第23話『お花見③-亜麻色と桜色-』
公園の入口近くにいた佐藤先生が俺達の存在に気付き、俺達のいるレジャーシートまでやってくる。美しく微笑み、手を振りながら。そんな先生に向けて、性別問わず視線を向ける人が多い。
俺達は佐藤先生に「こんにちは」と挨拶する。
「ここでお花見かい?」
「そうです。今日は陸上部が休みなので、道本と海老名さんも呼んで」
「そうなんだ。……あれ、鈴木君は? 彼も一緒にいることが多いじゃないか」
「鈴木は参加していません。彼女とのデートっていう先約があるので。楽しんでいるみたいですよ」
「なるほどね。楽しんでいるなら何よりだ」
うんうん、と佐藤先生は笑顔で頷いている。
「ところで、佐藤先生はどうしてここに? 先生のご自宅は違う方向ですが……」
「桜を見たかったんだ。今朝のニュースで、今日が桜を楽しめる最後の週末だって言っていたのをさっき思い出してね。この公園は調津の桜スポットの一つだから、買い物帰りに寄ったんだよ」
「そうだったんですね」
「ああ。……満開の綺麗な桜だね」
佐藤先生は桜の木を見上げながらそう言った。
佐藤先生につられて、俺も桜を見上げる。とても綺麗な満開の桜だ。数日もすれば、この桜の花びらは散っていき、来年の春まで見られなくなる。そう思うと少し寂しいな。ただ、花が咲いている時期が短いことの儚さが、ここまで美しく思わせるのかもしれない。
「そんな桜の木の下で、美少女3人が寄り添い膝枕。その近くでは美少年2人が隣り合って座っている……いやぁ、たまらない光景だね。尊さが爆発しそうだよ。ここに来て良かった……」
恍惚とした笑顔で佐藤先生はそう言った。花より美少女や美少年ってことか。先生らしくて、思わず「ははっ」と笑い声を漏らしてしまう。桜を見たことで抱いたちょっぴりセンチメンタルな気持ちが吹き飛んでしまった。
「もし良ければ、樹理先生も一緒にお花見しませんか? みんな、どうかな?」
愛実の提案に俺達4人は賛成する。俺と海老名さんは1年の頃の担任で、道本は化学の授業を1年間受けてきたからな。あおいは先日、俺のバイトしている喫茶店で面識があるし。
全会一致での賛成となったからか、佐藤先生の口角が少し上がる。
「ありがとう。では、お花見の仲間に入れさせてもらうね」
「どうぞどうぞ。残り物ではありますが、お弁当やお菓子も食べてください」
「おぉ、これは美味しそうだ。これから家に帰って、少し遅めの昼ご飯を作ろうと思っていたからね。嬉しいな。では、お邪魔します」
笑顔でそう言うと、佐藤先生はレジャーシートの中に入ってきて、俺とあおいの間に正座する。先生が正座する姿はあまり見たことがないので新鮮だ。そんな姿も綺麗で絵になるなぁ。
「佐藤先生。飲み物は何がいいですか? 緑茶、紅茶、コーヒー、コーラがありますけど」
「緑茶をお願いするよ、道本君」
「分かりました」
道本は新しいプラスチックコップを取り出し、ペットボトルの緑茶を注いでいく。並々注ぐと、佐藤先生にコップを手渡した。手際がいい。そういえば、中学のとき、海老名さんを含めマネージャーがいたけど、彼も他の部員に飲み物を渡すことがあったな。
佐藤先生は緑茶を一口飲む。
「うん、美味しい」
「杏樹先生。お皿とお箸です」
「ありがとう、あおいちゃん」
佐藤先生は重箱やタッパーから、唐揚げと玉子焼き、ハンバーグをそれぞれ一つずつお皿に取る。
「いただきます」
そう言って、佐藤先生はあおいお手製の玉子焼きを食べる。だからか、あおいは少し緊張した面持ちで先生のことを見つめる。
「……うん、甘くて美味しいね。こんなに美味しくできるなんて。作ったのは愛実ちゃんかい?」
佐藤先生はそう問いかける。先生は愛実がキッチン部であることは知っているし、愛実の作った料理を食べたこともあるからな。愛実が作ったのではないかと考えるのは自然なことだ。
「いいえ、違いますよ。今食べた玉子焼きとハンバーグはあおいちゃんが作ったんです。それ以外の料理は私が作りました」
「おぉ、そうなのか。あおいちゃんも料理が得意なのかい?」
「いいえ、あまり得意じゃないんです。ただ、玉子焼きとハンバーグは何とか作れるので、この2つを担当したんです」
「そうなんだね。頑張って作ったんだね。今のエピソードを聞いたら、口の中に残る玉子焼きの旨みが広がった気がするよ」
佐藤先生はあおいに微笑みかけながらそう言う。そのことで、あおいの頬がほんのり紅潮する。
