13 拷問の目撃者
「――ふっ!」
エミーリアは素手で見えない打撃を受け止めた。そして。
「それがどうした?」
見えないものが見えているかのように、エミーリアはそいつを叩き潰す。
「いるんだろう? なあ、そこにいるバックパッカーさんよぉ」
「驚きましたよ。僕を見抜いた上に僕のイデアをねじ伏せるんですから。貴女、熊かゴリラですか?」
バックパックを背負った紫髪の青年は言った。
エミーリアでなければ気づかなかっただろう。旅行者のような格好をして、携帯端末を使って。しかもいる場所は旧シンラクロス付近。その姿はまさにバックパッカーだ。
「初対面の人間捕まえてその言い方はないだろ。いいか? 私はエミーリア・カレンベルク。ゴリラでも熊でもないんだよ」
と、エミーリア。
「よく言いますよ。ダンピールが人間のふりしてるくせに。そこまで認められたいですか?」
青年――ロドルフ・クロルは薄ら笑いを浮かべてそう言った。物腰こそ柔らかいものの、彼はエミーリアを。ダンピールを見下していた。
彼の言うことが挑発にすぎないことはエミーリアわかっていた。が、彼女はその挑発に乗った。
「裏でコソコソ人殺ししてそうなお前よりは人道的にやってるつもりだがねぇ?」
その言葉とともロドルフとの距離を詰めるエミーリア。半分まで展開したイデアを両手の拳に集めて、叩き込む。が、その拳はロドルフには届かない。拳は見えないものに受け止められた。
――感触は人間に近い。透明人間か?
エミーリアがそう予測したとき。ロドルフはエミーリアと再び距離を取り。
透明なものは複数いた。それは後ろから回り込み。エミーリアの隙を見て攻撃を叩き込む。ガードなど、間に合わない。
エミーリアは攻撃を受けて吹っ飛ばされる。赤レンガの家の壁に背中から叩きつけられた。が、エミーリアはその程度で怯むこともない。背中の痛みも感じずに立ち上がり。
「軽いね。透明人間だからパワーを削ったのかい?」
返事はない。加えてロドルフの姿も消えた。
透明な敵の襲来にも備えたが、攻撃は一向に来ない。ロドルフはエミーリアとの相性が悪いと悟り、撤退したようだった。
「……やれやれ。逃げたか。決定打を撃ててないあたり、相当不利だったんだろう。私には関係ないがね」
エミーリアはそう呟き、イデアの展開を解いた。そんなとき、彼女が感じたのは覚えのある気配。異質なイデアを扱う少女の気配。
――これはどんな風の吹き回しかねぇ。オリヴィアはパスカルと合流するとのことじゃなかったか。
「ほんとだ、エミーリアだ」
その声がエミーリアの耳に入る。
エミーリアが振り向いてみればそこにいたのはオリヴィア。シンラクロスの駅で別れたときとほとんど変わらない姿のまま、そこに立っていた。
「オリヴィアじゃないか。どうかしたかい? パスカルに裏切られたとか、パスカルが殺されたってことがあったのかい?」
「裏切りはあったけど……パスカルじゃない。パスカルと一緒にいたわたしの仲間……ヒルダが裏切ったの。ヒルダのバックのこともわかったから、協力してくれない?」
と、オリヴィア。
「待ちな。ヒルダのバックにいるのは誰だい? 相手次第じゃあ協力はできないねえ」
「バックにはクロル家がいる。クロル家の当主は、わかるよね?」
オリヴィアは確認するような口調で言った。
「わかるとも。そりゃ、協力を断る理由がないねえ。カナリス・ルートだろう? いつ攻撃しようか」
エミーリアは答えた。
「できるだけ早い方がいい。クロル家は、取引と接待のためにここに来ているにすぎないから」
「面白い情報じゃないか。ついて来な。晃真もキルスティも中にいる。ちょいと血生臭い現場を見ることになるがね」
エミーリアはそう言うと、オリヴィアとともに件のゲストハウスの中に入った。
ゲストハウスは木造で質素だったが、掃除は行き届いていた。とはいえ、屋内に足を踏み入れると血と薬品の臭いが漂ってくる。オリヴィアにとってはそれなりに慣れたものであったが――それが拷問によるものであると気づいてオリヴィアは眉根を寄せた。
「キルスティ。協力者だよ」
エミーリアはひときわ血の臭いが強い部屋のドアを開けると言った。
その部屋にいたのはキルスティと拘束された2人の男。そのうちの1人は体のあちらこちらから血を流しており、左脚の足首が切り落とされていた。
「ああ、誰かと思えばオリヴィアか。まさかこんな早く来てくれるとは思ってなかった」
と、キルスティは言った。
彼女の頬には固まった血がついていた。どうやら拷問するときに血がついたのだろう。
「ええと、何してるの。そこの2人は親衛隊みたいだけど」
オリヴィアは尋ねた。
「情報を吐かせていた。何のために旧シンラクロスを襲撃したのか、とかカナリス・ルートとの関係とか。それにしてもこいつら、精神から強いね。全然情報を吐きやしない」
キルスティは答えた。
「命よりも大事なものがあるんじゃないの? たとえば、面子とか。もし拷問を続けるなら、今度は尊厳に訴えかけるものにすれば……ごめん、忘れて。これはロム姉が言ったことだから」
と、オリヴィア。
彼女の言ったことがエミーリアには奇妙に映る。オリヴィアはなぜ、そのようなことを教える相手を探したいと思うのか――
「なるほど、尊厳ね。やんないけど。そんなことをすれば必要以上に私の株を下げてしまう」
キルスティは言った。




