11 罪と罰
大惨事だった。
オリヴィアやパスカルが介入しても被害は大きかった。
あのあと、パスカルと合流して情報を共有した。そこでわかったのは村長の死。混乱の中、抵抗したものの何者かに殺されたようだ。銃創はなくても不可解な傷があった。
村長の遺体を前にして、パスカルは言った。
「杏奈の手を借りてあの子たちを逃がすことには成功した。とりあえずスラニアじゃなくて春月に向かってる」
淡々とした口調は不甲斐なさを抑え込んでいるよう。
「知ってるかな、神守杏奈って」
「知ってる。わたしを一人にした極悪人でしょ」
と、オリヴィア。
そう言われるとパスカルは何も言えずに目をそらした。
「……まあ、これからのことを考えよっか。旧シンラクロスはこの通り。鮮血の夜明団も何者かに襲撃を受けている」
パスカルは言った。
「ここを襲撃した奴らの頭を叩きたい。見たところ、襲撃者の後ろにまだ何かいる。最初にここに来たやつも、命令されているみたいだったから」
と、オリヴィア。
「そんなことをしては貴女も恨まれてしまう。よく考えて、ね?」
「恨まれることならこれまでにしてきたよ。だからね、わたしはそれでいい。それにわたし達、ダンピールだから襲撃者にまたいずれ命を狙われる」
オリヴィアは答えた。
「そこは知らなかった。ダンピール殺しの組織に心当たりはあるけど、どの系列?」
「クロル家とその血族の親衛隊」
「そう来たか……思いのほか強敵を引き当てたのね」
パスカルは声を漏らす。
「うん。話が通じる相手じゃないってことはわかったし、やるしかない」
と、オリヴィア。
「私は、気持ちの整理をつけるよ。ヒルダをその闘いに参加させるのは気が引けて。あの子、まだ12歳だから」
パスカルは言った。そんな彼女も関わっていた組織を知って覚悟を固めたようだ。
戦いを避けることはもはやできない。事態は少しずつパスカルの望まない最悪の事態に近づいている。
ヒルダがやって来たのはシンラクロスの別荘。青い屋根の建物の前でヒルダは震えていた。
恐怖。それだけがヒルダを支配していた。
パスカルやオリヴィアの前の無邪気なヒルダは、ここにはいない。
彼女は別荘に足を踏み入れた。
「来たか、ヒルダ。情報提供は感謝しているぞ」
別荘のリビングで待っていたのは銀髪で頬に傷のある男、フォンス・クロルだ。彼こそがヒルダの恐怖の主な原因。
「はい、ありがとうございます……」
ヒルダの声には覇気がない。
「役立たずの出涸らしと思っていたが存外役に立つものだな? ヒルダ・クロル。お前の兄は皆金髪のクソアマに殺されたぞ」
声をかけられるヒルダは相変わらず震えていた。対照的にフォンスはニヤニヤと笑う。
フォンスの言及する者がオリヴィアと予想できることでヒルダの抱えるものは大きくなった。現実はいとも簡単にヒルダの心を殺しにかかる。
「フォンスさーん、かわいそうっすよ。ヒルダちゃんはヒルダちゃんなりにできることを模索してるんすから」
ニヤニヤと笑いながら言う、ケース。彼は彼でソファに座って緑色の飲み物を飲んでいる。
「そうだったな。偉いぞ、ヒルダ。扱いがマシになるよう、本家に掛け合っておこうか」
と、フォンス。
――嬉しくないよ。だって、あたしのせいで。オリヴィアもパスカルも辛い思いしてるでしょ。あたしが親衛隊を予定より早く呼んだから。
頭を撫でられても嬉しくは思わない。ヒルダの中には自責の念があったから。
「お、そうだ。パスカル・ディドロは殺せたか?」
さらに追い討ちをかけるようにケースは言った。
殺したと嘘をついたときのこと。殺せるチャンスを逃したと言ったときのこと。その両方を考え、ヒルダは黙りこむ。
「ちゃんと答えろよ。パスカル・ディドロは殺せたかって聞いてんだ」
ケースは言った。
「ガードが……堅すぎて殺せません」
「お前が弱いからだな。情報提供には感謝しているがやはり戦闘力は駄目か」
と、フォンス。
しかしフォンスは少し考えて何かを思い付いたようで。
「毒でも盛ればいいじゃないか。ダンピールは毒に強いとは聞くが量があれば殺せる。お前が焼くパウンドケーキでも入れてみろ。毒をカプセルに入れてな」
「いい考えっすね! これなら弱い出涸らしのヒルダちゃんにもできることじゃないっすか!」
食いぎみに答えるケース。
「だろう? ということだ。頼んだぞ、ヒルダ。お前ならできる」
期待と皮肉を込めてフォンスは言った。
「やります。やらないと……あたしがパスカルを殺します」
ヒルダは震えた声で答えた。
――ごめんなさい。パスカルはあたしに優しくしてくれたけど、あたしはそれを裏切ることしかできない。殺すなら、殺して。それがあたしへの罰になるなら。




