第十話 大満月の夜③
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切れた頬から流れる血。肩を使い酸素を体に取り込む荒い呼吸。ルナマリアは片膝をついて目の前にいる無数の魔物と対峙していた。六十体は超えているだろうか。未だかつて遭遇したことのない数の魔族に一人襲われていた。
ナターシャの叫ぶような焦った声の後、ルナマリアの前に今まで見たことがない無数の紫色の水溜りが現れた。自然にはできるはずがない異様な形相に、緊張でカラカラになっている喉をゴクリと鳴らし息を呑んだ。水溜まりからは次々といろんな姿をした魔物が発現し、ルナマリアに向かっていく。
「シャイニングレイン!」
ルナマリアは周りに無数の光弾をつくる。光弾は虹色に輝きながら空中を漂っていた。ルナマリアは目を閉じ集中しマナを集め出した。集まってきたマナが空中を漂っている無数の光弾に吸収され、輝く明度を増していった。
発現した蛇の姿をした魔物と、ゴリラのような巨体の魔物がルナマリアに襲いかかった。蛇はその長い尻尾を振り回して、ゴリラは大きな大胸筋を拳で叩いて雄叫びを上げ突撃する。
魔物の攻撃がルナマリアに当たる瞬間、無数の光弾が二体の魔物に襲いかかった。光弾は次々に魔物に当たり、蛇は長い体が三つに分断され、ゴリラの体にはいくつもの風穴が空いた。ゴリラはその場で倒れ込んだ。攻撃が当たる前に魔物を倒したが、蛇の千切れた尻尾が勢いで飛んできてルナマリアの右頬を掠めた。
「………つっ………」
右頬から流れる鮮血。かまいたちのようにすっと切れ、次第に傷口から熱さと痛みが伝わってきた。右頬が動かしづらいことから、傷口は少し深いことが伺えた。しかし、治癒魔術を施している時間はなかった。すでに後ろに控えていた魔物が襲いかかってきていたからだ。
「シャイニングレイン!」
後ろに飛びながら光弾を魔物に向かって放つ。光弾は勢いよく魔物たちに当たり光弾の丸い型で穴が空いたり、吹き飛んでいった。
ルナマリアが使う光属性魔術は、浄化の効果があり魔物に当たると当たった部分は浄化し消える。ルナマリアがカーディナルと呼ばれているのはここからきていた。
「くっ……これじゃ埒が開かないわ……」
襲いかかってくる魔物に光弾を当てても当てても、次々と魔物が湧いて出て襲いかかってきた。ルナマリアに焦りの色が出てきた。額から頬に流れる汗が傷口を通ると、沁みて戦闘で忘れていた痛みを思い出させた。痛みは焦り出していたルナマリアに冷静さを取り戻させた。
「……つっ………仕方ないわ、一気に殲滅する……」
そういうと後ろに大きく飛び魔物と距離をとった。ザザーっと踵を地面に着地させ後方に飛んだ勢いを殺し止まった。ルナマリアはその場に立ち尽くし詠唱を始めた。サラサラの腰まである綺麗なピンク色の髪が、無重力の宇宙にいるかのように重さを無くし浮き上がった。それと同時にルナマリアの足元に魔術陣が浮かび上がる。足元の魔術陣から眩い閃光が放たれ、ルナマリアと周囲の空間の明度を上げた。
「光を司る神ランスロットよ、我カーディナルに光の祝福を、冥界の使者に天罰を与えよ」
ルナマリアは右手を高々と天に掲げた。無重力空間を漂うかのように浮く髪はピンク色から真っ白な白髪に染め上げられた。
「シャイニングウェーブ!」
ルナマリアが叫ぶと、六十体を超える魔物の群れの足元に巨大な魔術陣が形成された。魔術陣は次第に光り出し明度を強めていく。ルナマリアはさらにマナを注ぎ込んだ。魔物の足元が光り輝き、ゆらゆらと霧のような白い煙が漂い出した。魔物たちは、警戒するも状況が掴めないのか足元の霧を物めずらしく見ているだけだった。
