80話 ごきげんよう
「ごきげんよう」
丘の上に立つ領主の屋敷。
その客間に、マリア・ライゼンベルグの姿があった。
いつもの法衣ではなくて、赤のドレス姿が。
イヤリングなどで飾っていて、貴族の令嬢のよう。
実際、彼女は貴族だった。
とある名家……公爵令嬢だ。
物に困ったことはない。
食べることに困ったこともない。
ただ、彼女は家を出て教会の門を叩いた。
そして、戦う聖職者である聖騎士の道を選んだ。
全ては戦闘欲を満たすため。
「よく来てくれた」
テーブルを挟んでソファーに座り、マリアと向かい合うのは領主のゴルドール・モールドレッドだ。
背は高いものの、体は細い。
痩せ過ぎていると言っても過言ではなくて、不健康な印象がある。
ただ、目は獣のようにギラついていた。
大きな野心を抱いていることがわかる。
「突然の訪問にも関わらず、領主様自ら対応していただき、ありがとうございます」
「なに。教会の聖騎士が……しかも、あのライゼンベルグ殿がやってきたのだ。私が足を運ぶのは当然のことだろう」
「ありがとうございます」
「それで、いかがしたかな? よもや、観光ということはあるまい」
ワインの入ったグラスを片手に、ゴルドールは静かに問いかける。
マリアに対する敵意はない。
かといって親しみもなく、見定めるようにじっと視線を注いでいた。
「この街……あるいは近くに悪魔がいます」
「ほう」
ゴルドールは、ワインを一口飲む。
それから小さく笑う。
「それが本当だとしたら、大変な話だな」
「慌てないのですね? 私が嘘を吐いているとでも?」
「いや、本当なのだろうな。そして、悪魔はおとぎ話の存在だ、などとバカげたことを言うつもりもない」
「では……」
「君がいるからな」
もう一度、ゴルドールはワインを口に含んだ。
「マリア・ライゼンベルグ。最強の聖騎士。悪魔に対する切り札だ。そんな君がここにいるのだから、悪魔を恐れる必要はないだろう?」
「ふふ、そう言っていただけるのは嬉しいですね」
君も飲んでほしいと促されて、マリアはワインに口をつけた。
芳醇な香りが鼻を抜けていく。
深くコクのある味を感じて舌が喜ぶ。
「とてもおいしいです」
「気に入っていただけたようでなによりだ」
「かなり値がするのでは?」
「聖騎士殿を歓待するためなら安いものだ」
笑い、ゴルドールは再びワインを飲んだ。
「で……報告に来ただけではあるまい?」
「あら、お見通しでしたか」
「良くも悪くも教会はワガママだからな。律儀に報告なんてするわけがないだろう?」
「あらあら。司祭様が耳にしたら、顔を赤くして怒りそうですわ」
「それは楽しそうだな」
本題に入れ、とゴルドールは目で促す。
マリアとしてもつまらない会話は望むものではないから、すぐに本題に入る。
「少し兵を貸していただけませんか?」
「理由は?」
「この近くに悪魔がいることは突き止めたのですが、詳細はまだわからず……」
「そのための人手ということか。いいだろう」
「それと、領主様のお仲間に伝えてくれませんか? 私は敵ではありません、と」
「……」
「いちいち絡まれたりしては面倒なので。領主様も、お仲間を失いたくはないでしょう?」
「……そうしておこう」
ゴルドールはやや苦い顔をしつつ、頷いた。
彼が裏で行っている悪事について、マリアは全て見通している様子。
ならば、今更ごまかしても意味はない。
相手に協力することで優遇してもらえばいい。
「それと、もう一つ」
「やれやれ、まだあるのか?」
「ダメでしょうか?」
「……言ってみるがいい」
「ふふ」
マリアは微笑みつつ、言う。
「もしかしたら、街がいくらか消し飛ぶかもしれませんが、気にしないでいただけると嬉しいですわ」




