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2 怪異の土地・春月

 トンネルを潜ればそこは新緑の地だった。

 春月に到着するなり、パスカルは携帯端末を取り出して協力者に電話をかける。


『パスカルか。その様子だと着いたらしいな』


 パスカルが名乗る前に協力者――神守杏奈は言った。


「ええ。これから春月支部に向かうつもり。オリヴィアがいるけど、私がなんとか間を取り持つから」


『なら安心だ。私は……いや、何でもない』


 杏奈は言葉を止めた。彼女にも思うところはあるようだ。


「あなたも、私のことを頼ってね? 父さんから杏奈を助けるようにも言われているんだから」


 パスカルは言った。


『……これは私とオリヴィアの問題だ。修復不可能な関係になっても、私は受け入れるだけだ』


 と、杏奈。


「言い出したら聞かないからね。とりあえず、詳しくは向こうで聞くよ」


 しばらく会話を交わして電話を切る。


「これから春月支部に行くよ。協力者とのこともあるからね」


 と、パスカル。

 オリヴィアは何か思うようなことがありそうだが。


「わかったよ」


 オリヴィアは感情を噛み殺して言った。


 ――本当のことが何なのか、もうわからない。春月の杏奈のことは嫌いだけど……嫌いだけど……あれ?


 なぜオリヴィアは杏奈を嫌っている?




 一行はコンクリート造りで1階にカフェのある建物――鮮血の夜明団春月支部に到着した。同じ組織でも、壁で囲われたマルクト支部とは違い、町の中に溶け込んでいる。これは、春月の治安が表面上はいいということを意味していた。


 オリヴィアたちを待っていたかのように青年――秋吉杏助が建物から出てきた。そして。


「お待ちしていました、パスカルさん。姉が待っていますよ」


 杏助は言った。


「お出迎えありがとう。春月支部の協力を得られてよかった」


 と、パスカル。


「あまり大声では言えないんですけどね。ある意味鮮血の夜明団の本部には背いているんです」


 杏助は言う。

 一行は建物に入り、パスカルはそこから協力者の待つ部屋へと向かった。


 そこは黒いドアの向こう、モダンな雰囲気の部屋だった。部屋の奥にある椅子には杏奈が座っていた。


「久しぶりだな、パスカル。また会えて何よりだ」


 パスカルが部屋に入ると杏奈は言った。


「私も。積もる話はあるけど、さっそく本題に入ってもいい?」


「構わない。私も雑談は苦手だ」


 杏奈はそう言って紅茶を口に含む。春月の気温も高くなってきたというのに杏奈は熱い紅茶しか飲まない。彼女はそういう人なのだ。


「こちらでも色々と調べてみた。この土地の性質上、得体の知れないものも少なくないからな。そうしたら、当たりを引いてしまったんだよ、記憶を引っ張り出す使い手がね」


 杏奈はファイルを手にとって「当たり」の写真を取り出した。


「神社……と、隠された場所ね。この世のものではないように見えるのは私の気のせい?」


 パスカルは尋ねた。


「そう見えてもおかしくはないな。ここには鳥亡村伝説の残りがある……10年近く見つからなかったというのにな。その家の家主が何かを引き寄せているとの情報があるのだが……」


「引き寄せられた、ねえ」


 パスカルには思い当たる節があった。

 それは春月にやってきた経緯。ターゲットも目的地も春月とは無関係のはずだったが、気がつけば春月に向かっていた。目的地を別の町としても、引き寄せられたかのように。


「何か気になることでも?」


 と、杏奈。


「言わないと駄目かな?」


「任せる。とはいえ、言わなければあんたの得られる情報も得られなくなるかもしれないがな。経験上、手がかりは思いがけないところにある」


 杏奈の言葉を受けてパスカルは口を開く。


「私の目的地、本当は春月ではなかったの。本当はエピックの町に行くはずだったけど、気がつけば春月行きの列車に乗っていたし切符だって春月行きのものだった。洗脳か催眠か……もしくはそれ以上のものか。知れば頭がおかしくなりそうね」


「ふむ……」


 杏奈は言った。

 そして彼女はあるノートをパスカルに差し出した。


「読みな。あんたの理解力ならつながりがわかるはずだ。あんたは、私が信頼している5人に入っているんだ」


 ノートには閲覧禁止と書かれてはいたが。杏奈の許可があれば開いてもいいだろう。パスカルはノートを受け取り、杏奈の言葉を信じて表紙をめくった。




 †




 もうひとつの伝説の可能性。

 呪いによって消えた村・鳥亡村は災厄を引き受ける神子がいたとされる。村はすでに存在しないものとなったが、神子の死は確認されていない。このノートは神子に近づく手がかり、鳥亡村最後の伝説をまとめるためのものとする。




 †




 ノートの1ページ目にはこう書かれていた。わかる人にはわかる内容ではあるのだが、パスカルは鳥亡村のことについては完全に部外者だった。内容も背景もわかるはずがない。


「学会では発表に関連すればどんな質問でも受け付けるらしい。なので、わからないことはいくらでも聞いてほしい」


 杏奈は言った。


「だったら根本的なところから聞くけれど、鳥亡村って何?」


 パスカルは尋ねた。


「私の故郷……いや、特殊な一族の生まれる村だな。外部との繋がりは異世界以外には無し、外部からは伝説のように扱われるし、人外の存在が住まう村ともされていた。まあ、その半分以上は外部の人間が脚色したことだがな」


 と、杏奈は答えた。


「その村が20年以上も前に消えた。村に関することはだいたい解決したようだが、神子という未解決のことがひとつ。それがノートに記録された内容の軸だ」


 杏奈はそう言って身を翻し、「それ」に手刀を叩き込んだ。


「ちなみに今話したことは聞かれても問題のないこと。私だって狙われる立場にいるんだ。さて、続けよう」


「さすが、父さんと旅をしただけあるのね」


 パスカルは感心する。



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