あおいの作ったものが分かったからなのか、佐藤先生は次にハンバーグを食べる。ハンバーグも口に合うといいな。
「……ハンバーグも美味しいね」
「良かったですっ!」
えへへっ、とあおいは嬉しそうに笑った。俺と愛実が「良かったね」と言うと、あおいは「うんっ!」と嬉しそうに頷いて。その姿には小さい頃の面影が感じられた。
佐藤先生はお皿に残っていた唐揚げも食べる。
「唐揚げも美味しい。さすがは愛実ちゃんだ」
「お口に合って嬉しいです」
「美少女達の作ったおかずを食べられて幸せだよ。いいタイミングで桜のニュースを思い出せたね」
「確か、お買い物の帰りでしたよね。もしかして、樹理先生が行っていたのはレモンブックスですか? 昨日、涼我君と愛実ちゃんと一緒に行ったとき、休日には先生と会うことがあると教えてくれましたから」
「そうだったんだ。ご明察通り、レモンブックスに同人誌を買いに行ったんだよ」
「おぉ!」
あおいは甲高い声を出し、嬉々とした様子で佐藤先生のことを見ている。オタクな部分が前面に出始めたな。お花見の中で好きな漫画やアニメ、ラノベのことも話題になったから、道本や海老名さんは今のあおいを見ても特に驚いている様子は見られない。
「私の気に入っているサークルの新刊がレモンブックスで販売開始になったから買いに行ったんだ。私は大人だから、買った同人誌の中には君達に見せられないエロい意味での成人向け同人誌もあるけどね」
そう言って「ふふっ」と微笑む佐藤先生はちょっと艶やかに感じられた。
あと、教師が在学中の教え子に「エロい同人誌を買いに行った」と言うのはいいのかどうか。見せなきゃOKとか思っていそう。
「私、樹理先生がどんな同人誌が買ったのか気になりますっ! 昨日、私が買った同人誌の中に、先生が以前、涼我君と愛実ちゃんに買うのを頼んだサークルのものがあると言っていましたので。もちろん、一般向けだけでかまいませんので……」
お願いします、とあおいは佐藤先生に頭を下げる。
昨日、あおいが買った同人誌の中に、過去に佐藤先生の代理購入したサークルのものがあると教えたとき、あおいは「先生と気が合いそうな気がします!」とワクワクしていた。だから、先生がどんな同人誌を買ったのか気になるだろう。
「ははっ、一生懸命お願いして可愛いね。一般向けの同人誌ならかまわないよ」
「ありがとうございますっ!」
「私も見ていいですか?」
「あたしも」
「ああ、かまわないよ」
佐藤先生はトートバッグから、レモンブックスの黒いレジ袋を取り出す。袋の中をチラッと見て、
「こっちが一般向けだね」
と独り言のように言った。成人向けフロアは2階、一般向けフロアは1階なので、それぞれで会計して、別々のレジ袋に同人誌が入っているのだろう。
佐藤先生がレジ袋から同人誌を取り出す。そのタイミングで、愛実と海老名さんが先生の近くまで行く。
佐藤先生の周りに女子3人が居やすいように、道本と俺は少し移動した。
「あっ、この同人誌。昨日私も買いました!」
「喜んで手に取っていたよね、あおいちゃん」
「綺麗な絵柄ね……」
「綺麗だよね、理沙ちゃん。あおいちゃんはこのサークルが好きなのか。素敵なBLオリジナル漫画を定期的に出すサークルだよね。ただ、このサークルの人は大阪在住で関西の即売会中心に参加するから、同人誌は委託販売されているものをレモンブックスで買うことが多いんだ」
「そうなんですね! 私、京都に住んでいた頃は、会場に行って新刊を何度か買ったことがあります!」
「おおっ、それは羨ましい。京都だと、会場に買いに行ける即売会はいくつもあるよね」
あおいと同じ同人誌を買っていたのもあり、女性4人は話が盛り上がっている。そんな4人のことを、道本はやんわりとした笑顔で見ている。
「いい光景だ。佐藤先生の言葉を借りれば『尊い』かな。コーラが進むよ」
「ビールのつまみみたいな言い方だな。ビール呑んだことないけど」
「ははっ。いつもよりコーラが美味いぞ」
そう言うと、道本はコップに残っていたコーラを全て飲み、「美味い!」と爽やかな笑顔で言った。このコーラのWEB広告じゃないかと思うくらいの爽やかさだ。そんな道本の姿を見たのか、少し遠くから「きゃあっ!」と女性達の黄色い声が聞こえた。
それから、女性4人は佐藤先生が買ってきたBLの同人誌を開封し一緒に読む。その同人誌は昨日、あおいが買った同人誌でもあるので、あおいと先生中心に盛り上がっていた。そんな光景を、俺は道本と一緒に飲み物を飲みながら眺めるのであった。