8 信頼の形
「そういえば晃真とジダンがいないねぇ。どこ行ったんだ、全く」
最初にその言葉を発したのはエミーリアだった。
「ああ、そういえば。ジダンは潰したい相手がいれば潰すようなやつだけど。珍しいね、誰にも声かけないなんて」
エミーリアと共にいた千春は言った。
動揺した様子は見せていない。千春はジダンの無事を確信しているのか、あるいは。
「いや、僕に声をかけないで、サーリーに声をかけたのかな? ちょっと確認してくるよ」
千春はサーリーのいる資料室へ、つかつかと歩いて行った。
そして、資料室。
サーリーは鍵をかけてある資料を読み漁っていた。メモのようなものもあれば、しっかりと印刷されたものも写真もある。その写真にはとある吸血鬼が写っていた。先の赤い紫の髪をした小柄な女吸血鬼だった。彼女の傍らに写りこんでいるのは金髪の男だ。
「そうか……たどり着いた。が、ランスが戻るまでは伏せなくては……だがランスが殺されでもしたときにはどうすべきだ?」
と、サーリーは呟いた。そのとき、ドアがノックされ、ドアノブも回された。だが、ドアは開かない。
「いるんだろう、サーリー。僕だ」
ノックしたのは千春だった。
「少し待ってくれ。今は機密資料を見ていたんだ」
「ふうん。僕にも明かせない内容みたいだからね、仕方ないね。出てくるまで待つよ。サーリーだから」
と、千春。
「助かるよ」
サーリーは資料をファイルに入れて保管庫に収納した。鍵付きの保管庫ならば安心だろう、そう考えていた。
「待たせたね。で、用件は?」
「ジダンと晃真を見なかったかい? どこかに行くなら君に声をかけたかもしれないだろう?」
千春は尋ねた。
「いや、見ていないな。俺も気になっていたところだ」
と、サーリーは答えた。
「仮にあの2人が勝手に抜け出していたとしたらどうする? お前は助けに行くかい?」
さらにサーリーは言う。対する千春は少しの間押し黙る。
ジダンは信頼すべき仲間。その実力は千春だってよく知っており、ジダンはマルクト支部でも1,2を争うほどの実力の持ち主だ。彼が何かのために抜け出したところで帰ってくるだろう。晃真についてはそもそも千春からしてみれば信用に値しない。
「そんな必要はないよ」
千春は答えた。
「そう言うと思ったよ。全く、人を信用しているのやら信用していないのやら」
「両方だよ。ジダンなら絶対に戻る。晃真が戻ってこなければそれまでの話だ。大した実力も信頼もなしに僕たちの力を借りようというのがそもそも間違いじゃないか?」
と、千春。
「お前、それをランスの前で言うなよ? あとパスカルの前で。人を信用しないお前みたいな人もいれば、そうでもない人もいる。それに、探しに行くと決めた人を絶対に引き止めるな。お前の勝手な考えでな」
サーリーはそう言って釘を刺す。
「……サーリーがそう言うなら仕方ない」
と、千春。どこか不服そうでもあったが、相手が相手なだけに納得していたようでもあった。
エミーリアもまだ引っ掛かるものがあった。あの晃真が戻ってこないのはおかしい。何かあったのではないか、と胸騒ぎがしていた。
そこに通りがかるオリヴィアとキルスティ。
「どうしたんだ、エミーリア。えらく深刻そうな顔じゃないか」
キルスティが言った。
「晃真がいなくなったことだ。晃真は基本的に何があっても戻ってくるけどさ、今日に限っては出かけてから戻らない。何があったのやら……」
と、エミーリアは言った。
「何かあったのは確実だろ。私も晃真に連絡しようとしたが、連絡を取ることさえ無理だった。探すしかないだろう」
キルスティは答えた。
「連絡が取れないなら行くしかないでしょ。多分、深手を負ってるだろうからキルスティも来てよ。周りの敵はわたしがなんとかするから」
オリヴィアは言った。
「晃真、無事だといいけど……」
「だな。私とオリヴィアで行ってくる。オリヴィアもまあ、強くなったし晃真が重傷だったら私が治療する。ここの連中には適当に話つけといてよ?」
と、キルスティ。
「いや、念のためだ。私も行こうか。まだ朝だろう。オリヴィアも万全の状態で戦えないわけだからねえ」
エミーリアは言った。
「……そう言いだしたら聞かないな、エミーリアは。わかったよ。サーリーいわく、カナリス・ルートの構成員が最低でも2人はこのマルクト区にいるって話だ。仮に遭遇したとなれば……」
キルスティはそう言いかけた。カナリス・ルート構成員の強さを間近で見たからこそ感じたことはあった。
――考えてみれば構成員2人を相手にして私たちは生きていられるか? 相手が殺しに来ていれば、いくらオリヴィアでも歯が立たないだろう。いや、考えすぎか?
「どうしたの」
オリヴィアはキルスティに気づき、尋ねた。
「戦う覚悟はできているか? 私たちはカナリス・ルートの敵だ。殺しにかかってくる可能性だってあるだろう」
「できてる。大丈夫。ここにいる構成員だって、わたしが殺すから」
オリヴィアは言った。キルスティはオリヴィアが頼もしく見えた。




