27 力の亡霊
「ただのゴリラかと思いましたがまさか共通点があるとは」
ロドルフは言った。
今彼がいるのは壁の中。正確には、ホテルの間取り上は壁の中ということになっている場所だ。
そこから侵入者の姿を見ることこそできないが、気配はわかる。
――僕が有利とはいえないか。あれも強化されているわけだ。
ロドルフは手当たり次第、死者から残弾――見えない人型を作り出す。そいつらは一斉にエミーリアの方へ向かっていった。
壁の外。
エミーリアはさっそく敵の気配を感じとる。
「親玉、じゃあないか」
気配はエミーリアに近づいてくる。見えなくてもエミーリアには手に取るようによくわかる。
――へえ。肉体と魂は惹かれ合う。よく言うね。
真っ先に飛びかかってきた見えないものに一撃入れた。それにはとどまらず、衝撃は奴の後ろにも伝わった。いや、それは衝撃などではない。拳から吹き出した血だ。
血を浴びた見えないものは血とともに消えてゆく。まるで、求めていたものを得られた霊魂が天に昇るかのように。
「観念しな。私にあんたは勝てない。どこにいるかわからないけど、決定打がないんだろう?」
エミーリアが言うと、見えないものたちの動きがぶれた。図星か。
「……ありますよ。それくらい」
震える声だ。
虚勢を張っているのか。あるいは、逆転の可能性こそあるが、安易に取れない手段があるのか。
ロドルフはエミーリアの視界の外で眉間に銃口を押し当てて。
「我らの勝利に万歳」
そう言った直後に響く銃声。
エミーリアは何が起きたのかを瞬時に理解した。
ロドルフは自ら命を絶った。が、おそらくそれで終わりではないだろう。彼が最期にエミーリアの視界の外にいたから――
「もう肉体という枷は消えた。天に昇る前に、あなたを地獄に送らなくてはね」
エミーリアの耳にはっきりと声が入る。
「僕の本気は死んでからだ」
その声と同時に姿を現したロドルフ。本当のロドルフは銀髪で白い服を着た美青年。バックパッカーと同じ顔ではあったが。
ロドルフはエミーリアとの距離を詰めた。
「……そんなのアリかい」
吐き捨てるようにエミーリアは呟いた。
一方のロドルフは拳を叩き込む。が、エミーリアは変形した右手で弾く。
「そっちには効きませんか」
と、ロドルフ。
効く、効かないというのが何のことか。エミーリアが少し考えたことで隙ができた。
ロドルフはその隙を見逃さず。
「効くというのは、こういうことです」
ロドルフの拳は空を切った。だが、その風圧はエミーリアにしっかり命中し。
「うっ……!?」
爆発。それだけではない。エミーリアは嫌な予感を覚え、距離を取る。
――あるんだね、決定打は。多分、そうなったことで決定打を得たのかい。死んだことはわかっているから、まあ私の能力も効くだろう。
戦術を練りながら、ロドルフの操るもの――霊魂だったものを避けていく。不可視ではあるが、エミーリアにはわかった。
――血と魂は惹かれ合う。感知してくれてんだよ、私の力が。
「対応できるようになってきましたか。では、こうするしかありませんね――魂を僕に寄越せ」
ロドルフはエミーリアとの距離を詰めた。エミーリアに手を伸ばし、右手に防がれないように彼女に触れた。
触れてしまえばロドルフのものだ。そうすることで相手の魂を引き出してしまえる。
「僕の勝ちだ――」
ロドルフが勝利を宣言したときだった。彼の頬に黒い球が命中したのは。
「間に合った……! もう、エレナさんは人使いが荒いんだよ!」
直後、男の声が響く。
エミーリアとロドルフの両方が乱入者に気付き、声の方を見た。
この男、神守杏助。藍色の髪をまとめた、青目の美丈夫だ。その背後には亡霊のようなものがおり、見るからにただ者ではない。
「そんなことよりイデアに縛り付けられた亡霊を消しましょう? 私以外にそういうのがいると困りますよ」
と、亡霊は言った。
「そうだね。見るからに彼、自分でその姿になったようだし」
杏助は言う。
「誰かわかりませんが、あなたは下がっていてください。亡霊を斬るのは俺の仕事です」
「えっ……そうかい」
エミーリアの曖昧な返事をよそに、杏助は抜刀した。ロドルフの位置を正確に把握し、彼に斬りかかる。
だが、ロドルフは人間にはできない動きで斬撃を避けた。
「早く成仏してくれるかな」
杏助は冷たい声で言った。
まだロドルフをとらえるために刀を振るい続ける。一方のロドルフは刀をひょい、ひょいと避けていく。そして。
「誰がそんなことを。クロル家という優秀な一族だ、君みたいな野蛮人の1人や2人道連れにしなくてはね?」
ロドルフは言った。
すると杏助は無言でロドルフを掠めるほどの攻撃を放った。
「ふふふ、杏助を怒らせたね」
杏助の後ろの亡霊は言った。彼女の言う通り、杏助は鬼が宿ったかのように雰囲気を変えた。
ロドルフの動きを読みきって、距離を詰める。そして、一刀両断。その攻撃を受け、ロドルフは黒い粒子のようになって消えた。
「怒ってないよ。少し本気になっただけだ。姉さんを馬鹿にされたことは確かに不愉快だけどね」
杏助は言った。
「ありがとうねぇ。あんたがいなきゃ……」
「確実に死んでいましたね。間に合って良かった」
エミーリアの方を見る杏助。今の彼は先程のような威圧感はない。
「俺はエレナさんのところに行きます。とりあえず頼まれたことは完遂できたので。ご武運を」
そう言うと、杏助は踵を返してホテルの外に向かった。
「私も進むかね。オリヴィアたちも楽に戦えてるとは限らないだろう」
エミーリアも先に進むのだった。




