「しゅ、しゅびばせぇびゅ」
と言って身体を縮こませた。
ルナマリアは「わかればよろしい」と窓の外を見ながら修吾にみえないように「ふふふっ」と笑った。
王宮から出てさらに十五分、湖の縁を走っていると湖面から巨大な幹が空に向かって伸びているのがうっすらと見えてきた。
「修吾、あそこに見える大きな幹がイグドラシルの枝幹よ」
「じょこじょこ?」
修吾はルナマリアが治癒魔術をかけてくれたおかげで、先程よりはうまく喋れるようになっていた。修吾はルナマリア側の窓から見える巨大な幹を確認しようとするが、よく見えないようでルナマリアのふとももに両手を乗せ、ルナマリア側の窓に顔を近づけて確認した。
「あ、ポントだ!ぺちゃくちゃぼおきな幹じゃね」
修吾はそういうと嬉しそうに振り返りルナマリアを見た。ルナマリアは頬を桜色に赤らめて俯いている。修吾がルナマリアの表情を見て不思議そうな顔をしていると、
「しゅ、修吾、近いから離れて……」
ルナマリアは小声で恥ずかしそうに訴えた。修吾はハッとしてすぐに自分が座っていた位置に戻った。
「ごべんね、リュナ姉……」
「ちょっとビックリしただけだから……」
ルナマリアは窓の外を見ながら答えた。
「………もうっ………」
ルナマリアは窓の外を見ながら顔中真っ赤にして小声で呟いた。
リムジンはイグドラシルの枝幹に繋がる橋に差し掛かった。イグドラシルの枝幹があるグランベルク湖は丸い形をしており、枝幹に向かって東西南北に橋がかかっている。橋は縦に三層に分かれており、一番上の一層目が車、その下の二層目が歩道路、さらにその下には電車の線路がある。学院には王族や貴族、一般平民とさまざまな身分の生徒が在籍しているため、このような交通網が敷かれている。
イグドラシルの枝幹に向かって橋の上を走り進むリムジン、道は三車線になっており左車線を走っているリムジンの隣をセダンの高級車が追い抜いて行く。しばらく走っていたが、十数台の車に追い抜かれていった。身分の高い生徒が多いのがよくわかる。
橋から見える湖面は、朝の眩しい光を反射してキラキラと輝き修吾達を歓迎しているように見えた。
さらに橋を進むと巨大なイグドラシルの枝幹の根元が隠れるくらいの大きな建物群が現れた。橋の終着地点には巨大な校門が堂々と構えており、校門前はロータリーになっているため車で来た生徒はここで降りることになる。歩道路と電車で来る生徒はロータリー近くに橋の二層、三層から上がって来られる階段から校門前まで来るらしい。
ロータリーに差し掛かると、先程追い抜いて行った高級車から生徒が降り校門の下を潜って学院に入っている。空になった高級車はそのままロータリーを進み、橋の反対車線から帰路についている。
リムジンが校門前で止まった。運転手が降りる。
「修吾、着いたわよ」
「う、うん」
ルナマリアの言葉を聞いた途端、緊張してきた修吾。不安が修吾の鼓動を速めていく。
運転手がまず、ルナマリア側のドアを開ける。運転手は開けたドアが閉まらないようにお辞儀をしたまま支えている。ルナマリアがリムジンから降りる。降りて少し前に歩き立ち止まるとそよそよと吹く風がルナマリアの腰まであるピンク色の髪をたなびかせた。その様子をリムジンの中から見ていた修吾はポーっと顔を赤らめて見惚れていた。いつの間にか速くなっていた鼓動が不安からではなくなっていた。
「修吾、ほら」
「う、うん、ありがと」
ルナマリアがリムジンを降りようとしている修吾に手を差し伸べた。修吾は恥ずかしそうにルナマリアの手を取って降りた。修吾が降り立つと周囲にいた生徒達がルナマリアに気づき騒めき出していた。
