6 夜襲
――ごめんなさい。せっかくよくしてもらったし友達もできたけど。やっぱり私はここにいられない。全部終わったら、私を殺してもいいから。だから、今だけはやらせてください。
「ごめんね」
何事もなく穏やかな一日が終わると、誰もが信じていた。だが、夜を狙って襲撃者はやってきた。
旧シンラクロス側に立ち入る武装した男たち。ダンピールの家を見るや否や、窓を割って中に入った。そして――銃声。床には血の花が咲いた。
この騒ぎに気付いたのはヒルダだった。ヒルダはオリヴィアを揺すってお越し。
「オリヴィア! 大変だよう!」
意識の外から聞こえるヒルダの声に、オリヴィアは目をさます。ヒルダは焦ったような調子。さらに外には銃を持った男たちがいる。
ただ事ではない。オリヴィアはすぐに飛び起きた。
「パスカルも起こさないと……」
と、オリヴィア。
「パスカルは私が起こしてくる! えっと、早く避難してもらわないと!」
「そうだね。パスカルの方はよろしく」
オリヴィアはそう言うと寝間着のまま――ワンピース1枚だけを着て外に出た。
それはまさに騒ぎの序章だった。
家のドアや窓を破壊して男たちは家に入る。その中で起きていることはおそらく殺しと略奪だけには及ばないだろう。ダンピールの容姿に言及するような声が聞こえたことからして。
「お前たちみたいなのは……この世界に存在しちゃいけないんだ……」
オリヴィアは呟いた。
それと同時に広がる影。その影から現れた黒い手は無慈悲にも男たちを切り裂いた。
「弱い人たちを狙うの?」
オリヴィアは煽るかのような口調で言った。
「こ……殺せ! その金髪の女だ! 顔も体も最高だがそこを気にしちゃ俺たちは負ける!」
影の一撃を回避した男はオリヴィアに銃を向けて言った。が、彼にも影は迫っていた。
3秒後。その男は影に貫かれて死亡した。
「皆、逃げて! ここはもう安全なところじゃない!」
と、叫ぶオリヴィア。
その間にも銃弾を跳ね返し、迫り来る男たちを返り討ちにしていた。
――パスカルと合流できれば。指揮なんてわたしよりパスカルの方ができるから。
ふと、オリヴィアの視界に入ったのは――逃げようとして撃たれたネリーの姿。少女は胴体を数発撃ち抜かれて倒れ。その上を武装した男が走る。
――ネリー!?
一瞬の気の乱れ。関わりを持った少女が目の前で倒れているのだ。無理もない。が、オリヴィアは同時に感じたことのない感情に戸惑っていた。
――いや、今どうして? 赤の他人なのに?
この戸惑いがオリヴィアに隙を作る。
彼女が攻撃の手を止めた瞬間――彼女の周りを見えないものが取り囲む。これは、閉じ込める能力。そしてオリヴィアは影の力を封じ込められた。
「久しぶり……と言うには早すぎるか?」
オリヴィアの能力を封じた空間の外からの声。オリヴィアはその声に覚えがあった。
「ルートビア……何のつもり?」
と、オリヴィア。
「話すにはまだ早い。いや、見たか? この武装集団を」
ルートビアは露骨に話をそらす。
「こいつら、モーゼス・クロルの私兵だぜ。俺は違うんだが、凄い人数だろ。全員がクロル家の血を引いているそうだ。傍系だとか、婚外子だとかでな」
「それがどうしたの?」
ルートビアの言うことはどうでもよかったらしく、オリヴィアは聞き返す。
「襲撃の理由と背景を俺は知っているし、止めるためにモーゼス・クロルに掛け合うこともできる。お前が俺と一緒にロム様のところへ行くならな?」
と、ルートビアは言った。
オリヴィアは「行く」と答えそうになったが、言葉を飲み込んだ。あまりにも調子の良すぎる条件なのだ。
オリヴィアはロムの元へ行きたくないわけではないし、襲撃も止めたい。その両方が叶う都合のいい選択肢が今ここで示されている。これは――ルートビアの提案は真実か?
「答えられねえのか、オリヴィア」
ルートビアは追い打ちをかけた。
「ロム姉は、どうしてわたしを置いていったの。急に消えて、半年は戻らないで。見捨てられたのかと思った」
と、オリヴィア。
「優先度はさして高くなかったらしいな。リンジーの方が良かったんだとよ」
ルートビアは答えた。
「……リンジーもいるの? ロム姉が消えてしばらくして消えたリンジーが?」
「いる。相変わらずロム様のお気に入りのようだ。お前もそうなれるんじゃないか?」
揺さぶるような口ぶりのルートビア。
相手が1カ月前のオリヴィアであればこれも通じただろう。が、今のオリヴィアは眉間にしわを寄せた。
――あるはずのない記憶を夢の中で見ているみたいだったときがある。あのときロム姉はわたしをリンジーと同じには見てなかった。わたしは出来損ないだった?
――違う。わたしはロム姉に。
わからないことはわからない。
オリヴィアは頭を抱えて黙り込んだ。
「おい、オリヴィア。お前が逃がしたかったやつらがどんどん殺されているぞ」
その声がオリヴィアを現実に引き戻す。
「わたしは――」
「それは揺さぶりだよ! 住人の保護は村長に任せたから!」
パスカルの声。
その直後、斧が振り下ろされ――




