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大物

使用人達は玄関口からずらりと並び主人を出迎えた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 下働きの子供から家令まで、主人の帰還時には屋敷内で働いているすべての使用人が集まる事になっている。屋敷の主人はさっさと歩きながらも、一人ずつ髪艶や肌の状態を目視し使用人の健康状態を確認していく。全ての使用人の近況は事前に把握してあるのでこの確認は念のための最終チェックだ。主人の左


右には秘書のシュンメイが家令のラデクに午後からの予定を確認している。


「ラデク、今日いらっしゃるのは商業ギルド、土倉(金貸し)ギルド、土木ギルドの連盟長で変わりないですね。」

「商業ギルド連盟の連盟長様は十三時、土倉ギルド連盟の連盟長は十五時。土木ギルド連盟の連盟長とは十八時半から、ラ・パルティ―で会食となっております。商業ギルドの連盟長様には在の国産の白茶、土倉ギルド連盟の連盟長にはマーイルマン産のキールト珈琲を用意しております。味見されますか?」


帰宅する時、いつもなら食事よりも湯あみを優先する。しかし今朝は抜き打ちでテルマエに視察に行った。なので今日は湯あみよりも食事が優先だ。予定よりも早く到着したので、たまたまテルマエに立ち寄る時間があったのだが家令にはしっかりと伝わっていたらしい。


「ん、キールト珈琲を味見するよ、テラスで貰おう。それとラ・パルティ―へ行く前にイレネオの顔を少し見に行こうかな。」

「承知しました。外働きの者たちに声をかけております。司祭長のイレネオ様には夕刻にお伺いする旨伝えておきます。」


家令のラデクは後ろに控えていた補佐と従者の少年にアイコンタクトを送る。主人は踊り階段をのぼりきると執務室に向かう前にふりかえり、使用人たち全員の顔を見てにニコリとわらった。


「整えられている家は気持ちがいいな、いつもありがとう。」


テラスのある執務室へと踵を返す。使用人たちは主人が執務室に入るのを見届けると、胸を張って各自の持ち場へと散っていった。


 屋敷の前庭が見下ろせるテラス席で、キールト珈琲と軽食のサンドイッチを味わいながら外働きの使用人たちの顔を眺める。すると家令のラデクが小箱を持ってきた。差し出されたビロード貼りの小箱の中には、大粒の青紫色の宝石が一つ。その一粒を掴み、よく晴れた空にかざす。


「六十年前のものより純度は劣るが彩度は高いな。」


 深海を思わせる青色は陽光を受け、その中に無限の紫色の虹彩を放っている。“竜の涙”が市場に出回ったのは六十数年ぶりだ。採集したのはあの無気力な女好きだというではないか。


(どうしちゃったんだいノシク)


楽しい予感にくすりと笑うと、後ろに控えていた秘書のシュンメイに声をかけた。


「シュンメイ。」

「はっ」

「お使いを頼んでいいかな?」

「手配します。」


キールト珈琲はマーイルマンで呑んだ時よりも酸味と香りが増していた。土倉ギルド連盟の青二才にはこの味はわかるまい。愉快な会合になりそうだ。





 戦闘指導の依頼を終えてギルドへ戻ると、階段で今日の仕事を終えたジッロ達と鉢合わせをした。挨拶程度に今日の調子を話しながら階段を上る。ジッロがベルの音を鳴らし扉を開けると、受付に見覚えのある女がいた。こちらを振り返った女は、ここらでは珍しいあっさりとした骨格をしており、切れ長な釣り目の美人だ。白い肌に真っ直ぐな黒髪が艶を増している。


「ん?おっシュンメイさんだ!お久しぶりで~す!」


ジッロ達はめったに会う事のない人物との遭遇に喜び勇んで寄り添っていった。


「去年の春ぶりか?帰ってきてんだな」


特注のジャケットをさらりと着こなしているシュンメイは、ノシク達と目があうと小さく会釈して微笑んだ。


「ジッロさんフランコさん、ロッコさん。いつもありがとうございます」

「いやいや!僕らこそいつもお世話になってます!」


シュンメイの主はジッロ達が常勤している土木工事警備のメイン出資者だ。その他にも城壁周辺の警備や、水道橋の警備等、都市機能にかかせない様々な事業に投資しているルーメンの大物である。


