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 図書館はラウンジの上の階にあった。図書室と呼ぶべきなのだろうが、俺は図書館と呼びたい。

 まあとにかく蔵書量が多いのだ。しかもその上の階も同じレイアウトで同じくらいの蔵書量だと言うのだから、そこらの図書館より余程本が多い。

 そこは最近改装されたのか、うちの大学の図書館とは比べ物にならないくらい綺麗で、新しい棚に似合わぬ古本の匂いが漂っていた。


 ――とてもではないが、薄い小さな手紙は探せそうにはない。


「結局、手紙は捨てられたんだろう? なら戻ってくる訳がないだろうに」


 雛菊は呆れてベンチに腰掛けている。その視線の先で、渡井は適当な本棚の本を少しだけ引き出しては戻すという作業を続けていた。


「いや、まだ莉奈って子の監視は続いてるんだろう? 英」

「ああ。まだ大学にも来れてない」

「まだゴミ処理されてないってだけで、そのうち消えるだろ」


 英はどこかぼんやりしていて、渡井のいる隣の本棚で、無意味に背表紙を撫でている。

 そんな姿も様になるものだ、と感心していたら渡井に呼ばれてしまった。


「しのくんはあっちからね」

「……はーい」


 内心では見つかるわけないだろうと思っていたのだが、俺に逆らうことなどできない。

 一冊一冊、引き出しては戻す。単純作業だがなんとなく夢中になり、黙ってしばらく機械のように動き続けた。


「……あ」


 他人の消えた静かな図書館に響いたその小さな声に、集中力が切れてきた俺はちらりと目を向ける。


 声の主は、英だ。

 そしてその視線の先を見ようと本棚から顔を出すと――


「……」


 雑誌コーナーに手を伸ばして固まる雛菊の姿があった。その目は大きく開かれ、唇は何かつぶやくように蠢く。

 まさか、という思いで俺は駆け寄った。


「……雛菊さん?」


 俺の声にハッとした雛菊は、表紙をデカデカと猿の写真で飾る雑誌の、その前に主張するように置いてあったそれを取り上げた。

 黄ばんだ、寄れた紙。差出人も何もない、ただの便箋だった。メモらしき紙はない。


「この、便箋は……?」

「お雛ちゃん、それは?」


 渡井が小さく聞いた。雛菊は小さく震えてそれを開くこともせず凝視していた。


「ここに、あった」


 ――嘘だろう……?


 俺には信じられなかった。

 その特徴は、人伝に聞いた呪いの手紙そのものだった。

 震える手ではなかなか開けられない。英が代わりにその便箋から手紙を抜き取った。


「……2枚あるよ」

「2枚だと?」


 2枚もあったなんて、誰にも聞いていない。渡井も俺も、怪訝な顔で近付いた。

 2枚とも、同じように丁寧に二つ折りにされている。片方は綺麗だが、もう片方には折れ目もいくつかついていた。

 メモ、だろうか? それにしては話に聞いてたよりも大きい。


「ああ……でも、まあ当たり前なのか」


 渡井は腕を組んだ。


「患者さん、手紙を受け取った便箋に返事も入れてるんだから、そりゃあ2枚入ってないとおかしいな」

「でも、受け取った人たちはそんなこと誰も何も言わなかったじゃないですか」

「そもそも何枚入ってたかなんて誰も聞いちゃいないがな。確かに2枚目のことは誰の意識にも入ってなかった」


 そう言って、渡井は首を傾げて両手を上げた。降参らしい。


「どっちにしろ、これ開けるわけにはいかないだろ。……透かすくらいならいけるか?」

「……お雛ちゃんに、お願いするよ」

「え……」


 驚いたのは雛菊だ。酷く不安げな顔で手紙を見ている。英はそのうち、折り目のついた方を雛菊に渡した。


「これ」

「……わかった」


 雛菊は、不思議と覚悟したような……絶望したような顔をしていた。

 そして、やはり震える手で、蛍光灯に向けてそっと手紙を広げる。俺にはよく見えないが、その指にはぐっと紙に皺がつきそうなくらい力が入っているのがわかった。

 しばらくして、雛菊の手がだらりと下がる。血の気のなくなった指先は、それでも手紙を離さなかった。


「……英、気付いてたのか?」

「……ただの、勘だよ」


 雛菊の声は掠れている。

 どういうことなのか、全くわからない。雛菊は何かを知っているのだろうか。英は何に気が付いたのか――。


「……こんな、どこにでもある地味な便箋なのに、不思議と見覚えがあった」

「それだけ特別な思い入れがあったってことだから、別におかしくないよ」

「……そうでなければ良いと思ってた。でも……これは……私のだ」


 俺は頭が真っ白になった。雛菊が、手紙を書いたというのか。

 だが、渡井は合点がいったらしい。


「ああ、お雛ちゃんそういえば中学までは福岡にいたんだってな。そして、この大学に来た。だから手紙はここに現れたのか」

「……こっちに引っ越したから、その人は手紙を返せなかったんだね」

「河瀬とは、小学校から一緒だった。でも、中学じゃ大した関わりなんてなかったし、叶いっこないって思ってた。……でも、急に引っ越すことになって、最後に伝えるだけ伝えたかった。新しい住所もまだわからなかったし、私にとっては、それが別れのつもりだった」


 英の手にある返事は、見た目にはただの二つ折りの紙だ。

 それを見て、雛菊はぐっと唇を噛む。

 英は、すっと上を見た。


「河瀬さん、ずっとお雛様を探してたんだね。でも、会う前に死んでしまった」

「……そんなこと、ぜんぜん……死んだなんて」

「それでもどうにかお雛様の気配を探してここに辿り着いたけど、見知らぬ人に拾われてしまったんだね」


 英は、雛菊の前に手を差し出す。雛菊はあっさりとその手から手紙を離し、英は渡井にそれを渡した。

 代わりに、返事は雛菊の手に渡る。


「……良いんだな」

「ああ。お前なら大丈夫だろ。……やっと望み通りの人の手元に戻れるんだ。その前にかけられた呪いはちゃんと()()()()()ね」


 すっと、自然な動作で渡井は紙を開いた。俺は驚いてその顔を凝視するしかなかった。


 静かな部屋に、啜り泣きだけが響く。

 そして顔を上げた渡井は、俺に向かって笑った。


「なんてことない、ただのラブレターだよ。全く、デバガメなんてするもんじゃないな」

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