うっすらとした霧が少しずつ濃度を濃くしていき、濃くなった霧の中に魔物たちは消えていった。魔物たちを飲み込んだ霧は次第に時計回りに渦を巻き始め逆漏斗状に上に向かって伸びていく。眩く光る霧が天高く渦状に回転しながらドス黒い雲底に着地すると、夜にも関わらず空は眩しく輝き昼間のような明度になった。渦状の霧に呑まれた魔物たちは、次々に激しい断末魔を叫び次第に気配を消していった。魔物たちの叫び声が聞こえ終わると、渦状の霧は拡散していき輝く空一面からキラキラと星屑のような光が降り注いだ。
「はぁ……はぁ…はぁ………はぁ」
昼間のような明度になった空は、次第に輝きを失い元の暗闇へと戻りつつあった。真っ白な白髪は毛先から根元に向かって元の綺麗なピンク色に戻っていく。
ルナマリアは、息を切らせ肩で呼吸をしながら片膝をついた。俯き必死に呼吸を整えているルナマリアの頬は額からの汗の通り道になっていた。頬を通った汗が、顎から離れ白い格子状に敷かれたタイルへと吸い寄せられる。表面張力で形作られた汗はタイルに着地するや、形を無くし放射線状にタイルを濡らした。
ルナマリアの汗がタイルに着地した瞬間、禍々しい瘴気が空間を支配した。金縛りのように縛られ動けないルナマリア。凄まじい殺気がルナマリアに纏わりつく。
(………今動けば………殺される………)
今までと明らかに違うと本能で感じたルナマリアは、俯いたまま殺気を感じる方向に意識を向けた。恐怖からか額から頬に伝わる汗がねっとりとしたものに変わりゆっくり顎に向かっていく。
『ほおぅ、我が眷属たちが最も容易くやられるとは、そこの娘なかなかやるのぉ』
殺気を感じる方向から、落ち着いた冷徹な声が聞こえてきた。ルナマリアは殺気と恐怖で固まった下を向いたままの顔を、殺気の感じる方向に向けるためにゆっくりと正面に上げた。
正面を向いたルナマリアの目に飛び込んできたのは人型の瘴気だった。瘴気は人の形を保ったまま渦巻いていた。人型の瘴気は腕組みをして何かを考え込んでいる。
『久しくこちらに来れなかったからのぉ、加減が分からん。そこの娘、我の相手をしてくれまいか?』
人型の瘴気がそう言うとルナマリアに向かって歩き出した。足を一歩前に出すたびに着地した足元の地面がシューっと音を立てて紫色に変わっていく。ドス黒い煙を上げながら鼻につく悪臭を放っていた。まるで肉が腐ったような気味の悪い臭いだった。
(………う、動けない………)
近づいてくる人型の瘴気から一刻も早く距離を取りたいルナマリアだったが、人型の瘴気の殺気に当てられて体が硬直していた。目を見開いて相手を見ているルナマリアに、人型の瘴気は一歩また一歩と近づいていく。
「王女、あなたでは敵わないわ、殺されるわよ、早く逃げて!」
ルナマリアの耳に着けているイヤホンから、ナターシャの悲鳴にも似た撤退を促す言葉が聞こえてきた。
ルナマリアは目を見開いたまま固まり、冷や汗だけが勢いよく額から頬を伝い顎に流れ落ちていく。また、ナターシャの声がイヤホンから聞こえて来る。
「あなたの目の前にいるのは………」
渦を巻きながら人型を形成していた瘴気が胸の中央に向かって流れ始め吸収されていく。瘴気が無くなった足元は黒い肌で素足だった。
『どうした?恐怖で声も出ぬか』
イヤホンからナターシャの声がさらに聞こえて来た。
「上級の魔人よ!」
イヤホンから聞こえてきたナターシャの言葉で、自分が置かれている状況を理解した。人型の瘴気は纏っていた瘴気を全て内に吸収し終えたようだ。
ルナマリアの前には、真っ黒な肌に全身筋肉に覆われた頭から二本の角が生えた180cmくらいの魔人がいた。目は金色で中心は黒目が小さく点在していた。驚くことにその魔人は言葉を発した。言葉を話すということは、魔界の中でも知能が高く地位が高い魔族ということだった。
ルナマリアが恐怖のあまり身動きが取れないでいると、魔人は進む足を止め顔だけ右側に向けた。
『ククク、楽しめそうな予感がしてきたのぉ』
魔人が呟くと、ルナマリアの左側から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ルナ〜〜〜!」