「今日はギルド長と世間話か?」

「もう終わりました。今日はノシクさんのご都合を伺いたくて参りました。」


今着いた所かと思っていたら待たれていたらしい。船着き場の方がいつもより人の出入りが多かったので、もしかしたらと思ってはいたが。


いつもならなんとなく奴が帰ってきたと言う噂が耳に入りこちらから顔を見に行く。そこで適当に情報共有を行うのだが、右腕じきじきのお誘いとは…こりゃ面倒事の予感がするなとノシクは頭をかいた。





(相変わらずでけえ家だ…)


ノシクが通されたのは客間を通り過ぎ竈場を抜け中庭を抜けた先にある別館の一室だ。太陽の帝国や、ダンケルト、北方や東方の国々の名品で絢爛豪華に飾り付けられた母屋とは異なり、別館は緑に包まれ、最低限の家具しかない。しかしさりげなく盗聴防止や認識阻害の最新の魔具が設置されており母屋とは別のコンセプトで仕事をするための空間なのだということが伺える。


「在の国の赤茶でございます。」

「おーあんがとさん」


家令のラデクがお茶を入れてくれる。ノシクが来た時はいつもこのお茶だ。香ばしい香りと渋みがあり旨い。ガラスコップには氷が浮いており、ほてった喉にしみる。しばらく氷を眺めてぼーっとしていると軽い足音がして扉が開き、館の主人である友人とシュンメイが入ってきた。


 煌めくような薄紫色の細い髪、たれ目気味の青玉色の瞳は大きく極上の笑みを浮かべて、腕を広げて駆け寄ってきた。


「ノシク!お待たせ~!!」

「よおユーリ。」


抱き着いてきたこの屋敷の主人であるユーリの背丈はノシクの腰ほどしかない。耳を隠せば美少年にしか見えないこの友人はその実ノシクの倍以上の年である。


「また縮んだんじゃないか?」


柔らかい髪の毛を撫でると、ユーリは笑みを崩さずに返した。


「そういうノシクはイルマに尻蹴られたわりに元気そうだね」


いつも通りの毒矢が胸につきささる。


「…一言とりなしてくれませんかね、ルーメン娼妓ギルドの連盟長殿。」


投資、テルマエ、運送業。様々な事業を営むルーメン一の大商人であるユーリの正体は、娼妓ギルド連盟の連盟長である。自身もその長い半生を性奴隷として過ごしてきた。


「君は出禁だよ。心は売り物じゃないんだからね。」


ユーリは薄く鼻で笑うと正面に腰かけた。すかさず家令のラデクがユーリのグラスにお茶を注ぐ。


「深く反省しております」

「二人ももう興味はないと思うよ。飽きもあったんじゃない?」


頭を下げ反省の色を示すと、ユーリはお茶を味わいながらどうでも良さそうに言う。


「俺飽きられたの?」

「技を磨いて出直しな。」


聞き捨てならない真実に顔をあげると、ニヤリと笑われた。


「傷ついた、深く傷ついたぞ…。」


ユーリに限って全くの出まかせという事はないだろう。どこからどこまで筒抜けなのかは知らないが、ロレッタとリタの二人は俺の技に飽きていただと?ノシクが本気で落ち込んでいる様を、ユーリは冷え冷えとした目で眺めていた。


「最近傭兵業がんばってんだって?丁度いい機会じゃん」

「それとは別の話だから」


はーっとノシクはため息をついた。何がいい機会だ。


「あら?本業を頑張りたくなるようないい娘でも見つかったのかと思って焼いてたんだけど?」

「ありがとよ。」


興味深げな瞳で笑われるが、残念ながら出会ったのは美少女ではなくおっさんである。焼かれるような事は一切ない。ノシクはもう十分にダメージを受けていたので自分から話題を切り上げた。


「で?わざわざシュンメイをよこすってのは仕事があるんだろ?」


ユーリはティーカップをテーブルに置き一息つくと、本題に入った。


「ダンケルト共和国で一年の護衛任務をお願いしたい。できたらパーティーで。」

「護衛?シュンメイと一緒にか?」


ユーリは敵が多い。事業は多岐にわたり成功しているが、娼妓ギルド連盟の連盟長として不法な性奴隷売買の調査を行っており、奴隷を使い殺すような売買で利益を得ている者や、出自にこだわって商売をしたがる事業者からは憎まれている。実際命を狙われることもよくあるため秘書のシュンメイはボディカードも兼ねてるのだ。逆に言うと、しょっちゅう命を狙われてるのに今更シュンメイ以外にも護衛をつけるのかとノシクは聞きたかった。そこでユーリは今回なぜダンケルト共和国に行く事になったのか。また何故一年の予定なのかを説明しはじめた。




