12話 旦那さまだ
「一緒に飲まねえか? おごってやるよ」
だいぶ飲んでいるらしく、大男の顔は赤くなっていた。
ちょっとろれつも怪しい。
ルルはちらりと大男を見るが、それだけ。
大男を空気のように扱い、無視する。
お断りだ。
態度でそう示しているのだけど、酔っているせいなのか、大男がそれに気づくことはない。
笑みを浮かべつつ、馴れ馴れしい態度でさらに言葉を続ける。
「俺は一流の冒険者でなぁ、今日は、山ほどもある巨大な魔物を討伐したのさ。それで、仲間と祝ってる、ってところなんだ」
「へへ」
「はははっ」
仲間達も相当に酔っているらしく、大男を止める気配がない。
「なぁ、嬢ちゃんも祝福してくれよ。ほら、酌してくれ、酌」
「知らん」
「うん?」
「貴様のことは見たことも聞いたこともないし、我にとってはどうでもいい有象無象の輩だ。なぜ、そんなヤツのために我が酌をせねばならん? ふざけるな」
「そうつれないこと言うなよ、なぁ」
「第一、貴様の目は節穴か? 我は、旦那さまと一緒なのだ。他の男を相手にするなんてこと、ありえぬわ」
「旦那さま?」
そこで初めて僕に気がついたらしく、大男がこちらを見た。
大男はキョトンとして……
次いで、爆笑する。
「はははははっ! おいおい、なんだこのガキは? こいつが旦那さまぁ? 冗談きついぜ。こんなガキよりも、俺の方が百倍は良い男だぜ? 嬢ちゃん、男を見る目がねえな」
「……なんじゃと?」
「本当に良い男っていうのを、俺が教えてやるよ。酒だけじゃなくて、部屋まで付き合えよ」
まずい。
大男は酔っ払っているから気づいていないみたいだけど、ルルがものすごい怒気を放っている。
もはや殺気に近い。
このまま放置したら大変なことになるだろう。
とはいえ、ここは店の中。
穏やかに止めるには、どうすればいいのか……
「お主……」
ああ、まずい。
ルルが殺気を放ち始めた。
しかし、大男はそれに気づくことなく……
ルルの肩に手を回す。
「俺が色々と教えてやるよ? ほら、こっちへ……ごはぁ!?」
「あっ」
気がついたら手がでていた。
大男を殴り飛ばしてしまう。
大男の仲間を含めて、他の客もぽかんとしていた。
僕がこんなことをするなんて思ってもいなかったのだろう。
ルルもぽかんとしていた。
さきほどまでの怒りを忘れた様子で、なんで? という顔に。
「えっと……なんていうか、その……」
少しして、僕は僕の心に気づいて……
恥ずかしくはあるものの、それを素直に口にする。
「ルルがこんな人に、って思ったら、なんかこう、すごく我慢できなくて……すごい独占欲でそれはどうなの? って思うんだけど、その、気がついたら手が……」
そうなのだ。
ルルが大男に触られた瞬間、どうしようもなく許せなくなった。
出会ったばかりでなんだけど、僕はルルの旦那さまで……
そしてなにより、彼女がイヤがっている。
そんなことをする大男が許せなくなったのだ。
だから、穏やかに収める方法とかはどこかに消えて、気がついたら手が出ていた。
「てめえ……よくもやってくれたな、おい!? 死んだぞこらぁっ!!!」
大男がすぐに起き上がり、激高する。
当たり前だ。
通常時の僕は大した力を持たない。
不意打ちだから吹き飛ばすことができたものの、ノックダウンまでは程遠い。
「ぶっころ……」
「今、良いところなのだ。黙れ」
ルルが軽く手を振ると、大男が眠ってしまう。
たぶん、魔法かなにかを使ったのだろう。
無詠唱で、一瞬で人を眠らせてしまう。
相変わらずルルはとんでもない。
「旦那さまよ」
「は、はい」
「この大男に嫉妬して、我を助けてくれたのか?」
「そ、そういうところがあると思います……」
「今は我の祝福がない。普通の人間と変わらない……というか、ぶっちゃけ、わりと貧弱な方なのだ。それなのに、助けてくれたのか?」
「はい、無茶をしました」
怒られる。
そう思い、僕は身を縮めるのだけど……
「うむ、うむ。我はすごくうれしく思うぞ」
怒られるどころか、逆に抱きしめられた。
すごく愛しそうな感じで、優しく抱きしめられた。
「旦那さまは、我のことをとても大事にしてくれているのだな。我のために、言葉だけではなくて体を張ってくれるのだな」
「怒らないんですか?」
「なぜ怒る必要がある? 旦那さまが我を守ってくれた。本来なら敵わないはずなのに、それでも立ち向かってくれた。それがどれだけ勇気があり、強いことか……感謝して、惚れ直すことはあっても、怒るようなことなんてないぞ」
「……」
不思議な感覚だった。
以前は、なにかすれば「余計なことはするな」「黙っていろ」と怒られていたのだけど……
ルルはそんなことは言わない。
いつも温かい言葉をくれる。
「……ありがとうございます」
「む? なぜ、旦那さまが礼を言うのだ?」
「ルルがそう言ってくれることがうれしくて……」
「ふむ。我は当たり前のことを言っただけなのだが」
その当たり前が、今までの僕は得ることができなくて……
そして、ルルが与えてくれた。
だから、
「ありがとうございます」
僕はもう一度、感謝の言葉を口にした。
それを聞いたルルは得意そうにしつつ、しかし照れている様子で、少し頬を染めた。
「おい、てめえ! 仲間になにをしたんだ!?」
「俺達を無視して、イチャついてるんじゃねえぞ、コラぁ!」
しまった、酔っ払いの仲間達のことを忘れていた。
「なんだ、まだいたのか。羽虫のようにうっとうしいな」
「誰が羽虫だ!? ふざけんなよ!」
「あー、もう我慢できねえ。やるぞ? やっちまうからな?」
ついには、男達は剣を抜いてしまう。
周囲の人や店員さん達は顔色を変えるけど……
でも、ルルはいたって平然としていた。
「むう……我と旦那さまのイチャイチャを邪魔するとは。それほどまでに早死したいか」
ゴゴゴ、と圧を放つルル。
まずい。
これは、本気で怒っているぞ。
でも、それは僕と一緒に過ごす時間を邪魔されたから。
そう考えると嬉しいような……
って、喜んでいる場合じゃないから、僕!?
