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 英には安藤から定期連絡が来ている。

 見せてもらったのだが、毎日短く『変化ありません』とだけ。そこには何の感情も籠もっていなかった。感情を押し殺しているのかもしれない。

 俺はここのところずっと気もそぞろで、講義にも課題にもいまいち集中できていなかった。


 だから雛菊に呼ばれるや否や、恐れ多くも先輩二人を引き摺って足早に医科歯科大のラウンジに移動していた。


「ぐう……」

「ふはは。チャンピオンの座は貰った!」


 だが当の先輩たちはと言えば、焦っても仕方なし……と雛菊が戻って来るまでまた偉く真剣にゲームをしていた。

 俺が他人のフリをしていた激闘の三回戦の後、二人の後ろにヌッと人影が現れる。


「……何してるんだお前らは」

「真剣勝負だよ、お雛ちゃん」


 呆れたような雛菊の、その後ろからひょっこりと可愛らしい女の子が現れて俺はギョッとした。


「え! 雛菊、あんたこんなイケメンたち連れてきてどうしたの? 合コン?」


 目の色がこんなにも勢いよく変わるのを人生で初めて見た。

 彼女はいそいそと、空いていた二つの椅子の一つに座り、肘をついて身を乗り出す。

 白を基調とした、いわゆる清楚系と呼ばれるような格好に見えたが、どうも胸が強調されるような姿勢だ。

 顔をマジマジと見るのも気が引けて、目のやり場に困って仕方なく先輩たちのご尊顔に目をやると、二人は揃って笑顔になっていた。

 先ほどまでの悔しげな様子を微塵も感じさせない英が口火を切る。


「こんにちは。名前を聞いても良いかな?」

「勿論いいよー。あたしミホ。()()は?」

「僕は英」

「俺、渡井。よろしく」


 そして自然にスルーされた俺は無言だ。

 ふと肩を叩かれ後ろを見ると、雛菊が気にするなと目で語りかけてくれた。

 もう慣れたから大丈夫だった。別に強がりなんかではない。


「二人はどこ大? ここじゃないよね」

「そう。他所からちょっと調べ物しに来てるんだよ」

「調べ物? あたしも手伝うよ!」

「心強いね。ありがとう」


 ミホはにっこにこだ。そりゃあ二人もいるイケメンを逃す手はないだろう。

 心なしか、優しげな王子顔の方により秋波を送っている気がする。視線を受けてか、英がまた口を開いた。


「それじゃあ、早速聞きたいことがあるんだけど……僕ら、手紙を拾ったんだよね」

「手紙?」

「そう。誰が書いたのかわからないんだけど、多分ここの人じゃないかと思って」

「どんなの?」

「それが、読んだら変なことが起こるって書いたメモがあったんだよね。だから、中身も見てないし、どうすればいいか迷ってここまで来たんだよ」


 こてん、と首を傾げる英はかなりあざとい。心底不思議そうな顔には一切の邪気が感じられない。

 対するミホは、少し笑顔が固まった。


「……なんでこの大学だって思ったの?」

「お雛ちゃんに、ここで呪いの手紙が流行ってるって聞いてな。それで、実際に手紙を知ってる人がいないか探してるんだが」


 渡井が「知らない?」とこちらも首を傾げて聞く。ミホは一瞬迷ったように目を泳がせた。


「あたし知ってるよ。……友達が受け取ったって言ってた。ちょっと話聞いてこよっか?」

「その友達の名前、教えてくれないか?」

「あたしが仲介するよ。連絡先教えてくれる?」


 そう言って、彼女はスマホを取り出す。

 どうするのか、と俺はハラハラして二人を見ていた。

 肉食系の女子に連絡先を渡すなんて、この先が大変そうだ。


「本当のこと教えてくれたら考えたのにね」

「そうだな」


 だが、顔を見合わせた二人は、笑顔のままそんなことを言い放った。ミホはキョトンとしている。


「どういう、こと?」

「君の前にも何人かに話を聞いててね」


 英の笑みが深くなる。その裏で何考えてるのかはわからない。

