18 三すくみ
「強引に連れ去っては君を殺してしまうかもしれない」
ルートビアは言った。
やはり彼は敵だ。オリヴィアはそう確信した。致命的な一撃こそ防いでくれたが、そこには仲間としての感情などなかったのだ。
「わたしが抵抗したら?」
と、オリヴィア。
「どうせお前がその能力に頼りきり、昼間は弱体化することは知っている。今の状況と俺の能力を考えてみたらどうだ?」
「……なんで知ってるの。気持ち悪。そんなに連れ去りたいのって、どうしてなの」
言葉はこれ以上出てこない。ここ最近浮かぶ記憶から、オリヴィアはロムへの不信感を抱き始めていた。それに加え、あの記憶にはロムだけでなくルートビアもいた。
あの記憶は何だ。わからない。そんな記憶がオリヴィアの精神までも蝕み――オリヴィアは意識を失った。
「ということだ、銀髪野郎。こいつは俺が連れて行く」
「おう、勝手にしろや」
ルートビアはオリヴィアを抱きかかえてその場を去る。ここで任務が完了した、とルートビアは確信していた。が、任務はまだ終わってなどいない。
ケースとはまた別の気配が近づいている。ケースと同程度、いや、彼よりも厄介かもしれない相手だ。
「オリヴィア……!?」
青年の声。
ルートビアの腕の中で眠るオリヴィアを見つけたのは晃真だった。意識もなく、血の滴るオリヴィアはなんとも痛々しい様子だった。出血が止まったとして、果たして生きていられるのか。
助けなくては。晃真は考えるより先に行動していた。
ちょうどルートビアの進行方向にいた晃真。彼の目の前に飛び出してイデアを展開。両手が熱の塊に覆われる。まずは足止めのために地面にむけて熱の塊を放った。
晃真の予想通り、ルートビアはその足を止めた。
「どけ。オリヴィアを連れ帰らなくてはならないのでな」
ルートビアは言った。
「そうはさせない。オリヴィアは俺の……」
「お前の何だ? 婚約者かな? その類の男ならロムがいくらでもあてがってくれるだろうが」
「恋人だ。目を覚ました時に確認してみろ、俺のことを恋人だと言うはずだ」
晃真は言った。目の前の相手はオリヴィアのことを仲間と言ったところで通じる相手ではない。それは晃真にも直感的にわかった。
晃真が「恋人だ」と言うと、ルートビアは目を丸くした。
「こいつは驚いた。オリヴィアは男の方に興味がないと思っていたが、なるほど。これは少し酷なことをするな。だが、いずれ会える」
ルートビアはそう言うと、晃真の周囲にイデアを展開した。すると晃真の両手から熱の塊が消える。ルートビアの前に放ったものも消えている。戸惑う晃真をよそに、ルートビアは涼しい顔で通り過ぎる。
このとき晃真は気づいた。晃真はルートビアの手である空間に閉じ込められた。そして、その空間はイデアの展開を許さない。
晃真は空間を仕切る壁に近寄った。そのまま通過しようとしたが――晃真は弾き飛ばされた。壁は人が通ることも許さない。今度は壁を叩いてみる。相当頑丈なのだろう、ドアを破壊する勢いで壁を叩いても壁はびくともしない。やはり素手で破壊できるものではない。
「無駄だ。素手で破壊できるような強度じゃない。確かにここを破壊した人もいるがな」
と、ルートビアは振り返りざまに言う。それほどまでに強度に自信があるらしい。
対する晃真は壁の正体に見当をつけ。晃真は血のにじんだ包帯をポケットから取り出した。
――キルスティいわく、この布は面白いことができるらしい。炎を受け止めることも、止まった時間を強制的に元に戻すこともできる。ここで俺は考えたよ。これでこの壁を壊せはしないか?
晃真は仮説を胸に、包帯を拳に巻いた。
それから、殴る。すると壁は驚くほどにあっけなく破壊された。それはもう、ガラスのよう。確かに晃真も力を込めて殴ったが。
――足止めだけでは不十分だとわかった。いかにオリヴィアを傷つけずにつれ戻すかだが。
そう考えながら走り出す。
ルートビアとの距離は少しずつ縮まる。彼も走っているのだが、晃真の身体能力が圧倒的だったのだ。
晃真がルートビアのすぐ後ろにせまったそのとき。晃真はルートビアの服の襟をつかんだ。それから、首を絞める。これでルートビアは気を失った。
「オリヴィア! 大丈夫じゃないよな……すぐにキルスティのところに連れて行くからな。もう少し耐えてくれ」
晃真はオリヴィアにそう話しかけてから抱きかかえる。
キルスティのいる場所までの距離はそう遠くない。オリヴィアは助かると確信し、晃真は走り出す。
道中、オリヴィアの身体がぴくりと動いた。それに気づいた晃真は速度を落とし、オリヴィアの顔を見る。彼女の目はうっすらと開いていた。
「晃真……?」
オリヴィアは呟いた。
「ああ、俺だよ。生きててよかった。傷が開くからしばらく大人しくしててくれ」
「うん。ごめんね、晃真が来るまで耐えられなくて。せめて夜だったら……」
「話は治療の後でいい。それにあんた一人をキルスティのところに連れて行くくらい、楽勝だ」




