8 次の一手
表の方の銃声が止んだ。決着がついたことは確かだが、問題は勝ったのがどちらなのかということ。
「ヒルダがうまくやれてたらいいんだけど……」
心配そうな顔をしたパスカルは言った。彼女の足は既に表へ向かおうとしていたのだが。
「大丈夫! わたしとランスで勝ったから! あ、でも生け捕りにできなかったから聞き出したりはできないよう」
ヒルダがひょっこり現れる。服には返り血がついているが、どうやら無事に対応できたらしい。彼女に続いてランスが現れる。
「ありゃ陽動だったな? おかしいと思ったんだよ。で、そっちはどうだった?」
ランスは尋ねた。
「ごめんね。やつら、私たちをはめようとしていたみたい。被害はないけど逃げられてしまった」
と、パスカル。続いて。
「それと、ロケットランチャーを1発撃った。どうにもイデアを使えなくされて。逃げたのはそいつだから今後は対策した方がいいかも」
オリヴィアは言った。
彼女の足元には撃った後のロケットランチャーが置かれていた。
「そうだったか……目的とかわかったのか?」
「目的はこの調査拠点そのもの。攻め落とす気でいたみたい。けど、この結果。彼らのことだからまたやり方を変えてここを襲撃するんだろうね」
答えたのはオリヴィア。
襲撃者が知人ということもあって複雑な心境を抱えていそうな彼女だが、存外平気そうにしている。精神的に強いか、それとも人とはずれているのか。それは周りの知ったことではない。
「オリヴィアを狙ってない以上、わたしたちの方は安心できるよね?」
今度はヒルダが言った。
「それはわからないかな。別の勢力がオリヴィアを狙うかもしれないし、襲撃者が嘘をついていたかもしれないし」
と、パスカル。
「それはあるかも。で、どうするの? これからマルクト区に向かううえで」
オリヴィアは尋ねた。
「一応、予定は変えない。ただ、これから車を襲撃されたときのために個人である程度の食料と水を持つことにしよう。本当に、何があるかわからないから……」
パスカルはそう提案した。
「それが無難だよな。誰かひとりがはぐれることだってある」
「うん。だから、これから装備を分ける。武器については……扱える物を持っておこうか」
と、パスカル。
オリヴィアたちは調査拠点に戻って、持ち込んだ食料と武器を分け、拠点の報告書に武器と襲撃のことを書く。他にもやることはあったが――
「私はこれを持ち歩くことにする。ちょっと扱いにくいけど」
話し合いの終わりにオリヴィアは拳銃を選んだ。癖のある武器だが、オリヴィアはそれを選んだ理由があったのだ。
青年は右腕に負った傷を手当てしていた。
鮮血の夜明団の調査拠点を襲撃しようとすると、そちらも逆に対応してきた。それまではよかった。だが、問題は別にある。
「聞いてねえ。オリヴィアがこんなところにいるとは……」
その青年ルートビアは言った。
調査拠点を襲撃したところまではよかったのだ。が、そこにはオリヴィアの姿があり、彼女は先制攻撃と言わんばかりに仕掛けてきた。黒い手を陰から伸ばし、ルートビアの右腕に傷を入れた。イデアを封じてみれば今度はロケットランチャーを撃ち込んできた。
今のオリヴィアはルートビアたちにとって敵だ。何の経緯でこうなったかはわからないが。
ルートビアは周囲の安全を確認する。追撃に来た者はどこにもいない。彼らとしては撃退できればそれでよかったのだろう。
ここで携帯端末を起動し、ある人物に連絡する。
『そちらの様子は? 攻め落とせたんでしょうね』
電話越しに女の声がする。
「無理だったよ。まさかあいつがいるなんて……武器も整備されていたみたいだ。調査拠点だろうが侮れねえ」
『イデア使い相手ならあなたが向いてたと思うのだけど……そう。これは私の采配ミスね。ちゃんと責任持って潰させてもらう』
電話口の相手、ルートビアたちのボスはそう言った。
彼女が何をするかもルートビアにはわかる。彼女が責任を持って動くとき、目をつけられた相手はただではすまない。
「……そこにオリヴィアがいても、か?」
と、ルートビア。
『むしろ好都合じゃない。こちらにも考えはある。だからあなたは帰ってフィードバックでもしてなさい』
ボスは言った。
こういうところばかり部下思いだ、とルートビアは言いかけた。が、あまり深入りされることはボスも良く思わない。
「了解だ、ボス。次はうまくやる」
『……次があれば、ね』
ボスはそう言って電話を切った。
「……さて。戻るか。サバイたちはやられた。遺体を回収するのも無理だし、撤退か」
翌日の夕方。一行は調査拠点を出る。
隠れ家を出たときと違うのは、運転するランス以外の3人が交代で見張りをしているということ。今はオリヴィアとパスカルが見張り、ヒルダは後部座席で眠っている。
オリヴィアは後部座席から影を伸ばし、イデア使いの気配を探っている。
「今のところ、追ってきているやつはいない」
オリヴィアは言った。
「ありがとう。変な気配があったら、またよろしく」
と、パスカル。
どうやら調査拠点に近いこの道で襲撃してくる気配はないようだ。が、オリヴィアたちは引き続き警戒を怠らなかった。