2話 生贄
15歳になった。
今日から僕も大人の仲間入りだ。
でも、なにも変わらない。
屋敷の敷地内にある、ボロ小屋から外に出ることは許されていない。
なにもせず、なにもできず。
ただ、ぼーっと一日を過ごすだけだ。
いっそのこと、殺してくれたらいいと思うのだけど……
でも、それは面倒らしい。
手間と金がかかるとか。
僕を始末するのに、手間も金もかけたくないのだろう。
なるほど、納得だ。
「……自分で自分を殺そうかな」
ふと、そんなことを思う。
おや?
これ、とても良いアイディアじゃないだろうか。
なにをしたいのかわからない。
生きる目的もない。
それなら、いっそのこと自分で終わらせてしまってもいいと思う。
「なんで、今まで思い浮かばなかったんだろう?」
よし。
死ぬか。
サラリとそう決めて、僕は立ち上がる。
なにか道具はないかと、隙間だらけの部屋を見回して……
「おい、カイル」
部屋の扉が開いて、ドロイドとドロッセルが姿を見せた。
なんだろう?
いつものように、憂さ晴らしにやってきたのかな?
でも、それにしては真面目な顔だ。
いつもならニヤニヤと笑っているのだけど、今日は違う。
どことなく厳しい顔をしていた。
「なんですか?」
「父上が呼んでいる」
「……え?」
思わず、ぽかんとしてしまう。
だって、今まで言葉を交わしたことがない。
顔も知らない。
庶民の子供なんて恥でしかないと、こんなボロ小屋に閉じ込めるような人だ。
それなのに、今更、どうして……?
「おい、早く来い。ぼさっとするな!」
「は、はい……」
戸惑いを覚えつつ、ドロイドの言う通り部屋を出る。
部屋を出るなんて、何年ぶりだろう?
もしかしたら初めてかもしれない。
こんな時になんだけど、妙な感動を覚えていた。
それから五分ほど歩いて、父親の部屋についた。
「父上、カイルを連れてきました」
「入れ」
厳かな声に促されて部屋に入ると、大きな髭を蓄えた男がいた。
たぶん、彼が父親なのだろう。
それと、ドロッセルもいた。
ドロイドが彼女の隣へ移動して、ニヤニヤとした視線をこちらに向けてくる。
ドロッセルも似たような顔をしていた。
僕がここに呼ばれた理由を知っているのだろうか?
「カイル」
父親が僕を呼ぶ。
初めて名前で呼ばれたと思うけど、なにも思わない。
たぶん、彼も僕に対してなにも思っていないだろう。
「半端者ではあるが、お前はバーンクレッド家の一員だ。ひどく抵抗はあるが、そのことを認めてやろう。だから……その務めを果たしてもらう」
「務め……?」
「バーンクレッド家が管理する領地に、とある山が含まれている。隣の領地とのちょうど境目にある山だ。そこにあるダンジョンに悪魔が封印されている。かつて、世界を滅ぼしかけたと言われている、魔王に匹敵する大悪魔だ」
「悪魔……ですか?」
確か……魔物の上位互換だったか?
魔物の数倍の力を持ち、人と同じ知恵を持つ。
その存在は災厄と同じ。
かつて、一人の悪魔によって街が滅んだこともあるとか。
勉強だけはしていたので、そこそこの知識はある。
「部下の報告によると、封印が解けたらしい」
「え」
「悪魔は生贄を要求しているそうだ。要求を拒むのなら、暴れてやると脅している」
「……」
なんとなくだけど、この後の展開が読めた。
そっか、そういうことか。
だから、僕はここにいるわけか。
「悪魔の要求などに応じるつもりはない。が、討伐の準備が整っていないため、時間稼ぎが必要だ。そのため、一度目の要求には応える。カイル、お前が生贄となれ」
「……はい」
「いい返事だ。そこらの平民を生贄にしたら、連中は無駄に反発をするからな」
「まったくです、父上。平民ときたら、大して役に立たないくせに、権利の主張だけは一人前ですからね」
「本当ですわ。あのような無能共を見ていると、イライラしますわ。まあ、ここにも無能がいるため、あまり強くは言えませんが」
ドロイドとドロッセルがニヤニヤと笑う。
この展開を楽しんでいるみたいだ。
……心の底から楽しんでいるみたいだ。
「僕は……」
生きることがどうでもいいと思っていた。
意味がわからなくなっていた。
ただ、積極的に死にたいかと言われると、そうではなくて……
できることなら、生きる意味を見つけてみたいと思っていた。
でも、それは叶いそうにない。
いや。
あるいは、これが僕の生きる意味だったのだろうか?
ここで生贄になるために、今まで生きてきたのだろうか?
