第4話『愛実の誕生日パーティー』
自宅でお昼を食べた後、俺は愛実の家に行き、香川家のみなさんとあおいと一緒に、午後6時半開始予定の誕生日パーティーの準備を始める。
愛実とあおいと愛実の母親の真衣さんがパーティーで食べる料理作りを担当。俺と愛実の父親の宏明さんがパーティー会場となるリビングのセッティングや飾り付けを担当という割り振りだ。また、宏明さんは調津駅近くにあるショッピングセンターの中にあるケーキ屋さんに誕生日ケーキを受け取りに行く。
俺も宏明さんも料理はできるので、セッティングや飾り付けが終わり次第、料理作りを手伝うことに。今年はあおいがいるけど、この割り振りは去年までと同じだ。
宏明さんと一緒にテーブルやクッションを運んだり、『HAPPY BIRTHDAY』のガーランドや、ハート形や星形の風船などを飾ったりしていく。参加者が11人いるので、俺の家からもクッションを運んだ。
宏明さんと準備しながら、たまにキッチンの様子を見る。愛実はあおいと真衣さんと一緒に楽しそうに料理をしていて。
俺の誕生日パーティーのときは、主役の俺は準備には参加せずにゆっくりしていた。
ただ、愛実はキッチン部に入るほどの料理好きなので、自分の誕生日のときもパーティー用の料理を作る。これは毎年のことだ。本人曰く、
「料理を作るのが好きだし楽しいから、この時間も誕生日プレゼントの一つだと思っているよ」
とのこと。さすがは愛実だ。愛実とあおいは、俺の誕生日パーティーの料理を作っているときも、今のように楽しく料理をしていたのかなと思った。
会場作りは順調に進んだので、俺と宏明さんは途中から料理作りを手伝う。料理が好きで得意な愛実と真衣さんの指示に従って。たまに、3人から味見をお願いされて。
パーティーの参加者が11人もいるのでかなりの量だけど、5人で協力して午後6時近くに作り終わった。料理をパーティー会場のリビングのテーブルに配膳した。また、配膳が終わると、愛実とあおいがテーブルに乗せられたケーキや料理、リビング全体の写真を撮っていた。
「何とか終わったね。みんなお疲れ様」
「終わったな。お疲れ様」
「お疲れ様でした! 11人分ですから、凉我君のパーティーのときよりもたくさん作りましたね。でも、楽しかったです!」
「私もだよ、あおいちゃん。毎回思うけど、パーティー用の料理を作るのはとても楽しいよ。今日と今年のリョウ君のときはあおいちゃんもいたからね」
「そう言ってもらえて嬉しいですっ」
あおいは言葉通りの嬉しそうな様子でそう言うと、愛実のことを抱きしめる。今の愛実の言葉が相当嬉しかったのか、愛実と頬をスリスリさせていて。そんなあおいの行動を受けて愛実は「ふふっ」と楽しそうに笑っていた。
また、愛実とあおいのことを、真衣さんと宏明さんが優しい笑顔で見ていたのが印象的だった。
パーティー開始までは30分くらいしかないけど、始まるまでは愛実の部屋で冷たいものを飲みながら、愛実とあおいと一緒にゆっくりする。パーティーの準備をしていたので、これまでの誕生日のことで話が盛り上がりながら。
――ピンポーン。
インターホンが鳴った。今は午後6時15分なので、パーティーに招待された人だろうか。
愛実が部屋の扉の近くにあるモニターまで向かい、応対する。
「はい。……あっ、理沙ちゃんに美里ちゃん」
『美里と一緒に来たわ、愛実』
『こんばんは、愛実さん』
来訪者は海老名さんと須藤さんか。
「2人ともこんばんは。今すぐに行くね。……理沙ちゃんと美里ちゃんだよ。2人も一緒に行く?」
「ああ、行くよ。パーティーまであと15分くらいだし」
「私も行きます!」
「分かった。じゃあ、3人で行こうか」
俺達は愛実の部屋を出て玄関へと向かう。
