22 二重人格
ヒルダは無事。パスカルも助かった。
ミリアムは自らの手でケースを殺した後、近くの状況を確認した。自分自身がいなければ事態はより悪いこととなっていただろう。ミリアムはほっとして肩の力が抜けた。
――さて、こんなことをした以上もうクロル家には。
ホテルの廊下を歩き、エレベーターへ向かっている最中にミリアム――ミランは頭を抱えた。
「なんてことが起きてしまったんだ……ケースは私の同志だ。それに、この状況の責任はどうなる。私が責任を取らなくてはならないだろう……本当に取り返しのつかないことになってしまったじゃないか……」
ミランは頭を抱えた。
――考えれば考えるほど意味がわからない。どうして私が返り血を浴びてここにいる? 私は待機するよう命じられていなかったか……? 私はなぜ、ここにいる?
剣を抜いてみた。
その剣は血で汚れていた。それはまるで自分が、ミラン・クロルがケースを殺したのだと語っているかのよう。だが、殺した感覚は覚えていない。ケースは最期にどのような顔をしていたか。何の目的でここに来て、剣に証拠として残ることをしたのか。何から何まで記憶から抜け落ちている。
ミランは己の考えと行動との間にずれを感じていた。ちょっとした矛盾などではない。「ミラン・クロルはそんなことをしない」という絶対的な考えがこの矛盾を生んだのだ。
「違う……やったのは『ミリアム・クロル』だ、私じゃない……!」
と、ミランは呟いた。
そんな彼女の視界に入ったのは切り落とされたケースの生首。何をしようとも、ケース・クロルは何も語らない。彼は『ミリアム』の手で殺されたのだ。
そもそもミランはケースがここにいる理由もわからない。ここに来るに至った経緯も、ケースのほかに誰がここにいるのかも。
「……帰ろう。ケースの死も報告しなければ……私は副長だからな……」
その顔には焦りが見える。わからないことをいくつも抱え、ミランはホテルペイルサンドをあとにした。
そのときの彼女を見る者は、誰もが不思議がっているようだった。
「またやられたんだ、オリヴィア。なんとなくだけど、あんたの弱点はわかってきた」
傷を負ったオリヴィアを見たキルスティは言った。
「もうさ、苦手ってわかってんなら昼間に屋外で戦うのはやめな。傷が増えて私のやることも増える。金をとらないでやってんだから少しは安全に戦ってくんない?」
キルスティの言うことは辛辣だったが、それは事実。オリヴィアは反論することもなく、キルスティの言い分を受け入れた。
「そこまで言わなくてもいいだろう。俺が一歩遅かったのも悪い」
と、晃真。
そんな彼のとなりでキルスティはオリヴィアの傷口を処理する。それはもう、慣れた手つきで。晃真は申し訳なさそうに目をそらし、部屋を出た。
治療が終わると、キルスティは声をかけた。
「戻ってきな。治療は終わったからさ」
その声を聞き、晃真はキルスティたちのいる部屋に戻る。
オリヴィアの傷はなかったことにされているよう。完全に治り、激しく動いても問題がないほどだ。
「ま、反省会はここまでとして。今の状況を確認する。オリヴィアが負けた相手がどこに向かったかは不明ってことで合ってるね?」
「ああ。何か目的があって行動していたのは確からしい。例えば、どこかの襲撃とか」
晃真は言った。
そこにぴんときた様子のオリヴィア。
「念のため、なんだけどさ。嫌な予感がするからパスカルに連絡してみてもいい?」
オリヴィアは言った。
「頼むよ。理由を追求しやしないけどさ」
キルスティがそう言うと、オリヴィアは携帯端末を取り出してパスカルに電話をかけた。出てくれればいいのだが――
「……はい」
電話に出たのはヒルダだった。
心臓がどくん、とした感覚を抑えるオリヴィア。というのも、彼女の中でヒルダは敵の手先ということになっている。パスカルを殺そうとしたのだから。
「パスカルは殺されたの?」
オリヴィアは静かな声で尋ねた。
「ううん、違う。怪我はしているけど、生きてるよ。ミリアムお姉ちゃんが助けてくれたから」
ヒルダは答えた。
が、オリヴィアはそれを聞いてほっとできるわけがなかった。今はひたすら、ヒルダを信用できない。
「じゃあ、パスカルを呼んで。できなかったら私がそっちに行って、あなたを殺す」
「うん……わかったよ。呼ぶから」
ヒルダの声は怯えているようでもあった。味方であったオリヴィアから殺意を向けられたのだ。ある意味当然だろう。
電話越しにオリヴィアの耳に入る、ヒルダの声。パスカルを呼んでいるということはオリヴィアにもわかった。
『オリヴィア? こっちは無事じゃないけどどうにか生きている』
しばらくして、パスカルが電話越しに言った。
「無事じゃないってどういうこと? ヒルダがまた何か――」
『違う。ヒルダの命を狙ったやつが来た。銀髪の剣士が来てくれたおかげでどうにかなったのだけど、少し遅かったら私も死んでいたかもね……』
と、パスカル。
「なるほどね。わかった、これからのこと、もう一度考えないとね」
オリヴィアがそう言うと。
「いや、その必要はない。これからのことは、私が考えた。そうだな……確実にモーゼス・クロルを葬り去る方法だ」
悪だくみでもしているかのようなキルスティ。
彼女の考えと、アナベルの寄越す情報。流れはオリヴィアたちの方に傾いている。