美春の声が遠くから聞こえてくると同時に、地面を這う電撃が凄まじいスピードで近づいてきた。地面を這う電撃が魔人の前まで到達した瞬間、美春が蜃気楼のごとく実体を揺らめかせながら現れた。
「紫電咆哮!」
美春は左手の拳に電撃を込める。拳はバチバチと音を立てながら青白く輝いていた。
「ルナから離れろ!」
美春は叫びながら魔人の右頬に電撃を纏わせた拳をルナマリアのところまで来た凄まじい速度を乗せて撃ち込んだ。
魔人の右頬に美春の拳が撃ち込まれた瞬間、直視出来ないほどの青白い閃光が魔人と美春を包み込んだ。ルナマリアはあまりの閃光に顔を背け目を瞑った。
しばらくの静寂の後、ルナマリアは恐る恐る目を開けた。青白い閃光はすでに跡形もなく消え去り、砂埃と電撃の残滓だけが余韻として残っていた。
「うそ………でしょ……」
美春の絶望した弱々しい声に、ルナマリアは目に入ってきた光景を素早く脳で整理し、状況を把握した。
美春が撃ち込んだ渾身の拳撃は、魔人の右頬でピタッと止まっていた。少なからずめり込んでいると想定していたが、魔人の右頬は全く形を崩していなかった。
「うむ、なかなか良い拳撃だ!ピリピリして良いマッサージになったわい」
魔人は腕組みをして黒い肌を走る電撃の残滓を味わっていた。
恐怖で動かない体は美春を助けなきゃという気持ちが恐怖心を上回りゆっくりではあるが動くようになった。ルナマリアは地面についていた片膝を持ち上げ立ち上がった。
「美春!そいつから離れて!そいつは上級魔人よ!」
必死の言葉に美春は、魔人の右頬に拳を撃ち込んだままルナマリアの方を見た。
「ディアボ……」
言いかけた瞬間、魔人の右頬に拳を撃ち込んでいた美春の姿はもうなかった。
美春の姿が消えたと同時にルナマリアの左側、美春が来た方向にある西洋様式のレンガで出来た建物が幾つも崩れ落ちる音が聞こえ、凄まじい量の砂埃が舞い上がった。
「……美春!」
美春を救出するため、ルナマリアは行動に移そうとするがまた体が微動だに動かなくなってしまった。頭はすでに美春の救出に移っているのだが、体は目の前にいる悪の化身である魔人の殺気に当てられ支配されていた。
「こんな時に……なんで動かないのよ!早く行かないと美春が……」
ルナマリアは自分の動かない体に苛立ちを見せていた。だが、同時に自分の力量では魔人には勝てないことを理解した。魔人の顔を見るルナマリア。その瞬間、あの時の、作戦会議でのナターシャの言葉が脳裏に浮かんだ。
『……私は、ジェネシスへの救援要請を提案します』
会議の時にナターシャの言葉を聞いた時は、自分たちなら出来ると魔人が発現しても倒してみせると豪語していたが、今現実を突きつけられたルナマリアはナターシャの言う通りだと自分の未熟さを痛感した。
ナターシャは状況を冷静に分析した結果、ジェネシスに救援を要請した方が良いと言ったのに、ムキになりプライドが許さなかったルナマリアたちが強引に押し切った結果が、今ルナマリアを窮地に立たせていた。プライドを持ち出す時点で自身の力量を過信し冷静ではない証拠だった。
「ルナ!」
美春が吹き飛ばされ倒壊したレンガの建物があった方向から、ジェイクの声が聞こえて来た。倒壊した建物の瓦礫の上を器用に飛び渡りながら、ルナマリアのいる場所に近づいてくる。ジェイクの右腕には魔人にやられた美春が抱えられていた。
「ジェイク!美春!」
ルナマリアの隣に降りたったジェイクと抱えられた美春。美春は気を失っており、額や腕から血が流れ出ていた。
「ルナ、すまない、遅くなった……」
ジェイクは気を失っている美春を優しく地面に寝かせながら謝った。ルナマリアは魔人の方を見たまま、横目でジェイクと美春を見た。
「そんな事より……美春は大丈夫なの?」
「何箇所か血が出てるけど、大丈夫だよ。ここに向かっていたら、急に建物が崩れてその中から美春が俺のところに飛んできて受け止めたから、ダメージは少ないはずだ」
