10 死の擬人化
400ほどの軍勢にたった一人で立ち向かうなど、よほどの強者でなければできないだろう。相手が相応の実力者の集団であればなおさらだ。
「悪いな。少し介入させてもらうよ。同僚としてこれは見過ごせなくてね」
親衛隊の部隊を挟んだ反対側に立っていたヨーラン。そんな彼はピンクで甘めの雰囲気のワンピースを着ていた。これも正体がばれないため。そして。
――勝負服にしたと言えばあいつも喜んでくれるだろう。
ちょうどヨーランの足元に影が広がってきたときだ。ヨーランはイデアを展開し、部隊の中に斬り込んだ。影による攻撃を回避し、近くの隊員の首を手当たり次第切り落とす。影が取りこぼした隊員を惨殺する。その姿は死を擬人化したもののよう。
「な、なんだお前はっ!」
そんな声が上がるももう遅い。ある程度は対応されるまでに首を落としていたのだ。
ナイフや剣、銃での反撃も回避してまた一人、首を落とした。さらに、金色の美しい髪を振り乱して隊員に肉薄。今度は心臓を一突きにする。
「別に答える必要はない」
死体が転がる中でヨーランは言った。
その瞬間に彼の後ろに展開される棺。その棺が開くときだ。
「死に踊れ」
その言葉とともにヨーランの四肢の末端が黒く染まる。
棺が黒い粒子が飛び出したと思えば、それらが部隊の男たちに襲いかかる。それに加えてヨーラン自身もだ。先程とは比べ物にならない勢いで隊員は殺される。
ヨーランは止まらない。
400人ほどいた部隊の隊員はみるみるうちに切り殺され。
「まずいっすね……こっちからも荒らしにかかられると」
部隊の中から現れる銀髪の男――ケース。ヨーランの斬撃を見切り、銃剣で細身のサーベルを受け止めた。
「誰か知らねえが邪魔すんじゃねえ、殺すぞ」
と、ケース。
「殺してみるといい。が、『私』は何度でも立ち上がる」
ヨーランはそう言うと、銃剣を振り払う。だがケースもそれだけでは怯まない。
「あ?」
ケースは銃剣の引き金を引いた。その直後まで、ヨーランは油断していた。
銃剣から撃ち出された弾丸は空中で動きを止めた。ヨーランはこれがケースの能力だと気づいたがその時にはもう遅い。空中の弾丸はすべて刃物に変わり、ヨーランに襲いかかる。
「物腰に反して器用な真似を……」
と言ってヨーランは再び棺を開いた。そこから伸びる青白い手が刃物のほとんどを棺に取り込んだ。が――棺は破裂する。
銃剣も近くの刃物もすべて消えたと思えば、ケースは本物のバタフライナイフを抜いてヨーランとの距離を詰めた。サーベルこそ持っているがヨーランは丸腰。その隙を狙ってケースは首筋を狙った。
「おら、さっさと死ねよ。てめぇは殺してみろっつってただろ?」
と、ケース。
彼は同時にバタフライナイフで首を切り裂いた。そこから噴き上げる血液。ここでケースは異変に気が付いた。血液はおおよそ生者のものではないほどに黒い。まるで死体のよう。
そしてヨーランもまだ生きている。生きて、その青い双眸をケースに向けた。
「また死ねなかったか。そうだな、『私』でなければ殺せていたぞ」
と、ヨーラン。
反撃開始、とばかりにイデアを再展開する。ここから黒い粒子をその身に纏い、今度はケースに詰め寄った。その両手は死体のように黒く染まり。
対するケースも銃剣を持ち直した。引き金を引いて弾丸を撃ち出すと、ヨーランのサーベルを受け止めた。
「なんで殺しても死なねえんだよ。気持ち悪い」
ケースがその言葉を発したとき、弾丸は縄と化した。さらに彼は力任せにヨーランを弾き飛ばし。
「……そうか」
ヨーランが何かを悟ったとき、縄が彼を縛り上げた。だが。ヨーランはそれでは終わらない。
彼の背後に展開された棺が開いて青白い手が伸びる。この対処法としてケースが選んだのは、炎。青白い手から逃れるように距離を取りその間に引き金を引く。弾丸は炎に変わり、そのままヨーランに向けて放たれた。
跡形もなく焼いてしまえばいい。灰から人は蘇らない。灰から現れるゾンビなどいない。
ケースは勝ちを確信し、口角を上げた。
「おい、ケース。撤退するぞ」
そう言ったフォンスは焦っていた。
「何があったんすか。俺、もう燃やしましたけど?」
「そういうことじゃない。部隊が壊滅しかかっているんだぞ! もうほんの少しの精鋭しか残っていないんだ、わかるか?」
「誰がやったんすか。親衛隊は強いんじゃないんすか?」
と、ケース。
「それ以上に強い敵が来た。つべこべ言わずに撤退するぞ。黙って俺に従え!」
フォンスはケースを黙らせた。
実際、このときにはフォンスやケースに影の手が襲いかかり。フォンスはバタフライナイフで影を切り裂いた。
「クソッ……」
ケースはそう吐き捨てて撤退に入る。
迫る黒い影の手を切り捨て、町から離脱する。明るい方に向かえば下手に攻撃されることはないだろう。
不満を抱えながら離脱するときだった。
「――地獄の業火に比べれば全然ぬるい。ぬるすぎる」
その声とともに迫る刃。銀色の切っ先がケースの顔を掠めて髪を切り落とす。
ヨーランは生きていた。今、身体中が燃えながらも立っている。
「クソが……なんで死なねえ!」
ケースは向き直るが――フォンスはケースの首根っこを掴んだと思えば身体を抱えてその場を離れる。戦うことは選ばなかった。
「落ち着け。また殺せばいいだろ」
フォンスは言った。
「……またっていつっすか。俺勝ってましたけど?」
そんなものは負け惜しみだ。
ヨーランを殺せなかったというのに勝っていたと錯覚している。あまりにも滑稽だった。
「オリヴィアか。夜だとここまで戦えるとはな」
体のあちこちを焼かれながらヨーランは呟いた。少し離れたところにオリヴィアはいる。屍の中に佇み、撤退する親衛隊を見届けているようだった。
「まあいいか、俺は回復に専念する。回収はエレナかアポロに頼むか」
棺の蓋が閉じた。




