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4 クロル家の次男

 オリヴィアやエミーリアたちと別れたアナベル。彼女が向かったのは街の中心部ではなく、少し外れたところにある廃墟だった。目的は、密会。

 アナベルが廃墟を訪れたときにはすでに目的の人物はそこにいた。


「早いね、ミラン」


「あんたに会うのが楽しみだったからね」


 銀髪の中性的な人物はそう答えた。


「ところで君は私に会っても大丈夫なのかな? 私を信用しない人もかなり多いと聞くけど」


「問題ない。あんたは私の婚約者よりも、兄上よりも信用できる。安心感があると言えばいいか」


 と、ミランは言った。


「それは私への愛の告白とでも受け取っていいのかな?」


 アナベルは誘うように言う。


「えっ……いや、そんなことは考えていなかった。が、アナベルが私の恋人になるのか。悪くないかもな」


 ミランは答えた。

 恋人など、ミランは考えたこともなかった。恋をすることも許されない状況で家族から婚約者をあてがわれ――


「アナベル。いつか私を半殺しにできれば婚約者をあんたに決める」


 と、ミランはさらに続けた。


「いいね。今はできないとしても面白そうだ♥️」


 そう言ったときのアナベルの顔は獲物を定めた狩人のよう。とはいえ、アナベルは自身の感情をさらさない。たとえ相手がミランだとしてもついてしまった癖のせいでそう簡単にはできないのだ。


「まあ、そのときは楽しみにしている。で、本題だ。あんたは、これからどうする?」


 と、ミラン。


 先ほど別れたキルスティたちはこれからカナリス・ルートの敵を討つ。オリヴィアはパスカルと合流するし、エレナはある人と密会をするようだ。そして、アナベルは。


「とても面白いことをしようと思うんだよ」


 アナベルは言った。

 悪だくみだ。たとえ表情に本心が出ずともミランにはすぐにわかった。


「というと」


「この街である取引が行われるそうだ。その関係者に私の獲物がいてね……そいつを狩る♥️」


 ミランが聞き返し、アナベルは答えた。すると。


「とんでもないことを考えるな……あんたは」


「まあね」


 と、アナベルはお茶を濁す。いつもはそういったことをしない彼女も、ミランの様子を見て深く話すことはやめた。

 そんなアナベルの前でミランは。


「私は……とある人の護衛に駆り出されることになっている」


 そう言ったが、それ以上のことを話そうとはしなかった。ミラン自身が話すことを拒んでいる。アナベルがとんでもないことを言った後なのはなおさら。


「護衛、かあ。カナリス・ルートの人間を護衛するなら殺し合うことになるね。そのときに半殺しにでもしてあげようか」


 と、アナベル。

 そう言われたときのミランは表情が変わる。


「できるなら、な」


 ミランが言ったのはそれだけだ。


 廃墟はしばしの間静寂に包まれる。友人でありながらも互いを探り合う2人。やりたいこととやるべきことの間で迷いを抱える中で時間は過ぎてゆく。


 静寂を打ち破るかのようにミランの携帯端末に着信があった。ミランはアナベルの前で電話を取る。


『私だ』


 電話をかけてきたのはミランの兄。だが、兄弟だというのにミランは晴れた表情を見せなかった。


「何の用だ……護衛のことであればすでに情報共有は済んだが……?」


『護衛ではない。シンラクロスの闇を潰す話だよ。きらびやかな場所に汚い場所はあってはならない』


 淡々と言うミランの兄――モーゼス・クロル。彼の声が聞こえていたアナベルは珍しく機嫌が悪くなったようだ。


「そんなところを潰せば密会の場所がなくなってしまうじゃないか」


 アナベルは呟いた。

 彼女以上にミランも表情を歪めた。


「その意図は何だ……」


 ミランは尋ねた。すると。


『少しは察しろ。今後ここで取引をするとき、あの区画があると都合が悪い。だから潰すんだよ』


 モーゼスは答えた。


「それで……私にやれと……?」


『違う。あの区画に粗悪な武器を横流しするんだ。武器を持てば人は逃げずに向かってくる。全員が戦って、全員が死ねばそれでいい。汚いダンピールは殺さなくてはならないからね』


 モーゼスの返答は、半分はミランの想定内だった。彼はダンピールを嫌っている。


『連中には金がないだろうが利益を考えればただ同然で流しても問題ない』


「どうしてそれを私がやる必要がある……?」


 ミランは尋ねた。


『金が動く仕事ではないからだ。君に金の動く取引は任せられない。君は信用されていないんだよ、家族なのに』


 モーゼスは答えた。それでミランはある程度のことを理解したようで。


「はは……私も貧乏くじを引かされたものだ……横流しをすれば……いいのだな……?」


『横流しだけじゃない。手を下せ。クロル家は吸血鬼だけでなくダンピールとも戦ってきたんだ。殺せ。殺せるだけ、な』


 モーゼスの返答――いや、命令は非情なものだった。

 誇りと天秤にかけてしまえばミランの命など安いと言っているよう。だが、それがクロル家の価値観。ミランだってそれくらいは解っていた。


「了解だ……信用もしていないのなら……期待なんてするな……」


 今、少なからずミランは負の感情を抱いている。それは顔に現れており、アナベルも気付いていた。


『また連絡する。そのときも必ず取れ。必ずだ』


 モーゼスはそう言って電話を切った。


「何があった?」


 と、アナベル。


「ダンピールを殺せ、だそうだ。ひいおばあちゃんの弟子がダンピールだということを知らないのか、あの人は」


 ミランは答えた。


「エレナのことかい?」


「正解だ。エルセおばあちゃんのダンピールの弟子はエレナしかいないよ。まあ、あの人のおかげで私の価値観がクロル家とずれた……」


 ここでミランは何か言いかけたが。


「話がそれてしまったようだ。これから私は、旧シンラクロスを潰す。そこに私の感情なんてないんだよ」


 ミランはそう言い直す。決断した彼女からは悲壮感が漂っていた。



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