第22話『お花見②-素晴らしき景色-』
思い出話やアニメ・漫画の話などで盛り上がり、あおいと愛実の作ってくれたお弁当やおかずを楽しみながら、お花見の時間が過ぎていく。あおいの昔話の中に俺のちょっとした恥ずかしい話もあったけど、それでも楽しく過ごせている。
お花見を始めてから2時間ほどが経った頃。
――ブルルッ。ブルルッ。
俺のものを含め、複数のスマホがほぼ一斉に鳴る。この鳴り方からして、俺達がメンバーになっているグループトークにメッセージや写真が送られたのかな。
さっそくスマホを確認すると……俺と愛実、道本、海老名さんがメンバーになっているグループトークに新しいメッセージと写真が送られていると通知が。俺達4人はあおいと一緒に喋っていたから、送信したのはあの男しかいない。
「……鈴木、彼女と動物園デートを楽しんでいるみたいだ」
自分のスマホを見ながら、道本が笑顔でそう言った。
俺もグループトーク画面を開くと、
『みんな、花見楽しんでるか? オレは彼女と動物園デートを楽しんでるぜ!』
という鈴木からのメッセージと、恋人と一緒に笑顔でピースサインしているツーショット写真が表示された。
「本当に楽しんでいるのが伝わってくるな」
「鈴木君、恋人とラブラブだもんね」
「春休み中も、陸上部の練習が休みだった日はあまりなかったものね」
「ちょ、ちょっと待ってください。鈴木君というのは? もしかして、デートの先約があって来られなかった例のご友人ですか?」
あおいはそう問いかけると、少し首を傾げる。そういえば、これまで色々な話をしてきたけど、鈴木の名前は出さなかったな。
「ああ、そうだよ。鈴木力弥って言うんだ」
「鈴木も陸上部に入っているんだ。ただ、あいつは俺と違ってやり投げの専門。関東大会に出場するほどの実力だ。ただ、俺が高1のときのクラスメイトで、海老名もマネージャーだから麻丘や香川とも仲良くなったんだよ」
「大らかな性格で、笑顔でいることの多い陸上部のムードメーカーよ」
「そんな鈴木君だから、リョウ君も私もすぐに仲良くなれたよ」
「そうなんですね」
「鈴木の写真を見せるよ」
俺がそう言い手招きすると、あおいは俺のすぐ横まで近づいて、俺のスマホを覗き込む。
「この黒い短髪の男が鈴木だ。それで、一緒に写っている黒髪の女子が鈴木の彼女。彼と同じ中学出身の同級生で、別の女子校に通ってる」
「そうですか。鈴木君は……まさにスポーツマンって感じの風貌ですね。恋人さんはとても美人な方です」
「そうだな。2人は中学時代から付き合っているんだ。恋人さん含めてみんなで遊んだことがあるけど、2人はラブラブだよ」
「そうなんですね。この写真からもラブラブなのが伝わってきます」
いいですね……とあおいは優しい笑顔でスマホの画面を見ている。そんなあおいの姿はこれまでよりも大人な雰囲気を感じた。
鈴木に『既読』の通知が届いているはずだ。いつまでも返信しないのはいけないな。返信を打ち込もうとしたとき、
『花見楽しんでるぜ。桐山あおいっていう例の麻丘の幼馴染も一緒にな』
道本がそんなメッセージを送った。道本の方を見ると、彼は爽やかな笑顔で俺達の方を見た。
『リョウ君達とお花見楽しんでるよ。鈴木君もデート楽しんでいるみたいだね』
『あおいはいい子よ。会ってすぐに仲良くなれた』
愛実と海老名さんもメッセージを送信する。それらのメッセージが表示された直後、あおにが「えへへっ」と小さな笑い声を漏らす。あおいの顔をチラッと見ると、あおいの顔には柔和な笑みが浮かんでいた。
「俺も返信するか」
「学校で会えるのを楽しみにしているって書いてくれますか?」
「分かった」
俺はメッセージを打ち込み、
『デートを楽しんでいるみたいで何よりだ。こっちも楽しんでるよ。あと、あおいが鈴木と学校で会えるのを楽しみにしてるってさ』
というメッセージを送信し、お花見が始まる直前に撮影した5人全員の写真もアップした。
送信したメッセージと写真は、すぐに『既読』のマークが付き、既読した人数も『4』にまでカウントアップされる。このグループは5人で構成されているので、鈴木も見たことが分かった。
『みんなお花見楽しんでいるみたいで良かった! 桐山と学校で会うのを楽しみにしてるぜ! またな!』
鈴木からそんなメッセージが送られてきた。このメッセージを見ていると、鈴木の明るい笑顔がすぐに目に浮かぶ。引き続き、彼女との動物園デートを楽しんでほしい。
「ふああっ……」
海老名さんは左手を口に当て、可愛らしいあくびをしている。
「お弁当やお菓子をたくさん食べたら、ちょっと眠くなってきちゃった」
「ふふっ、可愛い」
「俺の持ってきた枕で良ければ使うか?」
「……そ、それも魅力的だけど、とても気持ちいい枕がここにあるから、今回はいいかな」