「おい、ルナマリア王女様だ」
「え、マジ?超可愛いんだけど」
「ルナマリア王女様、今日もお美しい」
「女神ルナマリア様と一緒にいるやつ、誰だよ」
「ああ、あのリムジンになりたい」
最後だけ意味不明だが、ルナマリアは学院でかなりの人気があるようだ。ラインハルト王国の王女だからというのもあるのだろう。校門前の視線がルナマリアに集中する。運転手が修吾が降りたことを確認してドアを閉める。
「ルナマリア王女様、修吾様、いってらっしゃいませ」
深々とお辞儀する運転手。
「ええ、いつもありがとう、いってきます」
「い、いってきます」
周囲の視線が気になった修吾はルナマリアと繋いでいた手をパッと離すと先に歩き出した。すると、ルナマリアが修吾の左手を掴み引っ張り自分の方に引き寄せた。
「ひゃぁっ」
突然のことにビックリしてしまう修吾。ルナマリアは修吾を真正面に立たせると、
「ほら、ネクタイ曲がってるわよ」
「いいよ、自分でするから」
「こら、じっとしてなさい」
ルナマリアは修吾の歪な形の不恰好なネクタイを解いて巻き直そうとした。修吾は、ルナマリアの行動に抵抗するが、語気を強めた声を聞くと抵抗をやめ素直に受け入れた。
「誰?ルナマリア様にネクタイ巻き直してもらうなんて羨ましい」
「一緒のリムジンから降りてきてたよな、どういう関係なんだ?」
「ルナマリア王女様、俺のネクタイも巻いてくれないかな」
「ああ、あのネクタイになりたい」
またまた、最後は意味不明だが修吾はネクタイを巻かれながら、周囲から聞こえる羨む声や嫉妬の声を、早く終われと思いながら聞いていた。
「はい、これでよし!」
「ありがとう、ルナ姉」
「早くきちんと巻けるようになりなさいよ」
ルナマリアは嬉しそうに言いながら、校門を通った。修吾もかけ足で後を追った。
校門を抜けると、イグドラシルの枝幹を囲むように円を描くように校舎が建っている。校門から校舎の入り口までは綺麗な石畳が敷き詰められており、道の両脇に間隔を開けてアンティーク調のベンチが置いてある。ベンチには女子達が座って話していたり、付き合ってるのだろうか男女が楽しそうに座って会話している。そんな光景をチラチラ見ながら、ルナマリアの後を歩いていた修吾は横を通る人影に気づいた。
「ル〜ナ〜」
その人影はルナマリアに抱きつくや否、ルナマリアの名前を呼びながら背後から両手を前に回しルナマリアの豊満な胸を下から持ち上げた。
「きゃぁっ」
「おほほほ、今日もハリがあってよいですな〜、グヘヘ」
「ちょっ、ちょっと美春!」
突然のことでビックリした声を上げたルナマリア。美春は変態おっさんみたいなセリフを言いながら、ルナマリアの胸を揉みしだいた。
「み、美春、や、やめて、あ、いや、ら、らめぇ」
「よいではないか、よいではないか、ひへへ」
この光景を見ていた周りの男子生徒は全員立ち止まりルナマリアを凝視している。女子生徒は男子生徒を冷たい目で見ている。
美春は、ルナマリアの抵抗もなんのその、胸を揉み続ける。修吾は美春があの鬼のようなルナマリアをこうも簡単に無力化しているのを見て、
「師、師匠〜」
と、目をキラキラさせながら美春を見ている。
二人のやり取りを見ていた男子生徒達が次々と両膝から崩れ落ち、両手で股間を押さえ額を地面に押し付け、ルナマリアを中心に放射線状に首を垂れた。
修吾は目をキラキラさせたまま美春をみている。女子生徒達はさらに冷たい目で首を垂れた男子生徒達を見ていた。
「もう、許して〜」
これが、後世に語り継がれることとなる「女王覇気」である。




