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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

化の用心 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ほー、こいつがAIに描かせた絵か。

 なるほど、絵によっては数千万円の値がつくという話も、まんざらはったりとはいえないかもな。なんというか、かもし出す雰囲気が匠っぽいタッチに思う。

 有名な画家の画風に似せて描くテクニックは、もはや人間に引けをとらないかもしれない。人物を描くと、ちょっと指のあたりのバランスが悪かったりするが、それもじきに修正されていくんじゃなかろうか。


 私は絵を見るのもいいが、写真を見るのも好きでね。自分で撮った風景の写真が何枚もあるんだ。

 絵の中には、ときに写真じゃないかというほど、手が込んだものもある。が、それさえAIが作成し、虚像を実像みたく見せるときがくるのだろうか。人として絵を描くこと、写真を撮ることは、仕事ではなくホビーの範疇のみに追いやられてしまうのか。

 私は否だと思っている。人が手ずから動くことによって、果たすことのできる役割は、まだまだあると、考える機会があったからね。

 その時の話、聞いてみないかい?



 私が自分用のカメラを手に入れた折には、いろいろなものを手当たり次第に撮影したものだ。

 はじめて手にするおもちゃは、いろいろなことに試したくなる。その被写体は建物から人物まで多種多様。たまたまファインダーにおさまって、シャッターをきった瞬間が、あらゆるチャンスだ。

 別に、公表するとかトラブルになりそうな行いをする気はなく、自分のコレクションとして眺めるだけ。純粋に、撮ることそのものが楽しかったからね。

 夏の長期休みだったこともあり、連日のように近辺の景色を撮りまくる私だったが、10日くらい続けると、妙なことに気がついた。



 当時の私のクラスメートだった女子のひとりが、ちらほら映り込むんだ。

 写真の枚数が多いから、同じ人が映り込むことは何度かあるものの、彼女の場合は決まってあるものと一緒に映り込むから目立つ。

 カメラだ。だが、私の使っているデジタルカメラとは違う。

 本体と伸びるレンズをつなぐのは、アコーディオンを思わせる蛇腹を用いた、スプリングカメラ。他の部分は私の持つものと大差がないデザインなのに、その一点だけで年代物な空気をかもしている。

「いい!」と思ったね。レトロな空気が逆に新鮮でね。

 写っている写真を見る限り、彼女は建物を中心に撮影しているようだった。

 同じ被写体の中じゃ、頭一つ抜けて映り込んでいるし、また会う機会もあるだろうと、思ったよ。


 数日後。

 少し意識しながら写真を撮っていた私は、予想通り、彼女と出くわした。

 その時は学校のすぐ近くで、彼女は校舎の写真をとっていた。敷地のフェンスに沿って、様々な角度へ動きながらね。

 ひとしきり撮ったところで向こうも私に気づいたらしく、近づいてくる。

 写真が好きなのかと思ったけれど、彼女は「別に」とそっけない解答。

 そりゃ目の前の男子と同じ趣味だと分かって、素直に喜ぶなら、そうとう相手を好いているときくらいだろう。

「へーへー、悪うございましたねえ」と頭の中で思っている間にも、彼女は振り返って校舎へレンズを向ける。


 何枚撮りできるかは知らないが、私の見ている間だけでも20枚近くは撮ったはずだ。それでもまだ足りないというのか。

 やや前かがみにシャッターをきる彼女の後ろから校舎を見やり、屋上から1階に至るまでなめるように観察するも、特におもしろそうなものはない。

 当時は目がよかった私は、おそらく仕事で廊下を行き来しているだろう、先生たちの姿をいくらか認めていたが、そこまで興味をそそられるものとも思えなかった。


 人の好みにケチをつけたくはなかったが、純粋に疑問が湧いてくる。

 彼女がカメラから顔を離すのを待ち、あらためてこの件を尋ねてみたよ。


「……けのようじん」


「なんだって?」


「化の用心。夏場になると、怖い話の人気が出るでしょう?

 聞いたことない? 怖い話をすると本物のお化けが寄ってくるんだって。その被害を防ぐため」


「あー、はいはい。どっかで聞いたぞそれ。

 カメラでお化け退治するやつじゃね? 被写体にした幽霊を追っ払うとかいう。

 へ〜、ああいうのまじで信じてんだ? マネっこ? なんだ、思ったよりかわいいとこあるじゃん……」


「知らない」


 ぷいっと、彼女は顔をそむけて、つったかつったか足早に去って行ってしまう。

 当時の私は、まだまだ言葉の選び方を知らない。素直に思ったことを話して、最後に「かわいい」とフォローもしてやったのに、どうしてああも機嫌を悪くするのか、意味不明だった。

