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22 死神の起源

 強く。昨日より強く。強くなければ生き残れない。


 麗華は、秩序の欠片もない世界に生きていた。最初に彼女が見ていた世界は、もう一つの誰も干渉できない土地――暁城塞だった。秩序ある場所では生きられない者が集まり、秩序を嫌っておきながら新たな秩序を作る。あまりにも皮肉な場所だった。


 麗華が城塞の家で見たものは見知らぬ男。着飾った母は男を部屋に連れ込んで何かをしている。それは麗華の知ったことではないのだが。

 そして、いつも母は言う。“お母さんは何もできないの。だから麗華が助けてね”と、まるで口癖であるかのように。そう言われる方の麗華はまだ子供だった。幼く、まだ世界をよく知らない。暁城塞が麗華のすべてだった。


 部屋から出てきた母に麗華は言った。


「母さん。わたし、こんなことができるようになったよ」


 麗華はそのとき、手に入れた力を使った。ちょうどこの時代だったか、ゲートなるものが開いて異能力――イデアを使う者が増えたのは。

 力を使った麗華は黒い、フリルつきの可愛らしい服を身に纏う。すると母は。


「だから何なの? あなたは可愛くなくていいから、お母さんを守って。お母さんの代わりにお金を稼いで生きていけるようにするの」


「でも……」


 麗華がそう言えば拳が飛んでくる。殴ったのは母が連れ込んでいた男。


「ガキは大人の言う事聞くもんだろうが」


 と、男は言った。


 麗華は心を殺して生きていくしかなかった。力を得てからは、その力を使って生きていくための金銭を稼ぎ。だが、そのときが来るまで『家族』の呪縛からは逃れられなかった。


 あるとき――麗華が11歳になった頃のことだった。麗華に手を上げた男を、麗華は殴り殺した。手を上げてきた男を、ゴミ掃除と同じ要領で殴り返せば男は息絶えた。頭蓋骨が砕ける感覚は麗華の手にこびりついたかのように残る。


「あっけない」


 母親の恋人だとしても、そこに罪悪感などなかった。麗華が呟いたのはそれだけだった。

 人は簡単に死ぬ。


 母は麗華に化け物を見るかのような視線を向けた。当然だ。麗華は母にとって大切な人を殺したのだから。とは言っても、麗華はここでどう振舞うべきかわからない。


「麗華、お母さんは殺さないよね……? お母さんは守られていないとだめなの」


 母はそう言った。


「わからない。殺すて言たら?」


 と、麗華。

 彼女の目はもう死んでいた。6年やそれ以上前から死んでいたが、母はそれを今になるまで知らないでいた。


「お母さん、あなたに守ってほしいとは言ったけど、殺してほしいとは言っていないの。お願い――」


 麗華の気が付けば、手と体と顔は血で汚れている。目の前には女の肉塊が転がっている。拳を叩き込まれて背骨が折れて、内臓が潰れて。人間の形をとどめてこそいるが、もはや生命活動などできやしない。


「……殺す」


 麗華は初めてその言葉を呟いた。

 麗華の心はとうの昔に壊れていた。そもそも、まともな心になれていなかったのかもしれない。


 ――いつから? 麗華はいつから殺すことが当たり前になっていた? もうわからない、麗華が暁城塞に生まれたからか? もう麗華は殺さずには生きていけない、殺すことで生きていたから。


 麗華は死体を置き去りにして粗末な部屋を出る。それから通路へ。


 最低限の明かりしかない暁城塞の通路。通路にはドアがあり、そこから誰かしらの住居に入れるようになっている。麗華はとある部屋にふらりと入っていった。その目的は本人にもわからなかった。


「待っていたわ」


 ドアを開ければとある女――銀髪の女がそう言った。麗華は声を聞いた瞬間、その女を殺そうとしたが――


「そこにいると勘違いしたのね。私はこっち。あなたの素早さは評価する」


 銀髪の女は背後に回り込んでいた――実際は最初から麗華の背後にいたのだが。


「殺す」

「あなたが殺すべき人なら私がいくらでも用意してあげる」


 銀髪の女は言った。


「私はエレイン。あなたは、私を殺すことは絶対にできない」


「黙るね。金の絡まない関係は必要ないね。そうでもしないと人間は裏切る」


「私のいる組織もバチバチにお金の絡む組織なのだけど。それに、暁城塞の掃除屋は3年前からずっと狙っていたから、逃がすわけにはいかない。やっと空席ができたの」


 と、エレインは言った。


「それとも、私がわからせた方がいいかしら。私があなたを3年前から見張っていて、信用できる人柄の人間だと見抜いたってことを」


 一筋縄でいく人間ではない。麗華はそう悟る。


「仕方ないね。ついていく。けど、私に家族はいらない。金でつかがた関係だけでいい」


 と、麗華は言った。


「それでいい。傷ついた人はだいたいそうだから。私に心のケアはできないけれど……」




 あれから数年。麗華はマルクト区を任された。秩序もなく、力と策略で成り立つ世界は彼女にとって居心地がよかった。信頼はいらない、どのような汚い手を使っても薬漬けにすれば勝手に顧客はついてくる。武器も薬も、麗華の思うままだった。


 麗華に不幸なことがあったとすれば、心からの信頼を学ぶ機会を得られなかった、あるいは拒んだことか。



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