1 歓楽都市シンラクロス
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「ふむ、では予定通り7日に取引先だな。アレはもう用意してある。そちらも1000万デナリオン準備しておいてくれ」
銀髪の男は携帯端末をポケットに仕舞うと、両手を顔の前で組み。
「うまくいきそうだ。あとはこの町の治安維持部隊に納品するだけ。くれぐれもしくじらないでくれよ?」
この男、モーゼス・クロル。ここ、シンラクロスの住人ではないのだが、ある用事でこの町を訪れている。見たところ、相当な金持ちのよう。彼のいる場所も高級ホテルの一室で、身に着けている白いスーツもオーダーメイドのもの。そして只者ではない雰囲気。
それもそのはず、モーゼスは吸血鬼狩りの重鎮ともいわれるクロル家の現当主にして――
「任せておけ。当主こそ譲ったが、私も準会員。情報を洩らさないくらいは容易いよ」
モーゼスの前にいた60歳すぎくらいの老人は言った。
「ところで、ミランを部屋に入れなくてよかったのか? あいつも取引に護衛として参加するが」
「あぁ、父上。心配はないよ。ミランは今、別に頼み事があってここを離れているにすぎない。決して信用していないわけではないんだ。共有すべき情報はすべて共有したよ」
と、モーゼスは言う。
彼の顔は笑っているが、目は笑っていない。その様子から、モーゼスが何かを考えていると先代当主は悟る。いや、考えていることも半ば見通したようなものか。先代当主はモーゼスが赤ん坊の頃から彼のことを知っているのだから。
「無茶はするな。取引を上手くいかせることが目的なのだろう?」
先代当主は言った。
「わかっている。こちらには後ろ楯がある。あなたなら知っているはずだろう」
と、モーゼス。
「そうだな。カナリス・ルートか。とはいえ今はまだ消せていない人間がいるのではないかね?」
先代当主がそう言うと、モーゼスは眉根を寄せた。
気がかりなのはそこだ。少し前に受けた連絡によれば、しくじったのだという。本来ならば会員自ら手を汚さずともできるようなことができなかったのだ。
「それなんだが……私の部下を連れて来てみた。裏切りの心配のない彼らなら不届き者を消せると踏んでいる。問題はそいつらがどこに現れるか」
「ふむ。では情報は探っておこうか。マルクト区ほどではないにしても、この町で情報を得ることくらいは容易い……」
先代当主は笑う。
眠らない町シンラクロス。
歓楽街やホテルなんかが建ち並ぶ娯楽都市だ。列車の終着駅に恥じない規模の大きさで、世間知らずなオリヴィアは驚いていた。
まだここは入り口に過ぎないが、すでに雰囲気がある。観光客向けの土産屋や飲食店があり、その辺りも人でにぎわっている。
「この町のカジノやゴルフコースでは、資産家が接待を受けることがある、なんて言われているみたいだな」
オリヴィアの隣でキルスティは言った。驚くオリヴィアとは対照的にキルスティはやけに冷めている。この町には興味がないのだろう。
「へぇ……すごいね。というか、パスカルがこんな町を選ぶなんてちょっと意外かも」
と、オリヴィア。
彼女から見てパスカルは娯楽都市とは縁がなさそうだった。
「意外な一面があるかもしれないし、それ以外に理由があるのかもしれない。私にはわからないけど」
そうやって会話を交わしながら、一行はシンラクロスの駅舎を出た。
流石眠らない町、レムリア一の娯楽都市。人々が集まって賑わいを見せている。そんなシンラクロスの町を改めて見てオリヴィアは圧倒された。
「パスカルって人が探してるなら一度解散かね。私たちはカナリス・ルートを迎え撃つことになっているし」
と、エミーリアは言った。
「ほーん。それぞれの目的ごとに別行動になるな。合流は未定だが。私はオリヴィアをパスカルのとこに送り届けてからある人に会う。で、あんたはどうだ、アナベル」
エレナはアナベルの方を見た。
「私も別行動だよ。ここで面白いことをやるつもりだけど」
と、アナベル。
オリヴィアはここでアナベルが車内で言っていたことを思い出した。用事。何のことだろう、と考えこもうとしたとき。エレナが口を開いた。
「了解だ。じゃ、行くか。パスカルが待ってる」
オリヴィアとエレナはエミーリアたちと別れてとある飲食店に向かう。特徴的な場所なのですぐにわかると聞かされていたオリヴィア。
「その飲食店って……」
「カニバル・グリルのことか。特徴的なのは確かなんだが、いかんせん悪趣味なんだよ。手首を模した肉料理とか出してるところだからな」
エレナは言った。
「よりによってそんなところ……。会った時からよくわからない人だと思っていたけれど、パスカルって本当によくわからない人だね」
「ま、善人ってことに間違いはない。ずれてることは知っているが、あれでも父親の遺志を継いでいろいろやってる」
エレナはパスカルのことを知っているかのように話す。実際にそうかもしれないが。
エレナに案内されて向かった場所は規模の大きい商業施設。その一角にあるのがなんとも悪趣味な飲食店。血痕のような装飾が施され、エントランスは薄暗い。一応は営業中のようだが。
その飲食店の前でエレナは立ち止まった。
「ここだよ。カニバル・グリルってとこは」
エレナは言った。
「ここなんだ……パスカルたちは?」
「中で待ってる。」
オリヴィアとエレナは飲食店に入る。
内装もやはり血のような装飾があるし、まるで人の肉が提供されているかのような雰囲気だった。
店員に案内された先にはパスカルとヒルダがいた。一足先に到着していた彼女たちは料理を注文した後らしかった。パスカルの前には手首を模した肉料理が、ヒルダの前には目玉のような球体が入った赤いスープが置かれていた。
「久しぶり」
「オリヴィアだ!」
パスカルとヒルダは口々に言った。
再会したのが嬉しかったのだろうか、ヒルダは立ち上がってにこりと笑う。
「連れてきてやったぜ、パスカル。ランスはどうした?」
「一足先にマルクト区に行ってるよ。やることがあるみたいだからね」
パスカルは言った。
「ま、それでも合流できてよかった! これからマルクト区に向かうんだけど、その前にやることがあるんだけどね。とりあえずそれは明日から」