 なんとも不愉快と、私はひとり鼻を鳴らして背を向けると、また撮影の旅を再開したわけ。



 夏休みの登校日。

 久々に友達と顔を合わせて、世間話に花を咲かせる私たちは、放課後に空いた教室を使って怪談話をする運びになった。

 私を含めて、ホラー好きの子が多く集まっていたし、テンポよく語られる話は短時間で多くの怪異の知識を広めていく。

 この学校の七不思議もその中に混じっていて、トリを飾るのはごぞんじ、テケテケの話だった。

 うちの学校だと、テケテケは昼夜の別なく現れるらしい。

 廊下を一人、もしくは少人数で歩いていると、不意に足を取られて転んでしまう。

 何につまづいたのかと、当人が思う間に転んだ足の足首がひっつかまれて、おおいに後ろへ引きずられてしまうんだ。


 この引きずるヌシが、テケテケだとされる。

 被害者は腹ばいの姿勢のまま、おおいに地面を擦る羽目になるが、決して振り返ってはならない。

 とたん、テケテケは被害者の両足をちょん切ってしまい、その場から退散してしまうのだとか。足が無事でいるためには、ひたすら引きずられるのに耐えて、テケテケがあきらめるのを待つよりないという。

 この導入はなかなか良かったが、肝心の中身がいたずらな残酷表現に終始して、いささか残念な語り口。形だけの拍手をおくってやり、その日はお開きになったよ。


 登校日ゆえの早めのホームルームだったから、まだ陽の高い時間帯。

 いまから家にカメラを取りに帰っても、まだ時間はあるなと、学校を出てから駆け出してほどなく。

 私はものの見事に、すっころんだ。あまりに久しぶりのことだったから、腕の支えが間に合いきらず、べたんと胸から腹が地面にひっつく体勢に。

 いまの感触、つま先から引っかかったものじゃなかった。誰かに足を刈られて転ばされる時のように、もっと足の上の方から引っかけられたんだ。


 それだけじゃない。

 伸びきっていた私の両足が、補助倒立をするときのように足首をつかまれ、ひざも着かないほどに高々と持ち上げられる。

 突然のことで、私も顔をアスファルトに押し付けれるも、持ち上げた奴は意に介さないとばかりに、そのまま勢いよく引きずり出したんだ。


 ――テケテケだと!?


 この有様は、先に聞いた話ほぼそのままの格好だ。

 アスファルトに潜む小石たちは、小兵とはいえじかに顔へ押し付けられれば、痛みを生むに十分。たちまち無数の突き刺しを受けて、私は首をややあげてしまう。

 かといって、振り返る度胸はない。そして、いつまでもあごをあげるのもつらい。

 ときおり、下げてしまうあごが地面と接触するのを覚えながら、何メートルも私は引きずられていく。

 車も通行人も、なぜか見当たらず。とがめられる者のないまま、私の負う痛みばかりが増していく。

 その中で、私は頭をめぐらせる。


 ――テケテケは昼夜を問わないが、校内にしか現れないはずじゃなかったか? だとしたら模倣犯か何かか?

 いや、そうだとしたら、どうやって足も見せずに俺を転ばせられたんだ。待ち伏せできそうな地形じゃなかったぞ。



 どうやら背後の「テケテケ」は、まだ私を離す気配は見せず。

 私が標識や電信柱などへ、手を伸ばしてすがろうとすると、巧みに蛇行して指先さえかすらせない。

 がりり、と間近で音が響いたかと思うや、私の引きずられるあとへ、あらたに点々と血痕が。

 いましがた、地面に転がるガラス片の尖った箇所があごをとらえ、切り裂いたんだ。おさまらない揺れが、なお私の血を飛び散らせていく。

 これまでいくら暴れても、足を解放してくれる気配はない。それどころか、引きずられながら見る景色に、私は嫌な予感が脳裏をかすめる。


 ほどなく、訪れる現実。

 あたりを包んでいた光は、目の前の一点に集約。どんどん遠ざかっていく一方で、足も身体も闇と冷えに冒されていく。

 トンネル。いよいよもって視界を遮られ、気づいてもらえる余地がなくなる。

 いや、そもそもこの事態。本当にトンネルを抜けられるかも怪しい。記憶の通りなら、ほんの10メートルそこらの長さだが、闇から深淵へ誘われるのは怪談のお約束。

 だが背後を振り返ったなら、そこが地獄の一丁目。

 にっちもさっちもいかず、いよいよトンネルの出口が針の先っちょほどしか見えなくなったあたりで。



 光。

 トンネル全体を照らす、強い光はほんの一瞬だけのもの。

 だが、私はその中に見る。光の中にたたずむ、通いなれた校舎の姿を。

 ちょうどあの日、彼女の背中越しに見たアングルとうり二つの景色を。


「――校舎の中へ帰りなさい」


 ほどなく響いた女の声を受けるや、私の足を握る感触が消える。

 ぱたんと、力を失って再び転がる私の両足。光がやんだあとにも、私の網膜にはあの浮かんだ校舎の姿が焼き付いている。


「だから、怖い話はお化けを呼ぶっていったでしょうが」


 肩をぽんと叩かれる。

 あの蛇腹のカメラを携える彼女が、そこに立っていた。



 たまたま化の用心が功を奏したと、彼女は話す。

 彼女はああして景色を寸分の狂いなくとらえられるカメラを通じ、迷ったり誘われたりしてテリトリーを外れたお化けを、なじみの風景を通じて一時的に退避させることがあるのだとか。

 あくまで今回のような緊急時に限った話で、めったにはやらないのだと。

 私を引きずっていたものも、いましばらくは光の中の校舎に引き付けられるが、それがやめば元の場所へ戻っていくだろうと、語っていたよ。



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