25 地獄の作り方
――夜は良い。襲撃のときも、列車で戦ったときもうまく戦えた。もう、やられない。
ゲストハウスを出るとき、オリヴィアは呼吸を整えた。
「完治させたとはいえ、大丈夫か?」
晃真は尋ねた。
昼にオリヴィアが負った傷はキルスティが治療した。今のオリヴィアは無傷と言っていい。
「問題ないよ。夜なら私だってちゃんと戦えるから」
オリヴィアは答えた。
日が沈んでから1時間は経つ。シンラクロスの町には明かりが灯り、昼間とは違った明るさを見せる。とはいえ、日が出ていないので昼間に比べると圧倒的に暗い。これはオリヴィアの強化にもつながることだ。
「……大丈夫、であってくれよ。俺はオリヴィアが死にかけるところを見たくないんだ」
「善処するから」
と、オリヴィア。
「聞くところによると、シンラクロスは封鎖されている。何の目的かは知らないが今夜、何かあるんだろうね?」
エミーリアは口を挟んだ。
「さあ。でも、やるなら今日だ。今日、絶対にモーゼス・クロルを殺す」
そう言ったのはキルスティ。彼女はいつになくやる気と殺意に満ちていた。
「どうやって殺してやろうか……毒じゃ退屈だ。やはり斬殺かな?」
「さて、出ようか」
殺意の笑みを浮かべるキルスティをよそにエミーリアは言った。
町はざわついている。
封鎖されているということもある。が、それ以外にも変化はあった。
町のいたるところに手配書のような写真が貼られていた。それは銀髪の中性的な人物のものだった。
「ん……?」
写真の人物に、オリヴィアは見覚えがあった。その人は確か――
――村を襲った人だ。いや、今はそんなことより。
気を取られている暇はなかった。
夜が明けるまでに行動し、モーゼスを討ち取らなくてはならない。もしできなければ次のチャンスはいつになるかもわからない。
「どうかしたか?」
晃真が声をかける。
「なんでもない」
「なら、よかった。確かに住民が少し騒いでいる気がしなくもないが……」
と、晃真。
理由は彼自身もすぐに理解した。彼の目に入ったのは指名手配犯が書かれたような紙。銀髪の人物の顔写真と「殺せ」という文字が目を引く。
「ちょっと気になるからホテルの方まで影を伸ばしてみるね。嫌な予感がする」
オリヴィアはそう言って影を伸ばす。光を避けながら、より遠くへ。
影を通してオリヴィアが見たのは、ホテルペイルサンドに向かう武装した人間たち。銃や刃物などを持ち、誰かを殺そうとしている様子だった。
さらにオリヴィアは影の範囲を広げる。今度はホテルの中だ。中も混乱した様子で、殴り合いを繰り広げる者たちもいた。
パスカルたちのいる部屋の方にまで影を伸ばす。破壊されたドアと汚されたカーペットがある。赤いカーペットは血で汚れ、その部分だけ赤黒くなっている。部屋の中には慌てた様子で外を見るヒルダと敵襲に備えるパスカル、何かを語るミリアムがいた。
「――というわけで私は命を狙われている。この町のほとんどの人は私を殺すつもりだろう。いくら私が害悪な人間とはいえ、一般人に手を汚させるのは酷だ。だから私は自決するつもりでいる。頼む、死なせてくれ」
ミリアムは言った。
「それはダメ。ヒルダを置いて逝くのだけは」
と、パスカルは言った。
「ならば、私が下に降りていくことは許してくれないだろうか?」
「死にに行くの?」
ミリアムの頼みに対し、パスカルはそう尋ねた。
「違う。会っておきたい人がいるんだ。自決するにしても彼女には会うつもりだったからな」
ミリアムはそう言って立ち上がるとパスカルを突き飛ばす。彼女が向かったのは階段。階段を降りて死地へと向かう。
観察していた立場のオリヴィアは銀髪の人物が抹殺対象として命を狙われていることを理解した。彼女さえいなくなればパスカルとヒルダは無事なのか。
ホテルのロビー。
ミリアムは出頭するかのように襲撃者の前に出た。
「武装した銃を寄越してはくれないか。私は、君たちが手を汚すところを見たくない。ならば、いっそ……」
「誰がやるかよ! 命乞いならもっとわかりやすくやれ!」
襲撃者は言った。
彼が持っていたのは鉈。じれったくなり、ミリアムの首を掻き切ろうと彼女に近づいた。だが――ある一定の距離まで近づくと彼の首は胴体から離れた。
「いや、ミリアムがしているのは命乞いじゃないね。彼女は死にたがっているが……私がそれを許すとでも思ったのかな?」
その声がした瞬間――ホテルのロビーにいたミリアム以外の人間の首や胴が切断された。
「アナベル……!?」
ミリアムは声を漏らした。
「ふふ、私だよ。会えてよかった、ミリアム」
その声の主――アナベルは多目的トイレから姿を現した。彼女が少し手を動かせば糸が動く。糸が群衆の身体のあちらこちらを切断して今に至る、ということだろう。
アナベルはホテルの入り口に群がる群衆を舐めるように見ると。
「で、そちらさんはそそらない。心のアレが勃起しない。せめて体液を派手にぶちまけて死んでくれるかい?」
アナベルがそう言ったときに放たれる気迫。味方であるはずのミリアムもアナベルの気迫にやられていた。それは群衆だって同じ。アナベルの気迫に押されてホテルの中に入って来ようともしない。が、銃を向ける者はいる。
「うん? 撃っちゃう。そのまえに君たちの首が胴体からサヨナラバイバイしちゃうよ」
と、アナベル。
彼女は群衆のうちひとりが引き金に指をあてたところを見逃さなかった。
糸が動く。その瞬間――群衆は首が飛び、宙づりにされ、輪切りにされ――ホテルのロビーには地獄が広がった。
「誰だ! 誰に許可とってそいつを守る!?」
「私は私に許可とってミリアムを守るだけだ。また首を落とされたくなければ、消えるといいよ。もう遅いけどね?」
アナベルはそう言いながら左手をぴくりと動かした。
ホテルの外にも地獄はできた。




