9 終わりが見えた頃
オリヴィアはとりあえずと思い、町中にイデアを展開した。夜だからこそできるこのやり方で状況を確認する。オリヴィア、パスカルや他の戦闘員の活躍もあって、どうにか鎮圧できそうではある。だが、被害は大きかった。敵の遺体にとどまらず、町の住人の遺体も転がっている。一体どれくらい生き残れたのだろうか。
一方で、ミランが退却を決めてもほとんどの襲撃者たちは徹底抗戦を決めていた。少しでも多く殺し、奪うためか。オリヴィアが見た限りではそうにも見えない。オリヴィアが襲撃者を殺しても怯むどころか反抗するかのように士気が上がっている。
「オリヴィア」
アナベルは言った。
「うん。とりあえず見えたものは見えたかな。首魁が退いたとはいえ、生きてるやつのほとんどが徹底抗戦って感じ」
オリヴィアは答えた。
「ふうん。じゃ、ちょっと待っててね。すぐに戻るから」
アナベルはオリヴィアが答える暇も与えず、その場から消えた。残されたのはオリヴィアだけ。今度は仲間の様子を探ることにした。
まず、パスカル。
どうやら彼女は町の安全な場所から住人を逃がしていた。全員とはいかなかったが、それなりの人数が逃げている。あとは見つからなければいい。
次に、ヒルダ。
最初に夜襲を起こした彼女は案外近くにいた。走り回って疲れたのか少し息が上がっているようだ。そんな彼女には返り血がついており、激しい戦闘の後だとも見ることができる。今はヒルダと合流するべきか。
「……いや、私から動く必要はないかも。ヒルダがこっちに向かってきてるから」
そう呟くと、オリヴィアは展開範囲を狭めた。
「オリヴィア! 無事みたいでよかった!」
建物の陰からヒルダが現れた。彼女の姿は影のイデアを通して見たときと変わらない。
「ヒルダこそ。その血は、ヒルダのではないよね?」
「もちろん! あたしに油断して襲ってきたやつらの血だよ!」
ヒルダは勲章を見せるかのように血のついた服を見せつける。その無邪気さは逆に恐ろしい。パスカルのもとにいながら、人殺しに慣れているようなのだ。
――わたしは今、はじめてヒルダに恐怖を覚えた。この子は一体何? パスカルがそんなことを教えないよね?
オリヴィアはふと考えた。
パスカルの本性が危険な人か。ヒルダは別のどこかと繋がっているか。オリヴィアが考えたのはその二つ。
「どうしたの、オリヴィア。何か考え事?」
と、ヒルダ。
「そんなに大したことじゃないと思う。ちょっと襲撃の理由を考えてただけだから」
「うーん、理由かあ。あたし、わかんないよ? でも撤退命令を無視しろとか聞こえたからなんか向こうも訳ありじゃなーい?」
「それは首魁の様子を見ても分かった。だってあの人、襲撃して直接人を殺してないし悲しそうな顔だったから」
オリヴィアは言った。
「へー。とにかく、襲ってきたやつを殺せばいいのはわかったよ。だって命令聞いてないみたいだし?」
と、ヒルダ。さらに彼女は。
「じゃ、あたしはまたそいつらを殺してくるからね!」
と言ってその場を去った。
その時になって気付くオリヴィア。
ヒルダは精神的にも参っているようだ。それもそのはず、12歳の少女がこの状況で人を殺し、殺される場面を見た。元気そうに振る舞っても所詮は空元気でしかなかったのだ。
とはいえ、ヒルダはもうここにはいない。追いかけようにも、ヒルダは足が速いのでオリヴィアに追い付けるかどうかはわからない。オリヴィアはとりあえず近くにいる襲撃者を助けようとイデアの展開範囲を広げた。彼らが多い場所に行けば効率良く殺せる。
イデアを通して見た町中は先程とはあまり変わらない。アナベルやヒルダの動きはあるが、変わるのはこれからだろう。
オリヴィアは身構えた。
だが、そんなときに感じた新しい気配。
「誰……」
オリヴィアは振り返って呟いた。
そこにいたのは襲撃者とは違った服装の武装集団。エンブレムこそ同じだが、気配は襲撃者たちよりも禍々しい。
「やっぱダメっすね、指揮を彼女に任せたのは」
新手の武装集団の一人が言った。
「そうだな。やはり女は使えない。なんで誇り高き親衛隊にあいつを参加させたのやら。できて慰み者になるくらいじゃないか」
少し服装の違った銀髪の男がそう言った。
この男、フォンス・クロル。彼らの言う親衛隊の隊長だ。何かに悩むような顔つきのミランとは対照的にどこか得意げな様子。
「ジジイの圧力っすよ。ま、ここにいるダンピールは皆殺しってことですよね?」
フォンスの隣にいた男の声を聞き、オリヴィアの肩がぴくりと動く。
――殺される。その前に殺さなくては。
「ああ、ケース。派手にやれ。総長命令だ。どうせ売女どもの集まりだ、最終的に殺すなら好きにして構わん」
「ういーっす」
と、ケース。
始まる。オリヴィアは身の危険を感じてイデアの展開範囲を変える。標的は新たな武装集団。実力から皆殺しにできるとは限らないが、できる限り殺す。
「お前たちはっ……この世に存在してはいけない」
オリヴィアがそう呟いた瞬間――血の花が咲いた。その仕掛人はどうやらオリヴィアだけではないようだった。部隊の半分が即死し、残りの部隊は分断された。
仕掛人の正体はオリヴィアもまだ知らない。