「ルル、落ち着いてください。手を出したりしたらダメですよ」
「むううう、しかし、あやつらが……」
「お願いですから」
「……なら、頭をなでなでしてほしいのだ」
「こうですか?」
言われるまま、ルルの頭を撫でた。
すると、さきほどまでの怒り顔が一気に消えて、とろけるような笑顔になる。
「にゃあ」
「なぜ、猫?」
「そういう気分なのだ。旦那さまのなでなでは、気持ちいいのだ」
「こんなことでよければ、いくらでもしてあげますよ」
「本当か!?」
「はい」
「約束だぞ!? 絶対だぞ!? やっぱりやめた、はなしだぞ!?」
「ちゃんとしますよ。そんな嘘は吐きませんし、僕も、ルルにこうしてあげたいな、って思いますから」
「ふへへへ……旦那さまは、やっぱり素敵なのだ♪」
「「だから俺達を無視してイチャつくんじゃねえええええっ!!!」」
あっ。
しまった、またやってしまった。
「ごめんなさい、悪気はないんです」
「「そこで謝るのかよ!?」」
「でも僕はルルが大好きなので、こういうことを自然としてしまうみたいで……」
「「自然なのかよ!?」」
「でも、気にしないでください。きっと、お二人のような冒険者なら恋人や奥さんがいると思いますから、この気持ち、わかりますよね?」
「「このリア充が!! 殺す!!」」
あれ?
なんで、そんなに怒るんだろう……?
「我も人のことは言えぬが、旦那さまも煽りスキルが高いな……」
なぜか、ルルがやや呆れた顔をしていた。
「旦那さま。せっかくだから、かっこいいところを見せてくれ」
「んっ!?」
不意打ちでキスをされた。
唇と唇が重なり、口先でルルの体温を感じる。
温かくて。
柔らかくて。
幸せな温度。
「……ん」
「ふゅ!?」
なんとなく、誘われるように舌でルルの唇を突いてみた。
ルルがびくん! と震える。
さらに耳が赤くなって、ぴくぴくと揺れる。
なんか、かわいい。
「ん、ふぅ……」
「ふぁ……あっ、ひゃあ……」
たっぷりキスをしたところで唇を離す。
すると、へなへなという感じでルルが床に腰を落としてしまう。
「ど、どうしたんですか、ルル?」
「す……す……すごいきひゅを、されてひまっひゃのらぁ……」
「えっと……なんか、ごめんなさい」
ルルがかわいいので、つい。
「はぅ」
ルルの目がぐるぐるに。
ついつい、僕の心を読んだらしい。
「てめえ!」
「いい加減に……」
我慢の限界に達した男達が突撃してくる。
でも……うん。
ルルのおかげで、男達の動きはスローモーションのように遅く見えた。
動体視力も向上していて、難なく対処できる。
「ぐあ!?」
「ぎゃあ!?」
カウンターを叩き込み、男二人を床に沈めた。
あまり手荒いことはしたくないのだけど……
武器まで抜いたとあれば、さすがに放置しておくことはできない。
そうやって男達を叩き伏せると、周囲の客がざわついた。
「お、おい……今の見たか? 気がついたら、あいつら倒れてたんだが……」
「いや、なにも見えなかった……」
「なんて動きだ。あいつらも、高ランク冒険者なのに、まるで赤子をひねるように……あいつ、とんでもないヤツだったのか」
「ふふんっ、そうだ! 旦那さまはすごいのだ。よーく覚えておくといい!」
いつの間にか復活したルルが、なぜかドヤ顔をするのだった。
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