 ダンケルト共和国は同じクルヌギアの西側にある都市国家である。高い城壁に囲まれており五十年程前から王政ではなく議会が総督を任命し、議会で政治を行う共和制政治を行っている。ルーメンとは湾を挟んでほぼ向かいに位置しており共に発展してきた。クルヌギアの中でここ百年程都市としての機能をもち機能できている地はダンケルト共和国とルーメン位であろう。


「ダンケルトの娼妓ギルド連盟の設立とギルド連盟長を頼まれた?」


 数年前からダンケルトの娼妓達にルーメンのように娼妓ギルドを設立したいという相談を受けていた。ダンケルトの娼妓たちは数年かけて連携し同時に複数の娼妓ギルドを設立する準備を整えた。何故同時に複数なのかというと、利権争いで事前に潰されるという事がこれまで何度も起きたからだ。そこであえてぎりぎりまでギルド設立は行わず、娼妓ギルド連盟の連盟長に名のしれたユーリに就任してもらい、抑止力にした上でギルド連盟の設立をしたいというわけだ。


「でも名前だけだろ?」


連盟長に就任すると言っても実質動くのはダンケルトならダンケルトの者達である。聞いた話ではダンケルトの娼妓である副連盟長を中心としたしっかりとした組織があるようだ。名前を貸すだけなら契約魔法書類に印を書き、年に数回ある会議に顔を出す位ではないのか。


「僕も名前だけのつもりだったんだけどね。この間僕の代わりに仕事させてた子がちょっと妙な奴に怪我させられてさ。そっちの犯人捜しが本命かな」


ユーリは部下を狙った刺客とその事件について説明した。それは奇妙な事件だった。


「そんなあぶねえ場所に飛び込んで大丈夫なのか?」

「だから有能な護衛が必要なのさ」


こともなげに笑うその顔は挑戦的だ。ラデクが二杯目のお茶を注いでくれた。


「知ってる奴は?」


ノシクがグラスに口をつけて尋ねると、シュンメイが答えた。


「私とユーリ様、ラデク、副連盟長のみです」

「なるほど、機密保持のためにも調査はチームでってことか。」


先ほど聞いた話の内容だと、仕事はユーリの護衛よりも街に潜入しての調査活動の方がメインになるだろう。一人での調査では限界がある、ユーリがパーティーでと言った意味がわかった。


「これパーティーで採ったんでしょ?オルグ地方の魔窟踏破もらしくないよね。」


ユーリがポケットから竜の涙を取り出し下から眺めた。ノシクはそれで探るようにあいつの事を聞いてきたわけだなと納得した。


「パーティーっつうか。向こうの都合にあわせて一緒に動いてるだけだからな。あいつらの都合を聞いてみにゃわからんな」


パーティーを組んだと周りには思われているが、はっきりと組んだ覚えはない。単独で向かうよりは複数で動いた方がいい時に一緒に行ってるだけだ。あいつが魔具を持つなら魔石から手に入れたいというのでオルグ地方で魔窟を散々巡ることになり、ほぼ四ヶ月一緒に行動することになったが。


「どのような方なのですか?」


ノシクが他の傭兵の話をするのは珍しいとラデクが尋ねた。


「テイマーだよ。追跡とか探索系の業務は間違いないだろうな。」

「テイマー?珍しいね。呪術者?」


テイマーはいるにはいるがテイムに適した魔法がないので特別な才能を持ったものや一部の呪術を使うニンフ等しかおらず、クルヌギアでは珍しい。


「いや、違う。変な奴だ。訳ありで正体を隠してるから変な戦い方をする。年のわりに常識もねえ。」

「強いの?」

「強い。」


ノシクは静かに断言した。


「ふーん、強くて訳ありだから君が力を貸してるわけか。」


ユーリは組んだ足にひじを置き、頬杖をつくと喜々としてノシクを見る。


「ますます妬けちゃうね、紹介してよ。」


青玉色の瞳は、蛇の鋭さを感じさせた。


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