第17話『あおいと2人きりの放課後-後編-』
俺はあおいと2人でアニメイク調津店に立ち寄る。
漫画やラノベの新刊コーナーを見ていくと、最後に立ち寄った一昨日以降に入荷した作品が結構ある。漫画の方で俺の好きな美少女4コマ漫画の最新巻があったので、それを買うことに。あおいは特に買いたいものはなかったそうだけど、それでもとても楽しそうにしていた。
「好きな漫画の最新巻が買えて嬉しいな」
「良かったですね、涼我君」
「ああ。今回みたいに、一昨日は入荷されていなかった漫画が置かれていることがあるから、バイトのない放課後にはアニメイクに行くことが多いんだ」
「そうなんですね」
ふふっ、と楽しそうで、それでいて上品にあおいは笑う。
学校帰りにとりあえずアニメイクに寄ることは、これまで幾度となく体験したこと。俺1人や愛実と2人。友達と一緒に行ったこともあった。でも、あおいと2人きりで行くのは初めてだから新鮮だったな。これからも、あおいと2人で行くことはたくさんあるのだろう。
「アニメイクでの買い物が終わったし、次はどこに行こうか。あおいは行きたいお店ってある?」
「1つあるのですが、そこでもいいですか?」
「もちろん。どんなお店だ?」
あおいの大好きなレモンブックスかな?
「Laftです」
「ラ、Laft?」
予想外のお店だったので、思わず間の抜けた声が出てしまった。
ちなみに、Laftというのは雑貨ショップのこと。生活雑貨を幅広く取り扱っている人気のチェーン店だ。ここ調津ナルコにも2階にLaftがあり、俺もたまに行くことがある。
「Laftか。いいぞ。春休みに引っ越してきたし、何か日用品でも買うのか?」
「日用品……とも言えそうですね。実はマグカップを買いたいと思っていまして」
「マグカップか」
「ええ。そのマグカップを涼我君の家に置きたいと思いまして。涼我君の家には愛実ちゃん専用のマグカップがあるじゃないですか」
「ああ、ピンクのマグカップだな。愛実が家に来たら、それに飲み物を入れるよ」
ちなみに、俺のマグカップは外側が茶色で内側が白いマグカップだ。
「そのマグカップを何度も見ていくうちに、愛実ちゃんが羨ましくなりまして。それで、私専用のマグカップを買って涼我君の家に置いてほしいな……って。涼我君、いいですか? もちろん、自分のお金で買いますので」
あおいはそう問いかけると、俺の目をじっと見つめてくる。
愛実のように、俺の家で使う自分専用のマグカップがほしい……か。可愛いことを考えるなぁ。俺への許可取りのために、俺と一緒にいるときにマグカップを買おうと考えたのだろう。
「もちろんいいよ」
「ありがとうございますっ!」
あおいはとても嬉しそうにお礼を言った。そんなあおいがとても可愛らしく見えて。
「じゃあ、Laftに行くか。2階にあるよ」
「はいっ!」
俺達は2階にあるLaftに向かい始める。
「Laftって全国チェーンだけど、福岡や京都の家の近くにもあった?」
「はい、ありました。生活雑貨全般売っていますし、お値段もリーズナブルですから、家族でよく利用していました」
「そうだったのか。うちもナルコにあるから、生活雑貨はLaftで買うことが多いよ。何か買うときはとりあえずLaftって感じで」
「うちもそうでした。この10年の間に、調津にLaftができたと分かってお母さんも喜んでいました」
「そっか」
そういえば、Laftも10年前にはまだオープンしていなかったな。調津にはずっと住んでいるけど、あおいの話を聞くと調津が便利な街になっているのだと実感する。そんな街にずっと住んでいるのは恵まれていることなのだろう。
アニメイク近くにあるエスカレーターでLaftのある2階に降りる。このフロアは日用品や衣服を取り扱うフロアだから、アニメイクのある4階に比べて、俺達のような制服姿の人は少ない。近くにある服を眺めながらLaftに向かっていく。
「ここがLaftだ」
俺達はLaftに到着する。あおいは店内を見ながら「おおっ……」と声を漏らしている。
「福岡や京都のLaftと同じくらいに立派ですね」
「それは良かった。えっと、マグカップはあっちの方だったはず」
あおいと一緒にLaftの中に入り、マグカップが陳列されているところに向かう。
「ここだな」
記憶を頼りに案内したけど、無事に辿り着いて良かった。迷ったらかっこ悪かっただろうし。
目の前にはマグカップはもちろんのこと、コップ、湯飲み茶碗、ジョッキといった様々なコップが陳列されている。家で使っているものもあるので見慣れた商品もある。
「素敵なマグカップがいっぱいありますね!」
「いっぱいあるなぁ」
大きさや色、カップのデザインなど様々だ。
あおいは目を輝かせて、棚に陳列されているマグカップを見ていく。気になったのか、たまにマグカップを手に取ることも。
「Laftはいいマグカップが多いですね。……あっ、涼我君のマグカップや愛実ちゃんのマグカップに似たものもありますね」
「おっ、結構似てるな」
「ですよね。……あっ、これは結構良さそうですっ!」
