23 死神の最期
影を防ぎつつ、麗華はオリヴィアに突っ込んだ。影の刃はどれ一つとして麗華を傷つけることができず――彼女はオリヴィアの首を掴んだ。
「これでは生きていられないだろう? 麗華の勝ちだ。ここで死んでいけ、我らに牙を剥く不届き者が」
もはや息もできないであろうオリヴィアに、麗華は言葉をなげかけた。普通ならばオリヴィアは生きていられるはずがない。が、首を掴まれ、絞められた状態でもオリヴィアは麗華を睨みつけた。彼女はまだ、死んでいない。
「いいものね。こうやって死を間近にしていられるのは。ねえ、まだ死なないわたしのこと、怖い?」
オリヴィアの周りの影はより禍々しさを増していく。これが呪い、とでも言ったところか。その禍々しさを前にしても屈しないのが麗華。
「なんだそれは。知らないね」
麗華が言い終わったとき、影がその口に入り込む。その瞬間、麗華の顔色が変わる。もはや余裕を見せてなどいられない――
「……!? くそ……体の内側に……!」
麗華にオリヴィアの攻撃を防ぐ手段はなかった。内側から影の刃が麗華を切り裂いた。抵抗することさえも許されず、血を床にぶちまける。オリヴィアの首を絞めていた手は落とされ。麗華は自身の血の海に倒れ込む。そのときにはもう、彼女は息をしていなかった。
オリヴィアは冷たい眼差しで亡骸を見下ろした。
「事情は知らないけど、敵だったから。とりあえずあなたは強かったよ。モーゼス・クロルみたいないやらしい使い手とは、たぶん違う」
と、オリヴィアは言った。今、言葉を交わすことができなくても麗華にかけるべき言葉は、オリヴィアには手に取るように分かっていた。
そんなところに駆けつける晃真。焦っている様子だったが、麗華の亡骸と立っているオリヴィアの姿を見てほっとしたようだ。
「勝ったんだな、その様子を見るに」
晃真は言った。そんな晃真も戦った後。何か所か傷を負っているようだった。
「うん。ついさっきね。化け物みたいだったけど、なぜか訳ありのように見えるの。この人は……どんな人だったんだろう?」
「直接知ることはできないかもな。いや、建物に残されたものから知ることはできるな。少しこの建物を探索してみよう」
晃真は言った。オリヴィアも頷き、先に進もうとした。そのときだ――オリヴィアがふらりと倒れかけたのは。
「どうした……!?」
晃真は倒れそうになったオリヴィアをうけとめる。このとき晃真はオリヴィアの異変に気付く。オリヴィアは体内にイデアを展開していた。が、彼女はイデアが限界に近づき、体内のイデアが薄れたのだ。
「オリヴィア……あんた……」
何があったのか、晃真はそれとなく察した。
重傷を負ったオリヴィアの体内で、誤魔化すように展開されていたイデアが薄れたのは、オリヴィア命に係わる。晃真はオリヴィアを抱きかかえて階段を降りる。下から感じられるキルスティの気配から、おそらく彼女を頼ることはできる。
「持ってくれよ」
走りながら晃真は言った。
そんな晃真の腕の中、わずかな意識の中でオリヴィアは呟いた。
「怖いんだね、晃真。人の死が」
幸いか、晃真にその声は届かなかった。オリヴィアは穏やかに目を閉じる。
やがて2人はキルスティの元へたどり着く。彼女がいたのは1階の書庫。本というよりはファイルを収集したような場所だった。キルスティはファイルを開いたまま晃真の方を向いた。
「終わったか? その様子と気配からオリヴィアは無事じゃなさそうだが」
と、キルスティ。
「無事じゃないな。今すぐ治療してくれ」
晃真が言うとキルスティはオリヴィアを舐めまわすように見た後。
「任せな。私は天才だからな、死にかけの人間も綺麗に治療してやる」
晃真がオリヴィアを床に寝かせ、キルスティが治療をはじめる。
晃真はオリヴィアから距離をとり、目についたファイルを手に取った。
「なつかしい。セラフでオリヴィアがやられた時も俺が連れて来て、キルスティが治療してくれた。今回とセラフの時で違うことは、オリヴィアが勝ったってことか」
治療するキルスティを前にして晃真は呟いた。それがキルスティに聞こえたわけもなく、キルスティは特になにも言わない。彼女はただ、手を動かしてオリヴィアの傷を癒すのだった。そして、心なしかオリヴィアは微笑んだようで。
「さすがオリヴィア。死んでいないのなら腕の見せ所だ。失血の回復はできないが」
鮮血の夜明団マルクト支部。襲撃後のこの場所にいち早く戻ってきたのは千春。彼の姿を見るなりパスカルは口を開く。
「おかえり。襲撃されたときにいなかったから何事かと。人質になったのか、あるいは――」
「おっと、そこまでだよ。少し野暮用があってね。ここにいてもできないことだったんだ」
パスカルの言葉の後半を遮るように千春は言った。
「せめてここを離れるなら言ってくれればよかったのに」
「そううまくはいかないんだよ。口に出せば俺も術中にはまったかもしれない。いや、はまっていたのは俺もか」
と、千春。パスカルはそれに納得したようだったが――
「本当に君は何でもすぐに信じる。そういうところだよ、パスカル。で、そっちに変わったところはなかったかい?」
「サーリーが死んだ。襲撃のすぐあとにね。死因はわからないし、誰も彼が死ぬところを見ていない。けど、彼が遺した手紙がある」
パスカルは答えた。
「ああ、そうかい。最悪の事態は回避できたからよかったものの、犠牲者が出るのは避けられなかったか。感謝するよ、よそ者。マルクト支部が滅ぶことだけは回避できた」
と、言葉を残して千春はマルクト支部の建物に入っていった。