愛実が玄関を開けると、そこにはスラックスに七分袖のVネックブラウス姿の海老名さんと、半袖の襟付きのワンピース姿の須藤さんがいた。2人は俺達の姿を見るとニッコリとした笑みを浮かべる。
「こんばんは。理沙ちゃん、美里ちゃん、来てくれてありがとう」
「こんばんは。今年も招待してくれてありがとう。そして、誕生日おめでとう、愛実」
「誕生日おめでとう、愛実さん。会えるのを楽しみにしていたわ」
「ありがとう!」
愛実はとても嬉しそうな様子でお礼を言った。海老名さんと須藤さんは去年もパーティーに招待されていたので、今のやり取りを見ていると去年のことを思い出す。
「海老名さん、須藤さん、こんばんは」
「こんばんは! 今日もお二人とも可愛いですっ!」
「ありがとう、あおい」
「ありがとう。あおいさんもジーンズパンツに縦ニット姿が似合っていて可愛いわ」
「可愛いわよね、美里」
「ありがとうございますっ!」
海老名さんと須藤さんはもちろんのこと、2人から服装を褒められたあおいも嬉しそうにしている。そんな3人のことを、愛実は優しい笑顔で見ていて。4人とも可愛いなって思うよ。
「さあ、2人とも上がって。リビングに案内するよ」
「うん。お邪魔します」
「お邪魔します」
海老名さんと須藤さんは愛実の家に上がる。
パーティー会場であるリビングに向かうとき、
「あの、愛実さん、麻丘君。2人に言いたいことがあるの」
須藤さんが愛実と俺を呼び止めた。なので、愛実と俺は歩みを止めて須藤さんの方を向く。須藤さんは穏やかな笑顔で俺達のことを見ている。
「愛実さん、麻丘君。お付き合いすることになっておめでとう。最後に会ったのは夏休み中の花火大会だったから、次に会うときには言いたいって思っていたの」
「そうだったのか。そういえば、俺達が付き合い始めてから須藤さんと会うのはこれが初めてだもんな」
「花火大会から帰ってきたときに、リョウ君が告白の返事をしてくれて付き合い始めたもんね。……ありがとう、美里ちゃん」
「須藤さん、ありがとう」
須藤さんが愛実と俺に話したいことは、俺達が付き合うことのお祝いの言葉だったんだな。愛実と付き合い始めて3週間ほど経つけど、こういう言葉はいつ言われても嬉しいものがある。愛実も同じような気持ちなのか、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「いえいえ。2人ともお幸せに。交際絡みで何か相談したいことがあったら遠慮なく言ってね。愛実さんはもちろん、麻丘君もね」
須藤さんはとても優しい笑顔でそう言ってくれる。須藤さんは鈴木と3年以上付き合っているのもあり心強い。恋人のいる女性ということで、愛実のことで須藤さんに相談することはあるかもしれないな。
その後、須藤さんをリビングに案内し、あおいの隣のクッションに座ってもらった。
「今年も料理やケーキが美味しそうね。お腹空いてきたわ」
「そうね、美里。あと、ガーランドとか風船とかの飾り付けもいい感じで。毎年いいなって思うわ」
「パーティーって感じがしていいわよね」
と、海老名さんと須藤さんは料理や会場の飾り付けを褒めてくれる。それがとても嬉しくて。
パーティー開始の6時半が近いのもあり、それから程なくして、俺の両親とあおいの両親が一緒にやってきた。4人をパーティー会場のリビングに通し、愛実の誕生日パーティーに参加する全員が揃った。
俺と愛実とあおい、真衣さんと宏明さんで参加者全員の飲み物を用意する。
ちなみに、俺はアイスコーヒーで、本日の主役である愛実はアイスティーだ。高校生達はコーヒーやアイスティーで、親達はワインやウイスキーといったお酒である。
飲み物の用意が終わると、俺達5人もクッションに座る。俺と愛実は隣同士に座っている。
