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 翌日の午後。

 講義が終わって外へ出ると、明るい世界で眩しい二人が待っていた。俺と同じように出てくる女の子たちがチラチラと視線を向けているが、二人に声をかけられる猛者はいない。

 それもそのはず、ベンチの端と端に座り、二人して真剣にスマホに向かって沈黙しているのだ。そこには、なんとも声をかけにくい緊張感があった。

 かくいう俺も、最大限の勇気を振り絞って口を開いた……のだが。


「だーっ! 負けた!」

「……は?」


 突然渡井が悔しげな奇声をあげたせいで、とても気の抜けた声が漏れただけだった。


「ふん。まだまだ修行が足りないね」


 英は何てことないとばかりに言ってのけるが、その顔は得意げだ。


「ち、ちょっと失礼……」


 渡井のスマホを覗いてみると、そこには……対戦パズルゲーの激戦の記録があった。


「あんたら何二人して遊んでんの!?」

「遊んでねえよ、しのくん! こちとら真剣勝負なんだ! もう一回だ! チャンピオン英!」

「残念だけど時間切れだよ。チャレンジャー渡井くん」


 ――あれ? もしかしてこいつら、実は仲良い?


 そう思ったのはこれが最初だった。

 勝者の余裕を携えた英に従い、敗者渡井と従者俺が向かったのは、都会の真ん中に建つ、縦にやたら長い建物だった。


「さすがマンモス大学だよな。こんな一等地によく大学なんて作れたもんだ」


 これでも都会を中心に設立された坂口総合大学のキャンパスの一つに過ぎない。

 渡井と、そして俺もまるでお上りさんの如く上を見上げては感嘆していた。唯一、動じないのは英くらいのものだ。家が近所らしく、見慣れているのだとか。


「ラウンジに行こうか」


 大学というよりビルと呼ぶにふさわしいその中層に、学生たちの憩いの場所があった。

 流石に衛生面に気を遣っているのか、とても清潔感のある明るいラウンジだ。何人もの人が机に向かって何か書いていたり、デザートを口に入れていた。

 ガラス張りで眺めも良く、渡井のテンションは悪戯に上がっていく。


「おい、英ん家どこ? あそこ? きゃっ覗き放題じゃん!」

「馬鹿は放っといて、あっち行こうか」

「そうですね」


 一緒にいるのが恥ずかしいレベルの騒ぎ方である。俺と英は少し離れたテーブル席に向かう。


「あそこに座ってる男だよ。……ちょっと僕は他の友達のとこ行ってくるから」

「ふぇ? え、ちょっとぉ!?」


 俺が止める間もなく、英はスタコラと、エレベーターの方に戻って行く。

 一体、俺が居なかったらどうするつもりだったのか……今から小一時間は問い詰めたいところであったが、テーブル席にポツンと座る姿を見れば腹を括る他ない。


「あ、あの……英先輩のご友人、ですか?」


 ぱっと振り向いたその人は、オドオドと眼鏡の奥を泳がせて頷いた。

 俺の言えたことではないが、どうも冴えない男だ。顔は俺なんかよりそこそこ整っているのに、顔色が悪くて表情が暗いのだ。

 痩せ型ではないが、やつれたように見えた。シャツがダボついているせいだろう。猫背もあってか、全体的に自信がなさそうだった。


「あの……英君は?」

「すみません、なんかちょっと……他の知り合いに、呼ばれたみたいで……」


 何故、俺が誤魔化してペコペコと謝っているのか……しかし、それを見た相手は、何故だか少しホッとしたように見えた。


「そうか……いや、何で呼ばれたのかずっと気になってて……」

「ああ、ちょっと噂話について聞きたいだけなんです。すみませんけど、良いですか?」


 頷くその男――内藤の前に俺は座った。


「ええっとですね……呪いの手紙についてなんですが」

「え!?」


 内藤は酷く驚き、テーブルに足をぶつけた。俺も驚いたが、とりあえず机の紙コップが揺れるのを抑えた。

 内藤の目はウロウロと落ち着かないままだった。


