3 これまでではなくこれからを
オリヴィアが連れてこられたところはシェルターとはまた違った場所だ。一見すると一般的な戸建ての家だが――
「ここが私たちのアジト。詳しくは中で話すから」
パスカルは言った。
オリヴィアは未だに警戒しながらパスカルたちと共にアジトへと足を踏み入れる。どうして初対面であるオリヴィアを連れてそんなことができるのだろうか。
部屋の内装も、一見ごく普通の家と大差ないように見える。が、よく見てみれば床下収納が多い。一つや二つ程度ならまだわかるが、オリヴィアが見た限り五つはある。
そのうちの一つから足音が聞こえてきたようで。
「ヒルダがこっちに来るかな? 部屋にはいなかったみたいだし」
と、パスカル。
彼女の隣にいたランスは少し状況を理解していないようだったが。
やがて、床下収納の蓋が開けられた。床下から顔を出したのは黒髪とオレンジ色の瞳が特徴的な少女。見たところ15歳にもなっていないようだった。
「よう、ヒルダ。収納の方にいたから何やってたかと思ったぜ」
ランスはヒルダの姿を見るなり言った。
「もう、ランスは何も知らないんだな! ここの収納は射撃場になってるんだよう!」
「そうだったか。てっきり武器でも収納しているのかと」
「ま、ランスはよくわからないよね。本来ここにいる人じゃないんだから」
と、ヒルダは言う。
傍らでそのやり取りを聞いていたオリヴィアは何のことかも理解できていない。騒ぎに巻き込まれたときに出会ったパスカルたちに連れて来られたのだから。
「でさあ、パスカル。その人がオリヴィア?」
ヒルダはオリヴィアの方を見て言った。
「そうだよ。ただ、あまり私たちを信用しているようには見えなくて。どういう境遇だったのかも聞きたいところなんだけど。下手に聞き出せば殺されそうでね……」
パスカルは答えた。
観察力のある彼女は理由こそわからないものの、オリヴィアがふとした拍子に自分や仲間を殺してしまいそうだと見ていた。
――どこまで話を聞けばいいのかもわからない。過去のことを詮索したところで、私も殺されるかもしれない。やることをやれずに殺されるというのも後味が良くないね。
「それって拷問のこと?」
オリヴィアは言った。
「まさか! パスカルもわたしもランスもそんなことしないよ! 少しの間でも楽しく過ごせたらいいなって思ってるだけだから!」
ヒルダは無邪気に笑う。そんな彼女の笑顔を見ていられなかったオリヴィアはつい、目を背けた。ヒルダに悪意がないとわかっていても、自分の抱く殺意とは正反対の感情を見せつけられてしまったから。
「……そうなんだ」
話してみようとも考えていたのに、オリヴィアはそっけなく言った。
――この人達はどうなの? ロム姉とか、ロゼッタと同じだったら、信じてもいいの? 教えてよ、ロム姉。何もかもあなたに教えられたから。
「それじゃあ、歓迎会としてお茶でも淹れようか。安心して、毒は入れないから」
パスカルは言った。
その言葉に、オリヴィアは心を許しそうになるが。それでもオリヴィアはロムの言葉が頭から離れなかった。
――私たち以外は信用しないで。信用できるのは私たちだけ。私たち以外はすべて敵。
その言葉がオリヴィアの頭の中でぐるぐると回っていた。
「パスカルがお茶淹れるならわたしはお菓子を出すね。この前暇つぶしに焼いたパウンドケーキがあるんだよね!」
不信感を持ったままのオリヴィアをよそに、パスカルとヒルダはお茶やお菓子を準備している。さらにランスも部屋のテーブルを拭き始めていた。
どういうわけか、歓迎されている。オリヴィアはキョロキョロしながらため息をついた。
「お茶会の途中に殺されても知らないから」
オリヴィアは呟いた。
暫くするとテーブルにハーブティーとケーキが置かれた。オリヴィアが見た限り、そこには何の仕掛けもない。
「座らないの? わたし、オリヴィアが来るって言われて楽しみにしてたんだよ?」
ヒルダは言った。
「……どうしてそんなことが言えるの。だますのならそれでいいけど、それが本心なら理解できない。新入りはいびるものだし、部外者で私みたいなのは騙し討ちするのが普通でしょ?」
「はいはい、人間不信はそこまでにしようね。ちゃんとここに着席して、私たちの仲間意識を受け取らないならあんたを殺してロムの前に転がすよ? あんたがそれを望んだということにして」
ここでパスカルが口を挟む。このときのオリヴィアは首筋に刃物でも突き付けられたような感覚を覚えた。
「……それだけは、やめて。わかった。ちゃんと席にはつくから。お茶とお菓子も頂くから」
オリヴィアは言った。
「わかればいいんだよ。とりあえず、過去のことを必要以上には詮索しない。話すのは、これからのこと。あんたがやりたいことを話してくれればいい」
と、パスカル。
4人はテーブルの周りに置かれた椅子に座る。パスカルとオリヴィアが向かい合うようにして座り、オリヴィアは妙な圧を感じていた。どうにも彼女の前では調子が狂うのだ。
「さて、オリヴィア。やりたいことは?」
「ロム姉を探すこと。だけど、私はその情報を持っていない。だから、まずは情報収集から」
パスカルに聞かれてオリヴィアは言った。
「結構考えていたんだ。だけど、ここにいていつまで安全なのかはわからない。私としては、一度ここを離れることを進言するよ」
パスカルはそうやって提案した。
「言ってることは正しいと思う。あなたの言うことを信用するのは癪だけど、その提案には乗る。で、行先のあては?」
「俺が本来いるはずの場所。存在しないエリア、マルクト区だな。潜伏するならそこがいいだろう。それに、金さえあれば情報がいくらでも買える場所だ」
今度はランスが言った。
「じゃあ、こうしようか。明後日の日没に出発。車では時間がかかるが、山越えして東側に。東側に出たら、できるだけ安全なルートをとる。運転は任せた」
「そのつもりだ」
パスカルとランスは事前に考えていたかのように話を進める。そうやって、オリヴィアの「これから」が決まっていった。