そう言いながら、海老名さんは右手で愛実の膝をポンポンと叩いている。ああ……愛実に膝枕してもらおうってことか。そういえば、これまでに海老名さんは何度か愛実に膝枕してもらっているところを見たことがある。ぐっすり寝ていたこともあったっけ。
「もう、理沙ちゃんったら。いいよ、膝枕してあげる」
「ありがとう、愛実」
「ただ、俺の枕を使いたくなったらいつでも言ってくれ」
「うん、ありがとう」
海老名さんは微笑みながら俺にお礼を言った。ただ、微笑む海老名さんの顔はなぜかほんのり赤みを帯びていた。
海老名さんに膝枕させるためか、愛実は今一度正座し直す。
「理沙ちゃん、どうぞ」
「失礼します」
一言言うと、海老名さんは愛実の膝の上に頭を乗せた。その瞬間、海老名さんの顔にはまったりとした笑みが浮かぶ。
「あぁ、柔らかくて気持ちいい。いい匂いもするし。日々の疲れが取れますわ」
「本当に理沙ちゃんは私の膝枕が好きだよね」
いつもの優しい笑みを浮かぶ、愛実は海老名さんの頭を優しく撫でる。そのことで海老名さんの笑顔が幸せなものに変わる。
「膝枕しながら見上げる景色も……素晴らしいわね」
「微妙に空いた間が気になるけど、この満開の桜は本当に綺麗だよね」
「そうね。最高だわ」
海老名さんの口角がさらに上がる。そんな海老名さんにつられたかのように、愛実の口角もさらに上がって。愛実は海老名さんの頭を撫で続ける。何だか愛実が海老名さんのお姉さんに見えてきた。
「今の愛実ちゃんと理沙ちゃんを見ていると、昨日の猫カフェを思い出しますね。60分コースだったんですけど、愛実ちゃんの膝の上にはずっと同じ三毛猫さんが寝ていたんです」
「ああ、あの三毛猫ね。前に一緒に行ったとき、大半は三毛猫が愛実の膝で寝ていたわね」
「そうでしたか。人間でも猫でも気に入るような気持ち良さがあるんでしょうね。どんな感じか、私、気になります!」
「じゃあ、さっそく試してみて。気持ちいいよ」
「ありがとうございますっ」
「じゃあ、俺と座る場所を交代するか」
「すみません、涼我君」
「いえいえ」
俺は紙皿とプラスチックコップを持って、あおいと席を入れ替わる。横の体勢になるから、あおいからは少し離れたところに座る。
海老名さんが起き上がってすぐ、あおいは愛実の膝に頭を乗せた。
「あっ、これは気持ちいいですね! 甘い匂いもしますから、これはいつまでもいたくなりますね」
「でしょう?」
「あおいちゃんにも気に入ってもらえて良かったよ」
先ほどと同じように、愛実は優しい笑顔を浮かべてあおいの頭を撫でる。そのことで、あおいの笑顔は柔らかなものになって。
柔らかさとか、いい匂いとかもあるんだろう。ただ、見上げたら愛実の優しい笑顔が見えることも、膝枕がとても気持ち良くて、いつまでも頭を膝の上に乗せていたいと思える理由なのだと思う。
「3人とも楽しそうだな。可愛い女子が楽しそうにしているのを見ると、何だかいい気分になれるよ。カップルとか仲のいい幼馴染同士でもな」
「道本らしいなぁ」
道本は男女のラブコメやガールズラブ作品が大好きだからな。漫画やラノベを読んだり、アニメを観たりすると陸上の練習や勉強の疲れが早く取れるらしい。佐藤先生と重なる部分がある。今も道本は爽やかな笑みで3人を見て、アイスティーを飲んでいる。
ただ、道本の言うこと……分かるかも。3人を見ていると気持ちが癒されていく。
「タケ! 入口まで競走しようぜ!」
「おう!」
そんな少年達の元気な声が聞こえたので、俺は声がした方に反射的に振り向く。そこには小学校中学年くらいの男の子が2人並んで立っている。
「よーい、ドン!」
2人の男の子は公園の入口に向かって走っていく。彼らの背中を見た瞬間、昔、あおいとこの公園で走ったときのことを思い出す。
『りょうがくん! はしろう!』
『こんかいもわたしのかち!』
一度も勝てなかったから、走っているときはいつもあおいの背中が見えて。ゴールすると、決まって「勝った!」って喜ぶあおいの笑顔を見て。それでも、あおいと走るのはとても楽しかったな。
あおいが10年ぶりに調津に帰ってきた。この公園はこうして今でも残っている。それでも、あのときのように、あおいと走ることはもう二度と――。
「タケ速いな! いつの間に速くなったんだ?」
「サッカーの練習をいっぱいしてるからだよ」
気付けば、男の子達のレースは終わっていた。どうやら、タケと呼ばれている男の子が勝ったらしい。ただ、2人とも楽しそうにしている。いいことだ。
入口の方を見続けていると、男の子達の近くにトートバッグを持った亜麻色の髪の女性が立っていた。デニムパンツに襟付きのブラウスというシンプルな服装だけど、結構な存在感がある。それに、あのスタイルの良さとセミロングの髪。……まさか。
俺の視線に気付いたのだろうか。入口近くに立っていた女性がこちらに向かって歩いてくる。
「やあやあやあ。涼我君達じゃないか」
亜麻色の髪の女性……佐藤先生はそう言うと、俺達に手を振ってくるのであった。




