第15話『助っ人-後編-』
100m走の後は200m走もタイムトライアルを行い、引き続き俺はあおいと一緒にタイムの計測と記録を行う。
200m走でも、俺の記録した男子部員の中では道本が一番速い。道本は200m走でも中学時代から関東大会の常連だからな。さすがだ。
颯田部長も俺が測った女子部員の中では2番目に速いタイム。彼女もかなりのスプリンターだ。さすがは陸上部の部長になるだけのことはある。
また、合間にフィールドの方を見ると、愛実と海老名さんが投てき種目の飛距離を測っているようだった。目が合うと、2人がこちらに手を振ってくれるときもあって。
何度か、鈴木の「おりゃあっ!」という雄叫びが聞こえて。最初は驚いたけど、友人の雄叫びなので、何度も聞くうちにほっこりとした気持ちになった。
「みんな、一旦休憩にしよう!」
200m走のタイムトライアルが始まってからしばらくして、颯田部長がそう言った。部活が始まってから1時間くらい経っているし、そろそろ休憩を挟んだ方がいいだろう。道本を含め、結構な数の部員が汗を掻いているし。4月下旬だけど、日差しに当たり続けているとなかなか暑い。体を動かしている部員達が汗を掻くのは無理もない。
俺は立っているだけだけど、日なたにいるので段々と暑くなり、ワイシャツの袖を肘のあたりまで捲っている。あおいも同じなのか、ブラウスの袖を肘近くまで捲っている。だから、爽やかな雰囲気の見た目になっている。
トラックにいる部員も、フィールドにいる部員も『はーい』と言って、部室のある方へ向かう。
「私達も行きましょうか、涼我君」
「そうだな。とりあえず、ここまでお疲れ様」
「涼我君もお疲れ様ですっ!」
あおいはニッコリと笑ってそう言ってくれる。記録表が挟まったバインダーとストップウォッチを持っているので、正規のマネージャー部員のように見えてくる。
校庭の端の方で、陸上部の部員やマネージャー達が水分補給をしながら休憩をしている。大きなジャグがあるので、おそらくあの中に愛実と海老名さんが作ったスポーツドリンクが入っているのだろう。美味しいのか笑顔でいる生徒が多い。
部員やマネージャー達の中には愛実と海老名さんもいる。俺とあおいの話し声に気付いたのか、2人はこちらに向かって笑顔で手を振ってくる。
「リョウ君、あおいちゃん、お疲れ様」
「あおい、麻丘君、お疲れ様」
「2人ともお疲れ様ですっ!」
「お疲れ様。……俺達もスポーツドリンクを飲んでいいか?」
「もちろんよ。部員ほど体は動かしていなくても、水分補給は大切だし。みんな、自分のコップを持参しているけど、3人はこの使い捨てコップを使って」
そう言うと、海老名さんはウォータージャグの横にある袋から紙コップを3つ取り出し、俺達に渡してくれた。
俺達はウォータージャグからスポーツドリンクを注ぐ。こういうことも中学の部活以来だから懐かしいな。
「部活が始まってすぐに、理沙ちゃんと一緒に作ったの。初めて作るし、美味しくできているといいな」
「きっと大丈夫よ。味見もしたんだし」
「ふふっ。いただきます」
「俺もいただきます」
俺はスポーツドリンクを一口飲む。
あぁ……この甘さとちょっと塩気が感じられる味がいいなぁ。あと、ジャグに入っているから結構冷たくて。全身に冷たさが心地良く広がっていく。俺でもこう感じるんだから、道本とか鈴木とか、練習している部員にはたまらないんだろうな。
「スポーツドリンク美味しいですね! 日なたにいて体が熱くなってきていたので、冷たいのがとてもいいです!」
「冷たくて美味しいよな」
「2人がそう言ってくれて良かった」
「そうね、愛実」
ほっとした様子でそう言う愛実。海老名さんが一緒とはいえ、初めて作るので緊張していたのだろう。そんな愛実に海老名さんは優しい笑顔を向けていた。2人はスポーツドリンクを飲むと、「美味しい」と柔和な笑みを浮かべる。
「みんな、ここまでマネージャーお疲れ様」
「お疲れさん! 2人の作ったスポーツドリンクが美味くておかわりしてるぜ!」
「美味いよな。でも、練習中に気持ち悪くならないように気をつけろよ」
道本と鈴木がコップを持ちながら俺達のところにやってくる。練習後の部員にも、愛実&海老名さん作のスポーツドリンクは好評のようだ。
「ありがとう。2人もここまで練習お疲れ様。あと、鈴木は何度も雄叫びを上げていたな」
「今日は麻丘達もいるからな! 凄く気合いが入ってな! おかげで、今日は結構いい距離投げられてるぜ!」
「確かに普段よりもいい記録が出ていたわね、鈴木君」
「トラックの方も、麻丘と桐山がタイム計測をしてくれるからか、普段よりもいいタイムで走れている部員が多いよ。俺もそうだったし。いつもと少し違う雰囲気なのが功を奏しているのかもな」
爽やかな笑顔で言う道本のその言葉に、鈴木と海老名さんはしっかり頷いた。
勉強でも運動でも、普段と少し違った方法や環境でやってみると、いつもよりいい結果に結びつくことってあるよな。新鮮な気持ちで臨むことができるからかもしれない。
鈴木はスポーツドリンクをゴクゴクと飲んでいく。
「ぷはあっ! 本当に美味いぜ! 部活の休憩中にこの6人で飲むのが初めてだからかな!」
持ち前の明るい笑顔で鈴木はそう言ってくれる。スポーツドリンクのCMに出たら売上がかなり伸びそう。
昼休みはいつもこの6人でお昼ご飯を食べているけど、陸上部の休憩中にみんなでスポーツドリンクを飲む日が来るとは思わなかったな。マネージャーの助っ人は初めてだし、陸上部の見学も数えるほどしかしなかったから。
スポーツドリンクをもう一口飲むと、さっきよりも美味しく感じられた。これを飲めば、残りの手伝いも頑張れそうだ。
休憩後は男子110mハードル、女子100mハードルのタイムトライアルを行う。そのため、俺はハードル走の部員やマネージャーと一緒にトラックにハードルを並べた。
ハードルを並べた後、俺はあおいと一緒にタイム計測と記録を行う。男女ともに1人ずつ走るので、俺は男子110mハードル、あおいは女子100mハードルを担当している。
ハードルを専門にしているだけあって、どの部員もスムーズにハードルを跳んでいる。俺はハードルを跳ぼうとすると、どうしても高く跳んでしまい、普通に走るよりもタイムがだいぶ伸びてしまう。だから、スムーズに跳べる人は本当に凄いと思うよ。
尊敬の念を抱きつつ、タイム計測と記録の仕事に勤しんでいると、
――ガシャンッ!