「す、すみません。こんな話を急に……ただ、手紙の持ち主を探してて、その出所を知りたいだけなんです」

「出所か、それだけか……そうか」


 少しだけ複雑そうに、自分に言い聞かせるように、そうかそうかと頷いた内藤は口を開いた。


「……実習で一緒だった、土清瀬っていうやつとちょくちょく集まって課題をやってたんだけど」


 その土清瀬が、二ヶ月前に突然内藤を図書館に呼んだらしい。


「変なメモと一緒に、手紙を渡されたんだ。それまで、あんな話聞いたこともなかった」

「変なメモ、ですか?」

「確か――」


『この手紙を読んだものを、私はずっと見ている。

 苦しければ隣人に。恐ろしければ一生閉ざせ。

 私はいつでも手紙と共にある。

 これを読んだらすぐ誰かに見せなければならない』


「そのメモが、手紙と一緒に?」

「そうだよ。最後の方は走り書きみたいだった」


 だから、英は安藤にメモのことを聞いたのか。

 だが、安藤はメモのことは一切聞いていないようだった。莉奈が話さなかったのか、あるいは莉奈に届いた時点でメモは失くなっていたのではなかろうか。


「それで、手紙は読んだんですか?」

「読んだよ。読んだとも……お陰で痩せられたよ」


 内藤は皮肉げに笑った。やはり監視の被害にあったらしい。精神的に追い詰められたようだ。


「ちなみに、どんな内容だったんですか?」

「手紙か? それとも、読んだ後のことか?」

「ええと、どっちもで」

「手紙は……当たり障りのない恋文って感じだったな。好きです、とか。正直、何故男の俺にこんなものをと思ったし、気持ち悪かったよ」


 手紙の内容は、莉奈が読んだものと同じらしい。これらは同一のものと見て間違い無いだろう。


「その後からずっと誰かが見てるんだ」

「途切れることなく、ずっと?」

「もうずっとずっと……大したことないって思うだろ?」


 聞かれて、俺は反射的に頷きかけてしまった。


「そんなもんだよ。俺もそうだった。ただ見られてるだけなのにこんなに精神的にクルんだって、初めて分かったよ。不気味で、煩わしくて……すごいストレスだった。食欲も失せたし、眠れないし、布団から出るのも怖くなった」

「それは、いつまで……」

「二週間かな。……我ながら良く保ったものだと思うけど、こんなこと言える相手が……メモの通りに次に手紙を渡せる人がいなかったからね」

「え、でも英先輩には話したんですよね?」


 でなければ英はそれを知らないし、内藤を紹介もしないだろう。


「……そうだね。たまたまあいつに出くわした時に言って……渡したんだ」


 俺は目を見開いた。

 英は話を聞いただけではなかったのか。何も言わなかったが、もしや彼は読んだのだろうか。


「それからしばらくして、ある日突然、視線を感じなくなった。それから今日まで何もない」


 そこで、ぱったりと言葉がなくなる。内藤は視線を落として何も言わない。俺は俺で、言葉を探して舌が右往左往していた。


「……英の友達か?」


 その時、何故か足元から声が聞こえた。


「うわあ! 何してるんですか!?」


 いつの間に潜んでいたのか、テーブルの下から目元までぬっと出てきた渡井は、ギョッとする俺たちに……内藤に再び聞く。


「お前は、英と友達じゃないのか?」

「……」


 内藤は答えない。目はまたウロウロと彷徨い、口を開いては閉じてを繰り返している。


「答えられないか?」


 今は関係ないだろう。それに、こちらは話を聞かせてもらっている身なのだ。

 俺は抗議の視線を送った。

 だが、渡井は俺を一瞥もしないで、内藤の目を見つめていた。


「友達……じゃ、ないだろうね」


 そう言って、彼は逃げるように立ち上がって小走りで行ってしまった。


「……渡井先輩」

「……」


 渡井は、何も言わずにテーブルから這い出てきた。パンパンとズボンの埃を払って、立ち上がる。


「英のところに行くぞ」

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