24 魔境を後にするとき
マルクト区での戦いは終わった。マルクト支部の敵は減ったが犠牲もあった。
「……安らかな顔だ。キルスティが修復してくれたらしいが」
千春は言った。
彼が見たのは棺に入れられたサーリーの亡骸。マルクト支部は惜しい人を亡くしてしまった。
「千春は、わたし達を恨んでる? 情報を得たくてここに来て、戦いに巻き込んで犠牲者まで出した。わたし達なんて来ない方がよかったでしょ」
そういったのはオリヴィア。千春は少しの間黙った後。
「そうだな。お前たちのせいでサーリーもジェットも死んだ。とはいえ、支部長も敵を作っていたわけだから、いずれこうなっていたな」
千春はオリヴィアの予想に反した返答をした。
恨みを向けられるだけかと思っていた。勝てたとはいえ、彼が大切に思っていた人2人を失うことになったのだ。
「悪いのはお前たちだけじゃない。信用できない連中だったが、お前たちはやるべきことをやった。それだけだろう」
「そっか。マルクト支部も、カナリス・ルートを敵に回したようだから気をつけて。わたしはよくわからないけど」
と言ってオリヴィアはその場を去った。
なぜマルクト支部がカナリス・ルートを敵に回したのか。その理由は敵地にあった。
敵地ーー麗華たちのいた建物には写真や文書が残されていた。ファイルに綴じられていたものは武器や麻薬の取引記録。それがどこまで信用できるかは定かではないが、いくつもの写真から次のターゲットは決まりつつあった。
「ハリソン・エンジェル。あの腐れ外道はそう名乗っていたな」
と、キルスティは言った。
ここは地下の会議室。サーリーの亡骸が安置された部屋からは少し離れた場所だ。
「彼がカナリス・ルートだと、そう言いたいのね?」
パスカルは確認する。
「そうだな。この顔、あの頃よりは老けているが間違いない。それにこの場所、窓から見える百合園。教会。場所はかなり絞り込める」
そう言うと、キルスティはにやりと笑い。
「エピックだ。あの地には百合園のある教会がある。ここからは少々遠いが、レムリア鉄道1本でいける。次はこいつだ。必ず地獄へ送ってやる」
「キルスティ……」
ある種の狂気を湛えるキルスティを前にして、パスカルは声を漏らす。復讐は空しいことだとパスカルは言おうとしたが、その言葉でキルスティを止めることはできないだろう。いずれ全員を相手取ることになると予想していたのだ。パスカルは何も言わないと決めた。
そして翌日。回復したランスがウィスパードまで送り、そこからエピックに発つ。
「オリヴィア! もし困ったことがあれば俺を頼ってくれ!」
ウィスパード駅の送迎所。車に乗ったままランスは言った。
「うん。もう巻き込んでしまったからね。ランスも気をつけてね」
と、オリヴィア。
「ああそうだ、お兄ちゃんと言ってくれてもいいぞ。実際そうだからな」
「え……」
オリヴィアは思わず声を漏らす。この男は冗談を言っているのか、と。
「待って! どういうこと!? わたし、生まれたときから1人っ子だと……」
「そのうちわかる! まあ俺も無関係じゃねえってことだ!」
列車が出る時間が近い。オリヴィアはランスの言葉をこれ以上聞くことができずに駅の中へ。
「お兄ちゃん……わけがわからない。ランスとわたし、髪色は同じだけど。もう少し聞けばよかったかな」
歩きながらオリヴィアは呟いた。
「マルクトに戻るかい?」
と、エミーリア。
「戻らないよ。早くエピックに行かないといけないから。キルスティを待たせたくないし」
「そうかい。それがあんたの考えならまあいいけどね。ランスいわく、あいつは父親を探しているようだ。作るだけ作って放り出した父親をね。それでオリヴィアに行き着いたからあんたを探していたんだそうだ」
エミーリアの口から出た思わぬ言葉。これは自身の出生に関することだとオリヴィアは直感的に悟る。
「ということは、わたしとランスは父親が同じだったりするのかな」
オリヴィアは言った。
「どうだろう。いずれわかることだとは思うけれど。そうでしょう、エミーリア」
そう言ったのはパスカルだった。
彼女は、オリヴィアと初めて会ったときにランスとともにいた。彼女も何か知っているのか。
「そうだねえ。ロムのことといい、まだ知るべきことはある」
と、エミーリア。
「そうだ……わたし、夢を見るんだ。ロム姉がわたしに出来損ないと言って殴る夢。だけど、ロム姉はそんなことしない……最近は特に多くなってきたし、何より生々しい。本当に殴られたわけじゃないのに、痛い……」
エミーリアに触発されてオリヴィアは言った。
「それがロムの本性なのか、知る必要がありそうね。あいにくロムは襲撃の時点でマルクト区から消えていたようで」
と、パスカル。
「そうかも。ロム姉がわたしの知っているロム姉じゃなかったら、わたしはどんな顔をするかわからないけど。でも、もしそうなら受け入れるしかないよね……」
受け入れられるかな、とオリヴィアは聞こえない声で呟いた。
オリヴィアは恐れていた。自分の信じていたことが嘘かもしれないということを。そして、恐れを抱えたまま列車に乗った。