ちなみに、座り方は俺から時計回りにあおい、須藤さん、あおいの母親の麻美さん、真衣さん、宏明さん、あおいの父親の聡さん、父さん、母さん、海老名さん、愛実だ。ここに11人集まるのは初めてなのでなかなかの光景だ。
また、あおいはクッションに座ると着火ライターを使って、俺と愛実の前に置いてある特大サイズのショートケーキに刺さっているろうそくに火を点ける。そういえば、俺の誕生日パーティーのときにもやっていたっけ。ちなみに、ケーキに刺さっているろうそくが大きいのが1本、小さいのが7本なのも同じである。
「点け終わりました」
「ありがとう、あおいちゃん。……6時半になりましたので、愛実の誕生日パーティーを始めましょうか」
「そうだね、母さん」
「あおいちゃん。進行をお願いするわ」
「はいっ、分かりました! まずはみなさんで愛実ちゃんに向けて『ハッピーバースデートゥーユー』を歌いましょう!」
あおいはいつもの明るい笑顔で元気良く言う。
俺の誕生日パーティーのときと同様に、あおいが進行役を務めるのか。俺の誕生日パーティーでは、あおいが進行をしてくれたからスムーズに進んだっけ。その実績もあって、香川家から愛実の誕生日パーティーでも進行役をしてほしいとお願いされたのかもしれない。
「俺が電気を消すよ」
俺はリビングの照明を消す。その瞬間、リビングは暗くなる。
今の時期だと、この時間になると陽もすっかりと暮れている。扉の隙間から玄関の明かりが入る程度なので、実質、リビング内の明かりは8本のろうそくに点された火くらいだ。ケーキの近くに座っている愛実や海老名さん、あおいを中心にぼんやりと見える程度。ただ、その光景がとても美しく思えた。
「では、歌いましょう。せーの!」
あおいがそう言い、愛実以外の10人で、誕生日を迎えた愛実に向けて『ハッピーバースデートゥーユー』を歌う。
愛実が調津に引っ越してきた小学1年生の年から毎年、愛実の誕生日を祝い、この曲を歌ってきた。これまでは隣に住む同い年の幼馴染として歌ってきたけど、恋人として歌う年が来るなんて。桐山家のみなさんと一緒に歌う年が来るなんて。だから、今回の『ハッピーバースデートゥーユー』はきっと忘れないだろう。
歌い終わると、みんなで拍手しながら愛実に向かって「誕生日おめでとう!」とお祝いの言葉を送る。
「みんな、ありがとうございます!」
愛実は今日一番の笑顔でそう言った。毎年、誕生日パーティーでは嬉しそうにしているけど、今年はよりいっそう嬉しそうに見える。
「さあ、愛実ちゃん。ローソクの火を消してください!」
「うんっ!」
ふーっ、と愛実はローソクの火を消していく。
一度に8本全てのローソクの火は消せなかったが、愛実は2回吹いて全てのローソクの火を消した。
全て吹き消した直後、再び拍手が鳴り響いた。その音が響く中、俺はリビングの照明を点けた。
俺は愛実の隣のクッションに腰を下ろす。
「ローソクの火も消したので、そろそろ料理やケーキを食べましょうか。愛実ちゃんに乾杯の音頭を取ってもらいましょう」
「うん、分かったよ。あおいちゃん」
乾杯をするので、俺はアイスコーヒーが入ったマグカップを持って愛実の方を向く。
「今年もこうして誕生日パーティーを開くことができて嬉しいです。去年も招待したみなさんと、今年は桐山家のみなさんにも祝ってもらえて嬉しいです。あとは……リョウ君と恋人として付き合い始めたのもあります。みなさん、ありがとうございます! 乾杯!」
『かんぱーい!』
俺は隣にいる愛実はもちろん、近くのクッションに座っているあおい、海老名さん、須藤さんなどともマグカップを軽く当てた。
また、パーティーの主役である愛実はクッションから立ち上がって、パーティーに参加している全員と持っているマグカップを当てていた。
さあ、パーティーが始まったから食べるぞ。