それまでよりも少し高い声でそう言うと、あおいは棚からマグカップを手に取る。そのマグカップは水色で、猫の顔のシルエットが白く描かれている。パッと見た感じ、大きさは俺や愛実のマグカップと同じくらいか。
「シンプルですが、猫のシルエットもあって可愛いですっ! 水色は好きな色ですし。結構軽くて持ちやすいのもいいですね」
「いいマグカップじゃないか」
「ええ! ……このマグカップ、電子レンジ対応なんですね。値段もお手頃ですし、このマグカップを買いますっ!」
「うん、分かった」
あおいは嬉しそうな様子でレジへと向かい、水色のマグカップを購入する。
あおいが嬉しそうだからか、レジを担当する女性の店員さんも楽しそうに接客していた。なぜか、たまに俺の方を見ていたけど。
「いいマグカップを買えました!」
「良かったな、あおい」
「ええ!」
嬉しそうにレジ袋を抱きしめるあおいがとても可愛らしい。購入したマグカップが相当気に入ったと窺える。
「さっそく、このマグカップを使ってみたいです!」
「じゃあ、俺の家に行って、一緒にアニメを観るか。マグカップは俺の家に置いておくんだし」
「それがいいですね! では、一緒に帰りましょうか」
「ああ」
俺はあおいと一緒に帰路に就く。
調津ナルコからは歩き慣れた道で自宅に向かう。ただ、あおいと2人きりで歩いたことは全然ないから、周りの景色が普段とは少し違って見えた。あと、俺から誘っておいて何だけど、俺の家であおいと2人きりで過ごすからちょっと緊張する。
10分近く歩き、俺はあおいと一緒に自宅に帰った。
あおいの希望でアイスティーを用意することに。もちろん、あおいのアイスティーはさっき購入した水色のマグカップに淹れる。
アイスティーが入った自分のマグカップとあおいのマグカップを持って、あおいが待っている俺の部屋に向かった。
部屋の中に入ると、あおいは俺のベッドを背もたれにして、クッションに座ってくつろいでいた。そんなあおいの姿を見ると、2人きりだという緊張感が和らぐ。
「お待たせ、あおい。アイスティー淹れてきたよ」
「ありがとうございますっ!」
あおいはワクワクとした様子でお礼を言う。新しいマグカップでアイスティーを飲めるからかな。
俺はあおいの前にあおいの水色のマグカップを置き、扉に近い方にあるクッションに腰を下ろした。
あおいはブレザーのポケットからスマホを取り出し、嬉しそうに自分のマグカップの写真を撮影していた。
「いただきますっ!」
「どうぞ」
あおいはワクワクしながら水色のマグカップを持ち、アイスティーを一口飲む。お店でこのマグカップをさっそく使ってみたいと言っていたので、アイスティーを飲むあおいの姿をじっと見てしまう。
「とっても美味しいです!」
とても爽やかな笑顔でそう言ってくれるあおい。新しいマグカップで飲んだからなのもあるだろうけど、そう言ってくれるとアイスティーを淹れた甲斐があるよ。そう思いながら、俺は自分のアイスティーを一口飲む。……美味しい。
「それは良かった。使った感じはどうだ?」
「ええ! 取っ手も持ちやすいですし、たくさん紅茶が入っていても重く感じません。これなら長く使えそうです」
「そうか。本当にいいマグカップを買えたな」
俺がそう言うと、あおいはニッコリと笑って頷いた。愛実のマグカップと同様に出し入れしたり、洗ったりするときは丁寧に取り扱わないと。
「さてと。何かアニメを観るか。あおいは何が観たい?」
「そうですね……せっかくですから、この10年の間に放送されたアニメの中で、涼我君が面白いと思った作品を観てみたいです」
おぉ、そういうオーダーか。昔も観ていたアニメもいいけど、離れていた間に放送されたアニメを観るのは新鮮でいいかも。
この10年で放送された面白いアニメはたくさんある。ただ、せっかくならあおいも知っている作品の方がより楽しめるだろう。あおいの部屋にある本棚を思い出すと――。
「『みやび様は告られたい。』なんてどうだ?」
「みやび様いいですね! 好きですっ!」
予想通りの好感触だ。本棚には第1巻から最新巻まであったからな。
ちなみに、『みやび様は告られたい。』というのは数年前から連載中のラブコメ漫画。これまでTVアニメ2シーズンと、実写映画が制作されるほどの人気作だ。また、今月からはアニメの第3期がスタートする。
「原作漫画を持っていますし、アニメは録画して何度も観ました!」
「結構好きなんだな。俺もアニメを何度も観てるけど面白いよな」
「そうですね! 愛実ちゃんの部屋にもみやび様の漫画がありましたね」
「愛実も好きだからな。じゃあ、第1期の第1話から観るか」
「はいっ! 昔みたいに、隣同士に座って観ましょう」
「ああ」
その後、俺はあおいの隣に移動して、あおいと一緒に『みやび様は告られたい。』のアニメ第1期を観始める。
互いに原作を読んでいたり、アニメを何度も観ていたりしているのもあり、このキャラクターがいいとかこのシーンが面白いとか結構盛り上がっていく。
もし、あおいが引っ越さなかったら、こうして放課後にあおいと一緒にアニメを観ることがたくさんあったんだろうな。楽しそうに観ているあおいの横顔を見ながらそう思った。