「どうした?」
「……いえ、なにも」
「そうか。なら、準備にとりかかれ」
「え?」
「今日、お前を生贄として捧げる」
「……わかりました」
反論なんてできない。
家の命令は絶対。
そう教えられてきたのだから。
「どうでもいい半端者ではあるが、今、初めてバーンクレッド家の役に立つことができる。そのことを誇りに思え」
「……はい」
僕は……死ぬために生まれてきたのかな?
――――――――――
僕が断ると思っていなかったのか、はたまた、断ったとしても強制するつもりだったのか。
すでに準備が整えられていたらしく、僕は馬車で山に運ばれた。
馬車に揺られること数時間……ダンジョンに到着した。
ぱっと見た感じ、入り口は洞窟のようだ。
しかし、軽く中を見てみると、きちんと石壁と石の床で整えられている。
「さあ、行け」
同行した兵士が、僕をダンジョンの中に入るように促した。
彼らはここまで。
悪魔がいるダンジョンに入りたくないのだろう。
ただ、僕が逃げないように見張っているつもりらしく、入り口から立ち去る様子はない。
別に逃げるつもりはない。
なんかもう……どうでもいいや。
諦観を胸に抱いて、ダンジョンを進む。
「……なんだろう?」
明かりがないのに、壁がぼんやりと光っている。
おかげで道に迷うことはないけど、不思議な光景だ。
ちょっとだけワクワクしたけど……
でも、今の僕には必要ないか。
特になにも考えないようにして、前へ進む。
幸い、ダンジョンの構造は、一本道というとてもシンプルなものだ。
迷うことはない。
それに魔物がいないから、途中で食べられることもない。
……ほどなくして、僕は最深部らしき部屋についた。
「わぁ……」
最深部はとても広く、バーンクレッド家の屋敷が複数入るほどだ。
それでいて天井も高く、輝くを放つ鉱石らしきものが見える。
幻想的な光景に思わず声を失ってしまう。
「なんだ、貴様は?」
声が響いた。
凛としているだけではなくて、鈴を転がすような、とても綺麗な声だ。
振り返ると、一人の女性が。
歳は……僕よりも二つか三つ上、18くらいだろうか?
光を束ねたかのように輝く金髪が魅力的で、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。
背は僕と同じくらい。
すらりとしたスマートな体をしているのだけど……
ちょっと露出の高い服を着ているせいか、目のやり場に困る。
頭に二本の角。
腰の辺りに羽。
「君はいったい……?」
「質問に質問で返すでない。我は、貴様が何者かと聞いたのだぞ」
「あ、はい。ごめんなさい。僕は生贄です」
「ほう」
女性はニヤリと楽しそうに笑う。
妙な迫力のある不敵な笑みだ。
「そうか、貴様が我の供物となる生贄か」
「その言い方……え? もしかして、あなたが悪魔なんですか?」
「うむ、いかにも! 我こそは、天と地を総べる者。神に反逆する者。破壊と再生を司り、全てを支配する者。そう、我こそは最強の大悪魔ルシファルである!!!」
「はぁ」
「……」
「……」
「え、それだけ?」
悪魔がキョトンとした。
「なにがですか?」
「だから、今の我の壮大な名乗りを聞いて、反応はそれだけなのか?」
「えっと……はい」
「なんだそれは!? おかしいであろう!!!」
ムキーというような感じで、悪魔は地団駄を踏んだ。
「もっとこう、ふさわしい反応があるだろう!? 恐れおののくとか、我にひれ伏して崇めるとか! はぁ……なんて反応、あってたまるか! なめてるのか!」
「ご、ごめんなさい……?」
「そこで素直に謝るな! なんか、我が痛い子みたいであろう!」
そんなことを言われても、どうしろと?
それにしても……
本当に悪魔なのかな?
もっと怖い存在をイメージしていたんだけど、まったくの別物だ。
「おい、別物とはどういうことだ?」
「え? どうして……」
「ふふん。我くらいの大悪魔となれば、心を読むなんて簡単なことだ」
「すごいですね」
「そうだろうそうだろう、もっと崇めるがよい!」
悪魔は得意そうな顔をして胸を張る。
そういう仕草が子供っぽい。
「む。お前、今、子供っぽいとか思っただろう?」
「また心を?」
「その力は、そうそう何度も使えん。お前はわかりやすい顔をしているからな。なにを考えているか簡単にわかるぞ」
「そうなんですか……」
「まあ、そんなことはどうでもよい。お前は生贄なのだな? それならば、さっそくその魂、喰わせてもらおうか」
「はい、どうぞ」
即答すると、悪魔は怪訝そうな表情に。
「……我が言うのもなんだが、抵抗しないのか? イヤだーとか、助けてくれーとか、そういう反応が普通だと思うのだが」
「まあ……なんかもう、どうでもいいので」
「む?」
「それに、僕の魂を、こんなに綺麗な悪魔に食べてもらえるのなら、それはそれで光栄かな、って」
「ふぁっ!?」
ぼんっ、というような感じで、悪魔の顔が赤くなる。
耳まで赤くなる。
次は21時に更新します
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