89話 聖遺物の力
「っ……!」
なにを思ったのか、マリアはロンギヌスで自らの手の平を貫いた。
矛先が手の平を貫いて、反対側の手の甲から飛び出していた。
痛々しいほどにたくさんの血が流れる。
「なにを……?」
「ふふ。こうしないと、この子は目覚めてくれないので」
マリアはロンギヌスを引き抜いた。
さらに血があふれるのだけど、それをロンギヌスに垂らしていく。
血は刃の上を伝い……
しかし、そのまま垂れ落ちることはなくて、刃に吸い込まれていく。
飢えた獣がむさぼりつくように、血が吸われていく。
白銀の刃は紅に染まる。
その色を周囲に写すかのように、赤い光が放たれる。
マリアは法衣の一部を脱いで、顔を晒す。
とても綺麗で、人形のような顔。
ただ、その瞳は血の色に染まっていた。
「その姿は……」
「これが私の切り札ですわ」
赤く輝く瞳。
赤く輝く槍。
その姿は、ロンギヌスと一体化しているように見えた。
「……まずいわね」
「ララは、あれがなにか知っているんですか?」
「天使化よ」
「天使化?」
「聖遺物は神が作った武器で、それを扱うのは天使。いわば天使専用の武器なのだけど……適性のある者が扱えば、一時的に天使と同等の力を得ることができるわ」
「それが天使化……ですか」
強大な力を持つ悪魔を討伐、もしくは封印したのが天使と言われている。
人間が討伐したという例もあるみたいだけど……
それは、あのような聖遺物が関連していたのかもしれない。
そうなると、相手はルルと同じか、それ以上の力を持っていることになる。
心してかからないと、一瞬でやられてしまうかもしれない。
「では、いきますよ?」
合図と共に、マリアが地面を蹴る。
相変わらず風のように速い。
ただ、初見ではないから対処は可能だ。
マリアの動きをしっかりと捉えている僕は、まっすぐに突き出されるロンギヌスを回避しようとして……
「っ!?」
ゾクッと、背中を悪寒が駆け抜けた。
ギリギリのところで回避するのは中止。
慌てて全力で横に跳んだ。
直後……
ゴゥッ!!! という轟音と共に、さっきまで立っていた場所が深くえぐれた。
さらに周囲の地面に亀裂が入る。
「あら、惜しいですね。あのままなら、確実に肉と血を撒き散らしていましたのに」
「いったい、今のは……」
「カイル、気をつけて! その聖遺物は普通じゃないから、常識じゃ考えられないことが起きるわ!」
「了解です!」
攻撃範囲が二倍……いや、三倍になったと考えるべきかな?
かなり厄介だけど、まだ対処できないことはない。
前面からの攻撃は捨てる。
側面からの攻撃も考える。
だから……
「風足!」
足に風の魔法をまとわせて、駆ける。
視界が一気に後方に流れていく。
その勢いでマリアの背後に回り込み、蹴撃を繰り出した。
狙うは膝の裏の急所。
戦闘不能に陥らせることは無理だけど、直撃すれば、しばらく行動不能になるはずだ。
肉を断ち、骨を砕く。
その勢いで、全力で蹴りつけた。
キィイイイン!
「なっ」
攻撃がヒットする直前、赤い魔法障壁が展開された。
蹴撃は障壁によって阻まれて、鉄と鉄がぶつかったような甲高い音を響かせる。
今の攻撃は確実に不意を突いたはずだ。
初めて使う技。
マリアは元より、ララも知らない。
それなのに的確に対処してみせた。
「もしかして……自動防御?」
「正解ですわ」
マリアは微笑みながらロンギヌスを振るう。
ララが双剣で軌道を逸らしてくれたおかげで、傷一つなく回避することができた。
「今の私は天使に等しい力を得ています。力だけではなくて、能力も同じ。常に結界をまとい、一定以下の攻撃は全て無効化します」
「ひどい反則技ですね……」
「二対一なのですから、これくらいはよろしいのでは? まあ……」
マリアは笑いつつロンギヌスを振り回す。
その一撃一撃が鋭く速く、回避で精一杯だ。
「二人だけでは物足りないかもしれませんが、ふふ、うふふふ!」
「ならば、四人ならどうなのだ?」
そんな声が乱入してきた。




