7 相棒のために
靡く赤髪。十字の髪飾り。その手には斧を握りしめている。
パスカルが来たらしい。
「誰だ、お前」
「ダンピールだよ。そのところから見ると、前に私たちを閉じ込めた人かな? エヴァリュエートの調査拠点でさ」
斧を片手にパスカルは言った。
「正解だ。尤も、お前の答えが正しかったところで意味はない――」
ルートビアがそう言った瞬間。パスカルはルートビアに肉薄して斧を振るう。対するルートビアは斧での一撃をかわし、距離をとる。パスカルが近付けないあたりで拳銃を抜き、パスカルに向かって発砲。だが、銃弾はいとも容易く弾かれる。打ち落とされたのではなく、壁に弾かれたようだった。
ルートビアが戸惑ったところにパスカルは再び距離を詰め。
「あなたが何者なのかには興味ない。オリヴィアを解放してくれるかな?」
そう言って斧を振り上げる。
鈍く輝く斧はいつでもルートビアの命を刈り取ることができる。
勝てない。閉じ込めることができなければ、所詮ルートビアはこの通りだ。
オリヴィアを揺さぶっていたときから一変。ルートビアは焦りを覚えた。パスカルを閉じ込めたら今度はオリヴィアが野放しになる。野放しになったときの脅威度は、ルートビアから見ればオリヴィアの方が上だ。
「……断る。オリヴィアはここにいるべきじゃないんだよ。わかるか? こいつの過去は――」
「その過去を知ったうえで一緒にいるわけだ。大切なのは今と未来。その意志があれば人は変われるんだ。たとえダンピールや吸血鬼だろうと。皆、本質的には人間と同じ。話はここまで」
パスカルはそう言ってオリヴィアの閉じ込められている方に向き直り、斧を壁に叩きつけた。
オリヴィアを閉じ込めていた壁は砕け散る。
「おい……それだけはやっちゃいけねえ――」
「戦いに決まりなんてないよ。戦いに参加した時点でどちらも悪人なんだから。オリヴィア、あなたは新シンラクロス側に行って。こいつらの首魁がいる」
オリヴィアを解放したパスカルは言った。
彼女の近くには、確かにオリヴィアの展開したイデアがある。足元にも、近くにいるルートビアの近くにも。ルートビアはこの影のせいで動けない。動けば殺される、そう感じているから。
「わかった。首魁はどんな人?」
オリヴィアは聞き返す。
「銀髪の美男子。服装はこの武装集団とは違う、スーツ姿。武器はおそらく剣」
「うん、行ってくるね」
オリヴィアはそう言ってその場を去る。が、影はここに取り残されたまま。夜であればオリヴィアのイデアは町一つ覆えるくらいの範囲で展開できる。
「逃がすか……!」
ルートビアはオリヴィアの後を追おうとしたが。
彼の前にはパスカルが立ちはだかる。オリヴィアのような殺人的な能力はなくとも彼女には磨き抜かれた肉体がある。
パスカルは再び斧を振り上げた。
「閉じ込めてしまえばお前を撃つことくらい簡単なことだ」
と、ルートビアは呟くと銃口をパスカルに向け。それと同時にパスカルとルートビアを包むようにして彼の能力が発動した。
それはパスカルとルートビアを大きな箱のようなものに閉じ込めた。そして――パスカルは壁を展開できなかった。
――ここはイデアを展開できないってことか。
パスカルが気づいたとき。銃弾は脇腹を貫いていた。傷口から流れる血の感覚を覚えながら、パスカルはルートビアから距離を取る。
射線を遮るものはない。ここで撃たれてしまえば命も危ない。
ふと、パスカルの目に入ったのは地面の様子。地面を這う影――オリヴィアのイデアは当然ながら壁のようなものに遮られていた。が、その壁はどうやら地面にそった形でも展開されていたらしい。
パスカルは痛みをこらえ、斧を地面に叩きつけた。
「もう一度、撃てるものなら撃ってみるといい」
と、パスカル。彼女がそう言ったとき、ルートビアの展開したイデアはすでに瓦解していた。
対するルートビアは斧の持つ性質に気づいていた。斧は攻撃したイデアを無効化する。イデア使いにとっては相性の悪い代物だった。
「なるほど……」
ルートビアはそれだけを言うと、引き金に指を添えた。彼には撃つ覚悟があるらしい。
銃声。
パスカルが壁を展開する。
ルートビアがパスカルを壁ごと閉じ込める。壁が消失する。
そこに禍々しい気配が乱入する――
「誰だ!?」
ルートビアがそう言った瞬間――彼は地面に押し倒されていた。彼が上を見てわかったのは、水色の髪の女がいるということ。
「さあね。それよりさ、パスカルとかロムとかクラウディオ知らない?」
彼女は平然とそう尋ねた。
戸惑うルートビア。さらにあの箱の中のパスカルも気づいていたようだ
「アナベル……なんでここに」
「なんだ、パスカルじゃないか。心配したんだよ、いろいろと」
アナベルはルートビアを抑えつけたまま言った。
「なんだじゃないから。ここに来た理由はきかないけどことを大きくするのはやめて」
と、パスカル。
「別にそのつもりはないんだけどね。いや、刈り取りたい相手を探していたんだよ。モーゼス・クロルっていう、ね? この武装集団は彼の私兵なんだろう?」
アナベルは言った。すると、ルートビアは顔色を変える。
「聞いていたのか……あれはオリヴィアと俺だけの……」
「いいことを教えてあげよっか。オリヴィアはね、私の相棒だよ。相棒なんだから、彼女に関することをよく知る権利はあるはずだ」
ルートビアの言葉を遮ったアナベル。しかも彼女がそう言った意図は誰も理解できていない。
当のルートビアは未だにアナベルに抑えつけられて動けない。抵抗はするが、それ以上にアナベルの力が強い。
「とりあえず、あんたがよくわからない人だと再確認できて何よりだよ。ここで頼まれてほしいけど、襲撃から住民を守るのを手伝ってくれる? あんたが強いってことは私もわかっているから」
と、パスカルは言った。
「オリヴィアがいるし、いいよ♡」
アナベルはそう答えるとルートビアの首を絞めた。彼が気を失ったのを見計らいアナベルはオリヴィアが向かった方へと走り出した。