ルナマリアはジェイクのここに来るまでの経緯を聞くと安心して胸を撫で下ろした。美春を寝かせ終わったジェイクがゆっくり立ち上がる。
「美春は、魔人の攻撃でマナ切れのような状態になってるみたいだ」
「そんなことが魔人にできるの?」
ジェイクの見解に疑問をもち、問いかけるルナマリア。マナ切れを起こさせる攻撃なんて聞いたことがなかったからだ。
「俺はそれを最近目にしてるんだ……」
「……どこで?」
ルナマリアとジェイクは横目で見合いながら
話していると、魔人の禍々しい殺気が空間を支配した。二人は背筋が凍り全身の皮膚が足元から頭に向かって鳥肌になっていく。横目で見合っていた二人はゆっくり正面にいる魔人に視線を直した。
「おしゃべりはそのへんにして、我の相手をしてくれぬかのぉ」
魔人は待ちくたびれ機嫌が悪くなったのか殺気を撒き散らし始めた。ビシビシと見えない殺気が肌に当たり緊張感が二人を襲う。
「……ジェイク、悔しいけど今の私たちではあの魔人には勝てないわ……撤退しましょう……」
「………そ…うだな、俺は煙幕を発生させる準備をするから、その間ルナは魔人の気を逸らせてくれ。煙幕を巻いたら、俺は美春を連れて離脱するからルナも煙幕の中を移動して離脱するんだ」
「わかったわ」
ルナマリアは硬直した体に鞭を打ち、一歩前に踏み出した。ジェイクは逆に一歩後退し左手を背中に回し小さく詠唱を開始する。
「魔人さん、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」
「まぁ良いだろう、特別に答えてやろうかのぉ」
魔人は撒き散らしていた殺気を治め、ルナマリアの質問を聞く体勢をとった。ルナマリアは深いため息を一つ吐くと、頭の中に浮かんだ言葉を口にした。
「あなたは何が目的でこの世界に現れたのかしら?」
ルナマリアの頬をねっとりとした油汗が流れ落ちる。魔人は腕を組み、何か考え込んだ後口を開いた。
「我は魔界の王ルシファー様の命により、二千年前の聖戦に敗れこの世界の幹に封印された魔神サタン様のマナリス『デモンズ・コア』を見つけ持ち帰るためこの世界に来たのだ」
魔神サタンは、二千年前魔界と天界の戦争(聖戦)で神たちと戦い敗れ人間界の源であるイグドラシルの大幹に封印された魔界の神のことである。
「それで『デモンズ・コア』は見つかったのかしら?」
ルナマリアはこの際魔人の情報を聞き出そうと思考をフル回転する。その間にもジェイクは離脱するための準備を進めていた。
「だいたいの目星はついたのぉ、お主のおかげじゃよ」
「……わたしの?」
魔人の意味深な発言に違和感を覚えるルナマリア。魔人は組んでいた腕を解き下ろした。
「少ししゃべりすぎたかのぉ、ルシファー様に叱られてしまうわい」
次の瞬間、魔人は治めていた殺気を再び撒き散らし始めた。先程とは比べ物にならない濃度の殺気にルナマリアとジェイクは目を見開いて固まり同時に、尋常ではない汗が噴き出し始めた。
(………こんなの……勝てるわけない……)
「まぁ良いわ、お主たちはここで死ぬのだからのぉ」
「え?」
「ルナ!」
ジェイクが叫んだ瞬間、ルナマリアは後ろに吹き飛ばされ、50m離れたコンクリートで出来た建物に背中から激突した。建物は真ん中が抉れ落ち、ルナマリアと共に地面に崩れ落ちた。ルナマリアはうつ伏せで倒れ気を失った。額、口、腕から血が流れ出ていた。美しいピンク色の長い髪は鮮血に染まった。魔人は全く体勢が変わっていなかった。
「……全く………見えなかった」
ジェイクは魔人の動きが全く見えなかったことに動揺を隠せなかった。まるであの決闘のようだった。
ドス黒い雲の切れ間から鮮血に染められた巨大な満月が顔を出し、魔人とジェイクたちを赤く染め上げた。
「うむ、やはり満月の夜は力が漲るのぉ、しかし、人間は脆すぎる、こうも簡単にやられるとは」
魔人の言葉に、ルナマリアがやられた怒りが込み上げた。ジェイクは歯に力を入れた。
