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「私、付属の大学病院で看護師をしている櫻井と申します」

「あ、どうもご丁寧に……」


 彼女は、ずっと声をかけようかと迷っていたらしい。そのうちにゲームを始めてしまい、タイミングを見計らっていたようだ。

 簡単に自己紹介をすると、オカルトという言葉に櫻井は少し反応した。


「職業柄、こう言った話はあまりできないのですが……私の担当患者の()()に関わるので放っておけなくて」


 そう前置きして、櫻井は語り出した。


 数年前、とある男が手術のために入院してきた。中学生の頃に血液の病気が発覚し、まだ軽い症状だったため経過観察していたのだが、高校生になり容体が急変した。

 急遽、骨髄移植が必要になった彼だったが、運良くドナーが見つかり、故郷から遠く離れた、櫻井のいる附属病院に入院を余儀なくされたのだという。


「その彼が、手術ギリギリまで持ち込んでずっと大事にしていた手紙がありました。少し黄ばんで、折り目もついてしまって……聞いてみたら、何年も前に好きな女の子に貰ったけど、返事を返す前にいなくなってしまったと言うのです」


 それでも、余程嬉しく、元気付けられるものだったのか、彼は手紙を離さなかったという。


 ――切ない。


「でも、ある日嬉しそうに言ったんです。『あの子がいた』って。病院かどこかで見かけたらしく、返事を渡さなければと……手術後、元気になれば渡しに()()()


 不穏な語尾に、俺はおずおずと口を開く。


「あの、手術は……」

「……それ自体は成功しましたが、しばらくして拒絶反応が出てしまい……」


 ひゅ……と息吸う音が聞こえた。俺かもしれない。


「……彼は去年亡くなりました。でもおかしなことに、最期まで握りしめていた手紙が葬儀の前に失くなってしまったんです」


 賑やかなはずのラウンジは、重く静かになっていた。

 窓の外が暗くなりつつあったのもあるだろう。


「何故、それがこの手紙のことだと?」


 渡井の声は決して大きなものではなかったが、嫌に響いてはっきりと聞こえてきた。


「……自分でもおかしな話だと思うのですが、私、ここで一度その手紙を見たんです」


 図書館で調べ物をしていた時、書架の中に紛れて、見覚えのある黄ばんだ色の便箋があったのだという。だが、本棚の下に滑り込むように落としてしまい、それからいくら探しても見つからなかったのだと櫻井は語った。


「あなた方が手紙の話をしているのを聞いて、もしかしたらやっぱりここに手紙があったのではないかと……それが誰かに拾われてしまったのではないかと思ったんです」

「その、患者の名前は?」

「……申し訳ございません。既にかなり話すべきではないことを話しております。ここから先はまた患者の、いえ故人のプライバシーに関わることになりますので……ご容赦ください」


 櫻井は申し訳なさそうに、それでもはっきりと言った。


「それでも……想い人がわからない現状、手紙はあくまで故人のものです。遺族の方に渡しますので、見つかりましたら附属病院に届けていただければと思います」





 ぼんやりと、僕らはそれぞれの頭の中でこの話に折り合いをつけていた。


「患者の意思……どちらかというと『()()』なんだろうな」

「そうだね。……せめて、書き手には何か知らせたいところではあるけど」

「受け取り手のその患者のことも知らないのにか……」


 難しい顔をした渡井は、雛菊を見る。


「お雛ちゃんならあの話から調べられそうだけど……」

「……絶対やらんぞ」

「だよな」


 勝手に患者のことを調べれば、雛菊が咎められる。医者への道が絶たれる可能性だってあった。


「結局、これまで通り手紙の入手先を辿っていくしかないかもね」

「んー……」


 英も渡井も雛菊も渋い顔だ。俺も多分そうだろう。

 ミホの白衣に入れられたり、土清瀬の鞄に入れられたり、と無差別に手紙が移動していては追うのも一苦労だ。

 俺はため息混じりについ愚痴ってしまった。


「全く、そもそもなんでこんな呪い騒ぎになってしまったんでしょうね」

「本当にな。患者の恋文を、呪いなんて形で医者の卵が広めるとは……正直あの気取ったメモも腹が立つ」


 雛菊の言葉はもっともだ。あの話を聞いた今考えると、ふざけすぎだ。

 俺もムカムカしていた。


 『隣人に――』なんて曖昧な書き方では、ミホのようにパニックになったり長く苦しむ人もいただろう。それを狙ってあんなものを書いたのだろうか。

 ミホはそれで解説を書き入れた。……次の誰かがすぐに助かるように。

 あれは彼女なりの懺悔だったのだと俺は思う。それも、まだ監視の目が消えないという莉奈の元へ届いた時にはすでに消えてしまっていたようだが。


「あーあのメモなあ……」


 渡井は頬杖をついて、おかわりしてきた激甘ココアを飲んだ。


「最初は呪いのつもりなんてなかったんじゃないか? 古そうな手紙拾ったし、ちょっと怖がらせてやろうと思ったんだろう」

「人の純情をお遊びで踏み躙っただと?」


 雛菊は拳を握っている。


「その遊びに怯えて振り回された奴が多かったから、こんな呪い騒ぎになったんだろうな」

「ではやはり……これは暗示か?」


 渡井は頷いた。


「それが一番近いのかもな」

「暗示で視線を感じるなんてあるんですか?」


 俺にはいまいち信じられない。気のせいではないのか。


「気のせいであってるだろうな。君はプラシーボ効果を聞いたことあるか?」


 雛菊の言葉に頷く。

 これは頭痛薬だ、と思い込めばビタミン剤でも本当に頭痛が治るということだろう。


「それと同じだ。変なことが起こる、と言われたら些細なことでも気になるようになるんだろう。私は心理学を専攻しているわけではないからそれ以上はわからんが……酷くなると、精神疾患症状の幻聴や幻覚に近いものではないかと思う」

「そのせいで『呪いの手紙』として広まった、ということですか」


 呪いの手紙、というより呪われた手紙だ。


「だが、何故そもそも手紙が移動したんだ? まさかそれも悪戯なのか?」


 雛菊は釈然としないらしい。

 それもそうだろう。患者の私物を施設関係者が拾って面白がって回したなら、それは病院としても大学としても大問題だ。


「悪戯か、それとも……」

「――手紙の相手を探してる」


 ふと、そこまで黙ったままの英が俯いたままそう言った。


「なんだ英、お前何かみえたのか?」

「いや……まあ、手紙の相手はわからないけど。その人はこの大学にいるのかも」


 少し驚いたような渡井に対して、英の返答は歯切れが悪い。俺と雛菊は謎の会話に目を見合わせた。


「まあ確かに、あそこは大学のすぐ近くだし、実習関係で一部の学生も病院に行くことはあるが……まさか、手紙がその相手を探すと? 本気か?」


 渡井はなんてことないように雛菊を見た。


「まあまあ。確認してみようや。本当に手紙が探してるなら、人の手を離れてここにまた戻ってくる可能性だってある。今日ももう終わることだし、最後にその図書館を覗いてみようじゃないか」

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