玉子焼き、ハンバーグ、唐揚げなどといったおかず系はもちろん、ちらし寿司や焼きそばといった主食系、シーザーサラダや春巻きサラダといったサラダ系、愛実が昨日作ったクッキーやマカロンといったスイーツと幅広い。料理が得意な愛実と真衣さんがいたとはいえ、ここまで多くのものを作るのは凄いなって毎年思う。
料理やケーキがいっぱいあって迷うけど……今年の俺の誕生日パーティーに唐揚げを食べたし、今回も唐揚げを食べようかな。愛実が揚げている姿を見ているし。
大皿から唐揚げを一つ取り、
「いただきます」
と言って、口の中に入れる。
「……美味い」
揚げてから時間が経っているので冷めているけど、とてもジューシーで美味しい。さすがは愛実だ。
「リョウ君、唐揚げを食べてくれたんだね」
乾杯が終わった愛実は俺にそう言いながら、俺の隣のクッションに座った。
「唐揚げが大好きだし、愛実が揚げているのを見ていたからな。凄く美味しいよ」
「ふふっ、ありがとう」
愛実はニッコリとした笑顔でそう言ってくれる。そのことで、口の中に残っている唐揚げの旨味が増したような気がする。
「この玉子焼き、甘くてふんわりとしていて美味しいわ」
「ハンバーグもジューシーで美味しい」
「玉子焼きは私が作ったんだよ、理沙ちゃん」
「さすがは愛実だわ」
「ハンバーグは愛実ちゃんと真衣さんにコツを教わりながら私が作りました! 美味しくできているようで嬉しいです!」
「あおいさんが作ったのね。美味しいわ」
海老名さんと須藤さんが美味しく食べているのもあり、料理を作った愛実とあおいはとても嬉しそうにしていて。心が温まるいい光景だ。
俺の誕生日パーティーでは、愛実やあおいに料理やケーキを食べさせてもらったっけ。今日は愛実の誕生日だし、愛実の恋人になったんだから、愛実に食べさせたい。
「愛実。何を食べたい? 俺が取るよ。あと、愛実に食べさせたいな」
「ありがとう。じゃあ、誕生日だしケーキを食べさせてほしいな」
「了解だ」
俺は包丁でホールのショートケーキを切り分け、お皿に乗せる。
フォークでケーキを一口分切り分けて、愛実の口元まで運んでいく。
「はい、愛実。あーん」
「あ~ん」
パーティーに参加している全員から視線を向けられる中で、俺は愛実にケーキを食べさせた。みんなから注目されているのでちょっと緊張したし、気恥ずかしさもあったけど。ただ、幸せそうな笑顔でケーキを食べている愛実を見たらその思いは吹っ飛んだ。
「ケーキ甘くて美味しい! リョウ君に食べさせてもらえて幸せだよ」
「良かった」
食べさせたいって言ってみて良かったな。
「ふふっ、ラブラブね、愛実さんと麻丘君」
「学校の昼休みでは、お弁当のおかずを食べさせ合うことがあるわよ」
「何回もありますよね。愛実ちゃんが羨ましいですが、とてもいい光景です」
須藤さん、海老名さん、あおいは楽しげにそう話す。
幼馴染なのもあって、付き合う前から愛実とはお弁当のおかずを食べさせ合うことはあった。ただ、付き合い始めて、2学期になってからはその頻度が増えた。
それからもみんなと談笑しながら、テーブルの上にある料理やケーキを楽しんでいく。主役の愛実はもちろん、あおいや海老名さんや須藤さん、親達もみんな楽しそうで。
その中では、
「リョウ君にもケーキ食べさせたいな」
「今度は玉子焼きを食べさせてあげるよ、愛実」
と、愛実と食べさせ合うことが何度もあって。そういったときにはあおいや海老名さん、須藤さんからスマホで写真を撮ってもらった。
女子同士なのもあり、あおいや海老名さんや須藤さんも愛実と食べさせ合うことも。そのときは俺が写真を撮って。
みんなが楽しそうなのはもちろんだけど、愛実が常に笑顔でいることが本当に嬉しい。愛実の隣で俺はそう思った。