7 「麗華が殺す」
「戻てきたね」
そこには、クラウディオたちのアジトには麗華がいた。彼女はいつもボスが使う椅子に腰かけて桃饅頭を頬張っていた。
「勝手にボスの椅子を使ってんじゃねえ」
クラウディオは言った。
「ふーん、ただいまも言えないか。クラウディオは」
気にする様子もない麗華。椅子から立ち上がる様子は見せなかった。
「そんなことはいい。とにかく、やったぞ。高砂晃真を葬ってきた」
と、クラウディオ。
麗華の眉がぴくりと動く。
「次は闇医者でも葬ってやるか。なあ、麗華。奴ら、揃ってマルクト区に来てるらしいじゃねえか」
「はは。冗談ね。モーゼスを殺た連中ね。そう簡単に死ぬわけ……」
「いや、人間って案外簡単に死ぬんだよ。わかるか? 全身を焼いたり心臓をぶち抜いたり。何人も殺してるお前ならわかるだろ」
クラウディオがそう言うと、麗華は納得したようだった。が、彼女はもう一つの可能性を口にする。
「イデア使いは頑丈ね。もしそいつが体内にイデアを展開してしのいでいたら?」
クラウディオは今一つ納得いかないようだが。
「ま、気にすることないね。もしそうなら、麗華が殺す」
飄々とした態度の中に、確固たる意思があった。いや、麗華が意思を固めたときはだいたいそうだ。
「それでだ。麗華も準備は進めている。ま、賭けのような方法でもあるね。とはいえ、オリヴィアなら麗華の中ではもう弾いたはずね」
麗華は食べかけの桃饅頭を置いて立ち上がる。
「戻るね。次の会議までに何か進展あれば伝えるね」
そう言い残し、麗華はアジトを出た。
向かうのは麗華が取り仕切る勢力の本拠。だがその前に麗華は行ってみようと考えていた場所があった。
1時間ほど歩いてたどり着いたのは別勢力――ゴロツキ集団のブラックエンジェルの勢力範囲。いくつもの勢力が争うこの地に新しく介入してくる者がいればどこの勢力だろうと変化はある。麗華はそう信じて立ち入った。
「……おい、九龍のボスが自分から来るなんてあったか!?」
麗華が来てから周囲がざわついた。何かを言っているのはブラックエンジェルの構成員だろう。
「まあいい! 殺すチャンスだ!」
その声とともに撃ち込まれるロケットランチャー。麗華はすぐさまイデアを展開し。
炸裂。威力も相当なものだったが。
「おもてなしありがとう。ま、この私をロケラン程度でぶち殺せるとでも思たか」
煙の中から現れたのは無傷の麗華。変化したところといえば、その服装。華ロリィタに分類できる服装だった彼女はいつの間にか白黒のゴシックロリィタを身にまとっていた。
「来なよ泥棒。お前たち全部、地図から消してやるね」
と、麗華。
「……クソが!」
そう言って飛び出してきた男が1人。ピアスだらけの彼に、麗華は見覚えがあった。
「フン、スズメバチか。肝無しのサメはどうした?」
スズメバチの攻撃を片手で受け止めて麗華は言う。それが癪に障ったのか、もう一人男が現れる。こちらは上半身ばかりが逞しい、妙な男だ。
「てめぇ、俺をその名で呼ぶな――」
「泥棒は殺す」
肝無しのサメの胸に穴が開いた。ちょうどその位置に麗華が跳び蹴りを入れたのだ。麗華が着地し、周囲の様子を伺ったそのとき。銃声が聞こえた。直後、銃弾が麗華の頭を――貫かなかった。
銃弾は麗華のイデアに弾かれ、運動エネルギーを吸われて地面に落ちる。
撃たれてもなお麗華はターゲットをスズメバチに移したまま。が、これはスズメバチの狙い通り。
スズメバチがハンドサインをしたときだ。別の人物が5階建の建物から飛び降りる。同時に麗華の全身に糸が絡み付いた。
「いけた! 九龍のボスは今、身動きが取れないはずだ!」
響き渡る中性的な声。正体不明の人物とスズメバチは糸を使って対比する。その1秒後、2方向からあらゆる射撃武器が火を吹いた。
「へぇ。会長の取り扱う武器ね。良い火力ね。でも、私にはぬるすぎる」
弾丸、ロケットランチャー、砲弾を撃ち込まれても麗華は動じる様子もなく。
「うらぁああああああああ!!!」
その雄叫びとともにミシリ、ミシリと建物が軋む。そして、建物は崩壊する。麗華はそれほどまでの力を発揮したのだ。
崩壊の後、瓦礫の隙間からスズメバチが顔を出す。
「クモ! 生きているか!」
そう言った直後、目にしたのは頭の潰れた死体。これはスズメバチがクモと呼んでいた人物の死体だった。スズメバチは周りの惨状から現状を察した。
「ああぁぁ……俺だけか、残っているのは」
スズメバチは呟いた。そのときだった。死神が彼の後ろに立ったのは。
一瞬にしてスズメバチの首が飛んだ。首を飛ばしたのは麗華の蹴り。
「安心するね。お前も同じところに送てやたよ」
麗華は言った。
「あとはやつらのボス……シェイド」
研ぎ澄まされた麗華の感覚でさえそいつの居場所はわからない。が、ここにはブラックエンジェルの相当な戦力が投入されていた。
麗華はブラックエンジェルのボス――シェイドの意図を理解したかのように歩き出す。麗華の勘はよく当たる。ここに投入された戦力とブラックエンジェルの規模からもシェイドの居場所は絞り込める。
麗華の目的地は廃墟。ブラックエンジェルが根城にしている建物とは全く違う小屋だ。
「いるだろう、シェイド。隠れても無駄ね」
麗華は言った。
「……支払いが遅れただけじゃないか! 何が目的だ!? 金か?」
「麗華が殺す」
命乞いは無駄だ。麗華は廃墟に足を踏み入れてシェイドを睨みつける。彼女はまさに捕食者、まさに死神。どちらが上であるか手を出さずともシェイドにわからせていた。
「くそ……スナイパーもスズメバチ達もやられたということか!」
シェイドはそう言ってイデアを展開する。展開されたイデアは半透明の歯車。麗華に近づかれる前に攻撃を試みるが――
「そういうことね」
足を踏み込む麗華。右手にも力を込める。
麗華は歯車をものともせず、シェイドの胸に風穴を開けた。麗華の拳はシェイドの血で染まった。
「……ゴミは掃除できたか。困るね、武器の持ち逃げは」