「きゃあっ!」
ハードルが倒れる音と、女子生徒と思われる声が聞こえてきた。それに反応してか、計測している男子部員の走りも止まる。
女子部員が走っているレーンを見ると……4台目のハードルのところで金髪の女子部員が倒れているのが見える。痛がっている様子も。近くにハードルも倒れているので、おそらくハードルに脚を引っかけて、そのまま転んでしまったのだろう。
俺とあおい、男子のレーンで走っていた男子部員、そして颯田部長が倒れた女子部員のところに駆け寄る。
「山本先輩、大丈夫ですか!」
「悠里、大丈夫?」
男子のレーンで走っていた部員と颯田部長がそれぞれ、倒れている女子部員に問いかける。彼女……山本悠里さんっていうのか。
山本さんのところに向かうと、山本さんの両脚から血が流れている。下は砂だし、転んだときに擦りむいてしまったのだろう。
「……脚、打撲しちゃったかも。左脚が結構痛い……」
「大きな音がしたもんね」
「血が出ていますし、脚に砂も付いていますから、まずは水道で洗い流しましょう。その後にアイスパックで冷やしましょう。俺が水道まで連れて行きます」
「私もお手伝いします」
「ありがとう、あおい。あと、部員の誰かが救急箱や氷を取りに行ってもらえますか」
「私が部室から救急箱とアイスパックを取りに行ってくる。道本君は保健室に行って氷をもらってきて」
「分かりました」
道本はそう返事をすると、駆け足で校舎に向かっていった。その直後に颯田部長も部室の方に向かって走っていった。
俺は山本さんに肩を貸して、あおいが支える中で水道場までゆっくりと向かう。歩くことの揺れによる影響か、山本さんは時々「痛っ」と呟いていた。
水道場に到着し、俺が体を支えたまま、あおいが靴と靴下を脱がしていく。
脱がした後、流水で両脚に付いている砂と血を洗い流す。その際も山本さんは痛そうにしていた。
綺麗に洗い流した後、水道場近くのベンチに山本さんを寝かせる。内出血を防ぐためにも、俺の脚に山本さんの両脚を乗せて患部を心臓よりも高い場所に置く体勢にさせる。
「あとは部長が救急箱を持ってくるのを待ちましょう」
「それがいいですね」
「……2人ともありがとう」
水の冷たさで少しは痛みが紛れたのだろうか。それとも、楽な姿勢になったからだろうか。山本さんの顔にようやく笑みが浮かんだ。
その後すぐに救急箱を持って颯田部長が戻ってきた。
俺は救急箱の中にある消毒液やガーゼを使って患部の消毒と治療をし、包帯を巻いた。
「よし、これでとりあえずは大丈夫ですね。あとは道本が持ってきてくれる氷で冷やせば何とかなるでしょう」
「そうだね、麻丘君」
「……ありがとう、麻丘君。旭も桐山さんも。少しに楽になってきたよ」
「それは良かったです! あと、私は涼我君の指示通りにやっただけです」
「私もよ。それにしても、麻丘君は落ち着いていたし、的確に指示していたね。凄いよ」
「中学時代は陸上をやっていたので。あと、両脚に大怪我をしたことがありまして。退院後に脚が痛んだり、怪我をしたりしたときの応急処置を医者から教わっていたんです」
「なるほどね」
納得した様子で颯田部長はそう言った。
本来だったら、颯田部長が指示する状況だったのだと思う。ただ、脚を痛めた人が近くにいたし、自分も酷く脚を痛めた経験があるから、気付けば俺が部長やあおいに指示をしてしまっていた。ただ、そんな俺を好意的に考えてくれていてほっとした。
それから数分後。道本が保健室から氷をもらってきてくれた。その氷をアイスパックに入れて、患部に当てていく。これを定期的にやれば、酷い状態にはならないはずだ。
何度かアイスパックを当てていくうちに、山本さんの表情は柔らかくなっていき、
「もうだいぶ楽になってきたよ。あとは自分で何とかなりそうだから」
俺の目を見て、山本さんは微笑みながらそう言った。
「分かりました。とりあえずは良かったです」
「麻丘君のおかげだよ。ありがとう。部長達もね」
「いえいえ」
「良かったわ、悠里」
颯田部長はそう言うと、優しい笑顔で山本さんの頭を撫でた。そのことに山本さんも嬉しそうで。この様子なら大丈夫そうかな。
その後、俺はあおいと一緒にトラックに戻り、タイム計測や記録の仕事を再開するのであった。