19 まだ見ぬ人格
ホテルペイルサンド。シンラクロス中心部から少し離れた場所にある青白い壁のリゾートホテルだ。涼しげな青白い壁はセラフの地の砂と同じ素材によるもの。純度が低い、砂ともいうべき鉱石を使ったというだけはある。
独特の色はすぐにケースの目にとまる。
「クソ……まだ痛え……が、このホテルの406号室にいるわけだな」
ケースは言った。
ここに来るまでに妨害こそされたが無事にたどり着いた。あとは悪い子供を処分するだけ。呼吸を整えてホテルに立ち入った。
「……来たか」
その声とともに、予想外の人物がケースを出迎えた。銀色の髪、ホテルスタッフの服。そして、ケースにとって見覚えのある顔と鞘に納められた細身の剣。
ミラン・クロルだった。
「おい、お前も任務受けたのかよ。帰れよ、クソアマ」
ケースは言った。
「任務? 何のことだ? 私はただ……」
と、ミラン。そう言いながら彼女は剣を抜く。
そんな彼女に対してケースは違和感を覚えた。親衛隊の副長を少なくとも5年続けているミランがこのように見えたことはあっただろうか。それが仮に任務をうけていたのだとしても。
実際のところミランは任務など受けていない。彼女がここに来たのはケースを殺すために他ならない。
「ヒルダを助けてやりたかっただけだ。母親が違うとはいえ、妹なんでね」
「可愛げのねえ女だな。それだから婚約破棄されんだよ」
ケースはそう言って手に銃を握る。
それから、発砲。銃弾は何発かミランを狙って真っ直ぐに飛ぶ。一方、そうでない銃弾もある。ミランは向かってきた銃弾を剣で弾く。
――これもケースは狙っている。弾いた銃弾もおそらく。
ケースの弱点は複数のものを同時に操作する瞬間にある。ならばミランはそこを狙う。首を狙えば――
「遅え!」
背後からの追撃。ミランにはナイフが迫る。
だが、死角から迫る攻撃もミランは感知した。距離を弾き出し、近い順に叩き落とす。
空いた。ミランは瞬く間にケースとの距離を詰めた。するとケースは残った弾丸を刀に変えてミランの剣を受け止めた。
「つうか、なんで裏切った。てめぇは副長だろうが。責任はどこいったよ?」
「そういえばそうだったな。悪いね、私はヒルダの姉としての自覚の方が強かったみたいだ」
と言って刀を払う。ガードが甘い今、そのまま斬り込めば勝ちは確定。弾いた銃弾がどうにもならなければ。
銃弾は罠へと姿を変える。罠は自律したかのように動き、ミランを捉えた。彼女の足を挟み、地面に固定した。
ミランの足に痛みが走る。これはトラバサミ。
「そうかよ。じゃあ大人しくしてろ。俺はヒルダを処分するぜ」
と言い残してミランの横を通り抜ける。ミランは剣を振るうが――その切っ先は届かない。そもそも動けないのだから当然だった。
――こんなイデアもあるのか。いや、これがイデアだとすれば……
ミランは剣の一部を見た。刃の一部分だけ色が違う。この部分だけイデア能力を消す作用を持った素材で作られているのだ。
剣を罠に突き立てる。ミランが力を加えると、罠はあっという間に破壊された。
「痛いけど……そんなことは関係ない。ヒルダを助けなくては。私の可愛い妹だから……」
痛みをこらえて足をすすめる。ケースはミランが罠にかかっている間に先に行ってしまった。ヒルダや彼女を拘束した者の抵抗次第ではあるが、時間はそう長くは残されていない。
ミランは階段を駆け上がった。
ケースは目的地にたどり着いた。604と書かれたプレートがドアの横に貼られている。施錠されているようだがそんなことはケースには関係ない。ケースはドアに向けて発砲。弾丸は爆発し、ドアが破壊される。
「何事!?」
部屋の奥から女の声がした。
「ヒルダ以外は抵抗しなけりゃ生かしてやる」
ケースはそう言って部屋に押し入った。
リゾートホテルの一室は一瞬にして修羅場と化した。ケースの声を聞くなり、パスカルが彼の目の前に現れたのだ。
「そんなこと、聞くとでも思っているの?」
パスカルは言った。
「じゃあてめぇは俺の敵か。死ねよ」
ケースはパスカルに銃口を向けて引き金を引いた。そこから放たれる弾丸は触手のようなものへとかわる。パスカルはその動きを見切って斧を振るう。
「無駄だから」
その声の直後、斧が触手に触れた。すると触手は斬られ――いや、消された。
ケースは目を見開いた。弾丸を変化させてしまえばこの近くの空間を支配したも同じ。ケースはそう思っていた。
パスカルはケースの動揺の隙をついて懐に飛び込んだ。この距離ならば、銃より斧が速い。が、パスカルの攻撃は大振りだ。
軌道を読んで斧をかわす。その直後に引き金を引く。
「まだ、出せんだよ。この部屋は全部、俺の支配下だ……!」
弾丸は分裂し、棘だらけの壁となる。この変化に気づいたパスカルはすぐさま壁を破壊しようとする。だが斧は得体の知れない何かに阻まれた。
パスカルはその正体を知って眉根を寄せた。
オリヴィアの生首だった。
斧での攻撃を受けた部分からは痛々しく血が流れていた。
それを見たパスカルは動揺と罪悪感から攻撃の手を止めた。
「へへ……勝ち確だな?」
ケースは足を踏み込み、パスカルの首を斬り落とさんと刃物を振り上げた。そんなときだった――