 この男は、王子は王子でも魔界の王子だろう。次期魔王だ。


「え……それって、まさか……」

「その手紙を他人の鞄に入れたのを見た人がいたんだ。"偶然"ってやつだな」

「まさか、全然接点のない土清瀬くんに呪いの手紙を渡してたとは思わなかったみたいだけど」


 ミホはみるみる内に青くなって下を向く。

 英は覗き込むようにその顔を伺った。


「本当のこと、話してくれる?」


 ミホは助けを求めるように視線を動かすも、渡井も雛菊も、そして俺も、話せることは何もない。


「……あれ、実習室のあたしの白衣に入ってたの」


 観念したように嘆息するミホに、二人は黙って先を促す。


「あんな変なメモ信じてなかった。でもほんとに視線感じるようになって……気のせいだと思い込もうとしたけど無理だった。うち、隣は空き家だから誰もいないし、もうどうすればいいかわかんなくなって……」


 『隣人に』――文字通り隣人に渡そうとしたのか。

 声は徐々に震えだす。


「何であたしがこんな目にって思ってたら、不審に思ったのか、兄貴が部屋入って、あれに気付いちゃってさ……あたしは解放された」


 それでメモの意味に気付いた彼女は、急ぎあの一文を書き入れて家を出たそうだ。


「図書館で適当な鞄に突っ込んだんだ。そしたら、土清瀬のだった」


 それで、彼女は土清瀬の様子をしばらく見ていたらしい。しばらくして、内藤の様子がおかしくなって手紙を見たことに気付いたのだという。


「あいつ、しばらくしたら大学にも来なくなってさ。マジで馬鹿じゃねえの……ほんと……早く渡せばよかったのに」

「内藤くんがまた大学に来て、ホッとしたんだね」


 ふいとそっぽを向いて、しばらく彼女は黙っていたが、やがてぽつりと「うん」と言った。




 すっかり笑顔の消えた彼女が連絡先を聞かずにいなくなり、二人の顔からも笑顔が消えた。真顔だ。作り笑いは慣れているが、疲れるらしい。


「お疲れ様です……」


 モテるのも考えものだと思い、俺はジュースを奢った。渡井なんて一息で飲み干した。


「……この話の、一番怖いことって何だと思う? しのくん」

「……」


 英と同じような唐突な問いに、俺は答えられなかった。


 偶然手紙を入れた光景を見た人物なんて、本当はいない。全て彼女がつるんでいた"友達"に聞いた話だったのだ。


 ――二ヶ月ほど前、手紙を受け取った後の土清瀬をチラチラと見ている女子集団がいた。


 その情報を掴んだ雛菊は、彼女たちに近付いた。

 白衣に入っていた変な手紙のことを、ミホは友人達に話していたのだ。

 雛菊にイケメンとのお話会をセッティングされた彼女たちは皆、渡井と英相手に包み隠さず話したのだ。


 ――ミホに興味を示した二人に対して、彼女の悪口を添えて。


 ちなみに、俺はもちろんそこらの柱の一つとしてそれを全て聞いていた。


「ちょっと、また気分転換するぞ」

「……ほどほどにしてくださいね」

「おい、私もまぜろ」


 ……薄々気付いてはいたが、この三人は程度というものを知らないらしい。彼らの揃っていた高校は大変なことになっていたに違いない。

 俺はひとり、違う場所に行こうかと悩んだ。




「あの……」


 まさかの三人対戦が終わり、全力のリアクションで勝敗を告げるヤバい彼らをさておき、俺に対して控えめに声をかけてきた人がいた。

 髪を一つに結わえた、黒髪の女性だ。


「すみません、さっきの話が聞こえてしまったんですけど……」

「あ、すみません。声が大きかったですね」


 俺は謝って、傍の三人を睨む。特に悪びれた様子はないが、雛菊だけはちょっと苦い顔をした。


「ああ、いやそうじゃないんです」

「え?」

「私……さっき話してた手紙が、どこから流れてきたか多分知ってます」


 思わぬ情報が、自ら舞い込んできた。

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