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24 心が壊れるとき

 ヒルダに聞こうと考えてからのミリアムの行動は早かった。エレベーターから6階に上がり、カーペットの上を進む。目的の部屋はドアが破壊されており、わかりやすい。


 ミリアムはドア横のインターホンを押した。


 しばらくすると、体のあちこちに包帯を巻いたパスカルがやって来た。ケースとの戦闘で負傷したようで傷が直接見えずとも痛々しい。


「銀髪……そういえばさっき襲ってきた人と戦ってたね?」


 パスカルは言った。


「戦ったよ。ヒルダに聞きたいことがあってここに来たんだ」


「念のため聞くけれど、ヒルダを殺したりは」

「しない。妹だからね」


 パスカルに聞かれれば即答する。

 今のミリアムにヒルダを殺す理由はない。ミリアムは親衛隊という枷から解放されたのだから。

 そんなミリアムに対して、パスカルは何か嫌なものを感じ取っていた。それはパスカル自身やヒルダに殺意を向けるようなことではないようだが。


「だったら、ついてきて」


 パスカルに案内されて部屋に入る。奥に続く通路には、戦いの爪痕が生々しく残っている。とはいえ、ケースの出した茨は消えた。使い手であるケースはもう死んでいるから。


「お姉ちゃん!」


 ミリアムに駆け寄るヒルダ。彼女はもう手錠をつけていない。


「ねえ、ヒルダ。聞きたいことがあるんだ」


 と、ミリアム。


「クロル家は間違ったことをしていたと思う?」


 ミリアムは問いを投げかける。12歳の少女にはあまりにも難しい問いだった。


 ヒルダは少し困ったような顔をした後。


「間違ってないよ。モーゼス様の言うことは常に正しいから」


 そう答えたのだ。

 少しの間の沈黙の後、ミリアムは何かを悟った。


「そうか。答えが聞けてよかった」


 ミリアムは言った。

 もはや彼女自身がどんな返答を望んでいたのかも忘れてしまった。が、ミリアムの中で決心がついたことはある。


 ――やはり間違っているのは私か。死ななくてはな。ケースは本物の銃を持っていたはずだから、それで死のう。一般人に手を汚させるのも酷だからな。罰を受けるのは私ひとりで十分だ。


 ミリアムは踵を返し、部屋を出ようとした。


「名前はわからないけれど、私の言い分も聞いてくれるかな?」


 と、パスカルがミリアムを引き留める。


「ミリアム、だ」


「ミリアム。私はクロル家が間違っていると思うよ。子供から幸せな子供時代を奪うなんてあってはならないからね」


 パスカルは言った。

 彼女は反論さえも許さない気迫だった。


「そうだな……私との密会があったとはいえ、ヒルダは虐げられてきた」


「で、私とヒルダに答えを求めたんだ。何か理由があるんだろう? あんたみたいな人を何人も見てきたからわかるんだよ、答えを求める理由がね」


 と、パスカル。

 するとミリアムは答えを絞り出す。


「ちょっとした遺言の遂行だ。クロル家が間違ったことをするのならクロル家を潰してでも止めろと」


「大切な遺言だよね。私もクロル家を潰す気でいるけれど、協力してくれる?」


「……断っても押し切って来そうだな。お前からはそんな圧を感じる」


 ミリアムは顔を綻ばせて言った。


「圧を感じてくれるなんて。よく分かってるじゃない。あんたの味方かどうかは、今言えることじゃないけど確実にヒルダの味方のつもりだから。信じて?」


「信じるよ。私だってヒルダの姉だから」


 そう言いながらミリアムは剣を抜く。あまりにも無意識な行動だったからか、ミリアムは自分のしていることにも気付かない。が、パスカルはミリアムの動きをいち早く察知する。


 剣は透明な壁に阻まれた。少し見れば、虹色に輝く壁が展開されたことくらいわかる。


「……えっ」


 ミリアムは数秒後に声を漏らす。そのとき、ミリアムの脳内には得たいの知れない声が響く。


 ――解任されようが責任ってものがあるだろう。やれ、殺せ。まずはパスカル・ディドロから。次にヒルダ・ニーラントだ。


 声を聞いたミリアムは表情を変えた。


「何なんだ……お前は誰だっ……!」


 部屋の中にミリアムの声が響き渡る。パスカルはミリアムの様子を見て異変に気付く。


「洗脳でもされているの?」


 パスカルは言った。


「……誰だ! お前は! 私の脳に干渉するな!」


 ミリアムはパスカルの声を聞くこともなく。彼女は膝から崩れ落ちた。

 まさに異常だった。ミリアムは脳内に響く声に耳を傾けた。


 ――私は、お前だよ。ミラン・クロルだ。


 脳内の声はミリアムに告げた。


「ミランって、誰だ。私はミリアムだ……ミリアムはヒルダの姉だし……クロル家の……クロル家の……」


 ミリアムは言葉を区切る。

 クロル家に関することの一部を思い出せない。ヒルダとの密会の記憶は鮮明に残っている。婚約破棄された記憶や婚約者を殺した記憶もある。が、その間に空白があることに気づいてしまった。


「わからない……私の空白の記憶を埋めていたものは何なんだ!?」


「落ち着いて! 何があったのかはわからないけど……!」


 我を失ったミリアムを気にかかるパスカル。一方のミリアムはもはや精神崩壊したと言っていい。


「あはは……そうだ……私は、罪悪感をすべてミランに押し付けた。ミリアムじゃ耐えきれない感情も、全部! でも今はもうミランの存在価値なんてない。あはははははッ……私がいたから! 私がいたからケースは死んだ! ケースだけじゃなくて婚約者も死んだしロマナだって解雇された! 全部私が現実を見られなかったせいだ!」


 パスカルにもミリアムにも、向き合えない。

 錯乱したミリアムは剣を持ち直し。


「死ねよ、ミリアム! 道連れだ……ミランの存在価値がないのなら、お前の存在価値もないんだよ! お前なんて、存在してはいけなかったんだ!」


「……そう。なら、私が息の根をとめないと。貴女を救ってあげるから」


 パスカルは斧を手にとってミリアムの頭を殴打した。流血はない。ただ、鈍い音が響いただけ。

 そんなときにヒルダの声。


「パスカル! お姉ちゃ……」


 ヒルダは押し黙る。

 パスカルの前にはミリアムが倒れている。それだけではない。パスカルは斧を握っていた。


「お姉ちゃんに何したの」


「少し、眠ってもらってるだけだから」


 パスカルはできる限り平常心を保って言う。


「信じていいの?」


「うん、信じて。彼女、放っておいたら自殺してしまいそうだったから」


 パスカルは言った。

 このときの彼女は過去に思いを馳せていた。過去に向き合おうとして、救えなかった人物に。


「本当ならありがとう……」


 ヒルダはいつかパスカルがしたようにミリアムを抱きしめた。



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