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 数日後、佐田先生のレポートをやっと出して修羅場から解放された俺は、再びラウンジのオカサーの場所へとやって来ていた。


「しのくん、レポートはバッチリか?」

「はい。お陰様で」


 俺を待ち受けていたように、渡井はクッキーの小袋を放り投げてきた。慌てて受け取った中身は無事だ。


「あの……それで」

「わかってるよ。手紙のことだろ」


 そう。俺はあの後の話が気になって仕方がなかったのだ。


「渡井先輩は、変な視線は感じてないんですよね?」

「おー平気平気。俺、ああいうの全然効かないんだよね」


 それは図太くて気付いていないだけではないのかと思ったが、とにかく残りは莉奈だけだ。


「英に聞いたが、莉奈って子は……」


 そう言ったところで、渡井はキョトンとした顔をした。何事かとその視線を追って振り向くと、二人の女の子が歩いてくる。

 少し前を歩くのは、明るい茶髪にバッチリ化粧をした垢抜けた女の子。その隣にいるのは、相変わらずのおさげを揺らす安藤だった。


「あの、渡井先輩と、東雲さんですよね?」

「ああ」

「英先輩はいないのですか?」

「あいつは今日は来ないな」


 少し落ち込んだようだったが、その女の子は畏まって頭を下げてきた。


「ど、どうしたんですか? 安藤さん、これは……」


 こんなことをされる謂れはなく、安藤に理由を聞こうとしたが、なんと安藤も頭を下げてきた。


「まあまあ頭上げて。じゃないとぶつかっちゃうぞ」


 そう言って、渡井はまたクッキーを二人に投げる。頭を上げたところにクッキーが降ってきて、二人は驚いてナイスキャッチしていた。渡井の狙いがうまいのかもしれない。


「あの、里佳子に聞きました。……御三方が、私を助けてくれたそうで」


 彼女が莉奈だろうか。派手な外見に似合わず、と言ったら失礼だろうが、とても丁寧な言葉で話してくる子である。


「そんな、気にしないでください」


 俺も思わず敬語になる。


「そうそう、いーのいーの。知っての通り、俺はこういうのが好きだから思いっきり首を突っ込んだってだけ」

「そんな……真剣に取り合ってくれただけで嬉しかったんです。私からも、本当にありがとうございました」


 安藤は、また頭を下げた。


「いえいえ。……それより、莉奈ちゃん?」

「は、はい」

「君、彼氏やお兄ちゃんにあれを見せてから、また自分で読んだんだね」

「はい……迷惑かけるわけにもいかなくて……」

「それから誰にも見せなかったんだ?」

「……呪いなんて眉唾だと思ってたのに、あんなことになって……私だけならともかく、周りの人まであんな目に合わせるわけにもいかないじゃないですか」

「莉奈……私は良かったのに……」


 渡井は、最高に楽しそうに笑った。


「君は強い子だ。でも、あんまり抱え込んじゃダメだぞ? お互いのためにもな」




 ひらりと手を振って二人を見送った渡井に、俺は気になっていたことを聞いた。


「あの、英先輩と渡井先輩は一体……?」

「腐れ縁の幼馴染だ。だから、俺はしのくんが知らない英を知ってる。……それだけだ」

「……なんでその割には大学じゃほぼ関わらないんですか?」

「別に仲悪いわけでも隠してるわけでもないぞ」


 ただ……と少しばかり疲れた顔で、渡井は宙を見る。


「あいつと一緒にいると、まあ囲まれるわ遠巻きに観察されるわ写真撮られるわ……しのくんやお雛ちゃん引き摺り込んで正解だった」


 バッチリ実害が出ていたようだ。そんな二人に挟まれたくはないが、流石に俺は可哀想になって、雛菊にやられたようにその肩をぽんぽんと叩いた。


「それで、英先輩は今どこに?」

「仲直りしに行った。謝罪のメールが届いたんだって」

「それって……」

「あの内藤って男だ」


 あの、ひょろりとした男か。英に手紙を渡したという。


「やつれてたのは、多分見られてたからだけじゃない。あれからずっと精神的に参ってたんだろう。だから呼び出しにも普通に応じてきた」

「参ってたって、何にですか?」


 ちら、と渡井は俺を見た。少し、探られたような気がした。


「自分が友達にしたことにな」

「……」

「土清瀬も、内藤も、あの手紙を渡したやつを『知り合い』『友達じゃない』とか言ってただろ? ――しのくん。こういう話で一番怖いこと、わかったか?」

「……自分から、人間関係を壊してしまうこと」


 でも、と俺は頭を振る。

 食が細くなるくらい参っていたのだ。内藤はそれをきっと後悔している。信頼関係は容易くは戻らないだろうが、これから少しでも上手く行くのを願うばかりだ。


「本当にな」


 渡井はふっと笑みを浮かべた。いつもの人懐こいものではない、穏やかな笑み。


「でもまあ、恐ろしい呪いだよな。怖い。苦しい。早く助かりたい。そんな時、家族や友人なんかの隣人(近しい他人)に対して、ちょっとした僻み、妬みなんかの感情が湧き上がることがあれば、人はコロリと悪意に揺らいでしまうもんだ」

「それで、渡してしまうんですね」

「ああ。罪の意識を和らげるためにも、()()()()()()()を無意識に探してしまった」


 『魔がさした』というのも同じことだろう。


「隣人でなくとも、知らない人だから良いって言うのもそうだな。……そうやって小さな悪意を積み上げることで、次へ次へと広まっていく。それこそが、この呪いの本質だ」

「でも結局、あの手紙については視線のせいで……ってあれ?」


 俺はふと、おかしなことに気付いた。


「あの視線がメモによる暗示なら、メモがなくなった時点で呪いはなくなるんじゃ……」


 メモの存在を知らなかった莉奈が、視線を感じるはずはない、のに……俺は血の気が引くのを感じた。

 だが、そんな俺に渡井はなんてことないように言ってのけた。


「視線の正体自体は河瀬だぞ」

「ええ!?」


 ――河瀬、ということは幽霊かよ!?


 俺は信じたくなかった。臆病とでもなんでも言うが良い。信じたくないものは信じたくない。

 渡井はオカルトにハマってはいるが、噂とは違って割と現実的に呪いの正体を探っていたと思ったのに。


「河瀬は、お雛ちゃんにだけ手紙の返事を見て欲しかったんだ。だから、必死に訴えかけてた。喋れないから視線でな」

「そんなまさか……」

「まあ信じなくてもいいけど」

「……その、視線の正体については英先輩には言わない方がいいですよ」


 俺はおずおずと言った。


「なんでよ」

「オカルトにハマる人が嫌いなんだそうです」


 そう言うと、渡井は面食らったような顔をした。


「いや『河瀬が視線の正体だ』って言ったのは英だぞ?」

「……えっ?」


 どういうことだ。


()()()()()()()()()んだよ。疑うなら直接聞いてみろ。ほら、連絡先教えてやるから」

「えっ……えっ!?」


 呆然とするうちに、俺は二人の連絡先をゲットしていた。

 俺はそれから、事あるごとに二人を質問責めにしては世話を焼かれ、たまに焼き返し、笑われることになる。




「あーそうそう、あの手紙だが、面白いことがわかってな」


 何だろうか。目で続きを促すと実に楽しげに言った。


「内藤も、さっきの莉奈ちゃんも、そしてミホって子も、手紙は1枚しか入ってなかったと言ってたんだよ」

「1枚? それは……」

「まあ見て欲しくなかったんだろう。あるいは――」


 ――彼はやっと返事を書き上げたのだろう。

ありがとうございました

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