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20 責任か、妹か

 ケースの敵は音もなく忍び寄る。足止めに成功し、眼中に無かった敵は――


 ケースを襲ったのは突然の背中の痛みだった。


「何だよ……!?」


 そう吐き捨てて振り返るケース。彼がその目で見たのはミランの姿だった。音もなく、気配も感じさせずに忍び寄り、背後からの一撃を加えたのだ。


「お前……ヒルダを殺したのか?」


 と、ミランは言った。


「まだだ。てめぇが邪魔したせいでよ」


 痛みをこらえてケースはさらなる攻撃に移る。いつ撃ったのかもわからない弾丸は鋭い氷の塊となり、ミランを追撃する。

 その様子を目の端でとらえたミラン。剣を持ち直し、氷を切り裂いた。いや、それには留まらない。剣を持ち直してケースへと詰め寄った。


 ケースは焦りを隠せないながらもミランに対応してしまう。なんとケースはもう1丁の銃――片手で扱える程度の銃剣を手にして剣を受け止めた。さらに銃剣ではない方の銃の引き金を引き、弾丸を茨に変化させた。

 ここでのミランの判断も早かった。迫りくる茨に気づいてから剣をまた持ち直して切断を試みる。だが、遅い。


 剣が切断した茨も確かにあった。が、それ以上の物量の茨がミランを襲う。対応しきれなかった方向から伸びてきた茨がミランの脚に絡みつく。

 ミランは両脚を拘束されて逆さに吊られることとなった。追い打ちをかけるように、剣を持った右手にも茨は絡みつく。


「俺が何回撃ったと思ってんだよ?」


 ケースは言う。


「知ったことか」


 ミランはそう返した。


「バラすのも面倒臭え。お前さ、副長としての責任とって銃殺刑ってのは多分確定だぜ。で、そのタイミングについて提案があんだよ。俺は優しいからな。まず、ヒルダの処分の前にここで死ぬ。次に、ヒルダの死体をここに転がして絶望したところでの銃殺刑。最後に、てめえの兄モーゼス様の手での銃殺刑。どれにするか? 好きに選べ」


 ケースは言った。

 彼自身は優しいと自称するが、彼の顔にはミランを見下していることがにじみ出ている。一応、親衛隊の副長として見てはいるが、認めてはいない。副長である資格さえないとでも言っているようなものだ。


「早くしろよ? でねえと、俺が――」


 ケースが感じたのは背後からの殺気。感知させることなく忍び寄ったミランとは対照的な――


 襲い掛かったのはパスカル。斧を振り上げ、ケースの後頭部を殴打する勢いだった。


「邪魔すんじゃねえぞ! ぶっ殺すぞ!」


 声を荒げたケースは壁にめり込んだ弾丸を茨に変えてパスカルの攻撃を防ぐ。パスカルは斧で茨も切断するが、今度は別の茨に斧を絡め取られた。

 パスカルはあっさりと斧を手放した。


「――それで勝ったつもりかな?」


 ケースが振り向かなかったことが仇となった。

 パスカルは蠢く茨を乗り越え、躱し。ケースに肉薄する。そして、拳を叩き込む。やられた方のケースはパスカルの奇襲を受けてのけぞった。が、まだこの空間は掌握している。

 パスカルという脅威を排除すべく、この場にある茨すべてでパスカルを叩き潰そうとする。太い茨を叩きつける。


「クソが! 吸血鬼のなりそこないの分際で粋がりやがってよ! さっさとくたばれっての!」


 そう吐き捨てるケース。

 反抗的にふるまうものの、実際は痛みをこらえているにすぎない。その痛みの中――ケースはパスカルに確かな一撃を加えた。茨がパスカルを押しつぶしたのだ。


「ごめんね、君が望むような人間(都合のいい女)ではなくて。私がそう生まれて――」


 言葉は途中で途切れる。


「クソ……続けんぞ、副長。今思いついたことだがな、クスリ飲んでモーゼス様の相手するってのはどうだよ。正気でいられなくなるヤツを飲んで、だ」


 ふらつきながらも立ち上がり、ケースは言った。


「殺せ……処刑人はお前でいい。だが、私を殺せるとは思うな」


 と、ミラン。

 ケースはミランの言葉の後半を信じることはできなかった。なぜならばミランはほぼ無力化された状態。実際にあの状態から抜け出すことは困難を極めるだろう。

 だが、ミランはその困難をも乗り越える。


 ミランの放つ、イデア使い特有の気配が消えた。生きながらにして消えたのだ。そして次の瞬間。茨は腕力のみで破られた。引きちぎられた。予想の斜め上を行ったミランを前にしてケースは銃口を彼女に向けた。銃殺刑のつもりではあったが――その顔は怯えていた。自分を上回る強者を目の前にしたことで。自分より下だと侮っていた相手が自分を越えたと確信してしまったことで。


「私だってクロル家の生まれだ。それだけじゃないな。お前はヒルダの姉を怒らせた」


 ミランは言った。


「副長としての責任くらいとれよ! 聞いてんのか!?」


 と、ケース。彼がそう言う間にミランはケースとの距離を詰め。

 1秒後にはケースの首はえんじ色のカーペットの上に転がっていた。傷口からは血液が噴き出し、壁や天井、カーペットを汚す。


「責任……か」


 ミランは呟いた。

 責任は確かに、副長『ミラン』にとっては大切なものだった。だが今の彼女にとってはそう大事なものではない。


 ミランはヒルダの無事を確認するために部屋の中に急ぐ。途中、パスカルが倒れているのが見えた。背中が動いていることから、どうやら息があるらしい。ミランは呼吸しやすいようにパスカルの姿勢をととのえて、奥へと進む。


「ミリアム……お姉ちゃん?」


 手錠をかけられた黒髪の少女――ヒルダがそこにはいた。幸い、彼女は無傷。怯えた様子もなかった。


「そうだよ。お姉ちゃんだよ」


 ミランは言った。


 いや、今の彼女はミラン・クロルではない。ミリアム・クロルだ。



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