「貴様ぁ、よくもルナを!」
ジェイクは詠唱をやめ、魔人に向かって飛び出し自身の最強の技を繰り出した。
「フレアエクスプロージョン!」
ジェイクの前にかざした右手から炎が発現し、魔人の回りを円を描くように囲んだ。次の瞬間、円になった炎は高く円柱状に燃え上がり、魔人を覆い尽くした。さらに天高く燃え上がった炎は次第に、回転しながら範囲を狭めていき、火炎竜巻として魔人を焼き尽くした。
ジェイクは自身が放った技の中にいる魔人目掛けて炎の中に飛び込み、さらに技を魔人に放った。
「フレアブレイド!」
ジェイクは右手から炎の剣を作り出し、火炎竜巻の中にいる魔人に斬りかかった。斬りかかった瞬間、火炎竜巻はさらに火力を増し燃え上がった。
数秒後、ジェイクの放った「フレアエクスプロージョン」の効果が薄れてきたのか、魔人の周りの炎が次第に拡散し、消えてゆく。それに伴って炎の中に飛び込んだジェイクの姿が見えてきた。
斬りかかったジェイクの炎の剣は、魔人の頭に当たったまま止まっていた。ジェイクは渾身の力を込めているが、魔人にはビクともしなかった。
「くそ、なぜだ、これだけの技を打ち込んだのに……」
「なぜ?それはお主が弱いからだ!」
自分の最強の技が通じないことに動揺するジェイク。魔人は無慈悲にも、認めたくない事実をジェイクに突きつけた。
「俺がよわ……い?」
次の瞬間、魔人はジェイクの頭を掴み持ち上げた。ミシミシと頭蓋骨が軋む音が聞こえてきた。
「うああああああぁぁぁ」
「痛いか?痛いだろう、もっと苦しめて殺してやろう」
魔人のジェイクの頭を掴む力が増す。ジェイクは目を見開き悲鳴を上げた。
「ぐわああああああぁぁぁ」
ジェイクの頭を掴んでいる魔人の指からジェイクの血が流れ始めた。血はポタポタと地面の割れたタイルに放射線状に形を作り着地した。
「さて、そろそろ終わりにするかのぉ、人間の頭を握り潰すのは二千年経ってもゾクゾクするわい」
魔人は不敵な笑みを浮かべ頭を掴み持ち上げているジェイクを見上げた。ジェイクは足をジタバタさせ抵抗ているが、魔人の前では意味がなかった。
殺される………ジェイクの頭の中に死の文字が浮かび上がった。ルナマリアを振り向かせたい、許嫁だが恋人同士になって愛を深め結婚したい。
(……こんなところで終わるのは………嫌だ!)
ジェイクは今までやってきた事が終わってしまうのが許せなかった。ルナマリアを守るためならなんだって出来る。恐るものなど何もなかった。
ジェイクの両手が頭を鷲掴みしている魔人の腕を掴み引き離そうと抵抗する。頭を掴む魔人の握力が少しずつ弱くなっていく。
「………ぐっ……俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」
「ほおぉ、何か未練があるようじゃのぉ」
大満月を覆っていたドス黒い雲が晴れていき鮮血に染められた大満月がその全貌を露わにした。大満月から放たれる鮮やかな赤い光がジェイクと魔人を照らす。
「俺はルナをあいつから守らないといけないんだ、あいつから………神名修吾からどんな手を使ってでも……」
大満月の赤い光に照らされたジェイクは怒りに満ちた表情をしていた。まるでジェイクを照らす赤い光が修吾に対する怒りをあらわしているかのようだった。
「お主の決意には感心したわい、神名というやつに相当の恨みがあると見た。殺すのが惜しいと思ってしまったわい」
魔人は口を大きく開け笑った。口の中は深淵よりも深い黒に染められていた。光も吸収してしまいそうなブラックホールのごとく深い深い闇が広がっていた。
「……だが、これもルシファー様の命、生かして帰すわけにはいかぬのでな、さらばだ少年」
魔人のジェイクの頭を掴む手の握力が今までと比べ物にならない力に増大した。ジェイクの頭蓋骨がバキバキと音を鳴らし始める。
「………ル……ルナ……」
遠のく意識の中、ジェイクはルナマリアの名前を呼んだ。




