14 夜明け
キルスティは毒かそれに類する能力を使い、ダンピールの血液は吸血鬼にとって猛毒となる。彼女の言ったことは車内に転がされたシェルトを見れば嫌でも本当だとわかる。
「吸血鬼ハンターがいたら、どうなってたんだろうね」
キルスティは言った。
「わからない。強さ次第では――」
オリヴィアがそう言いかけたときだった。
「そこまでだぜ、吸血鬼! って、もしかしてもうやったか?」
車両に入ってきたエレナとエミーリア。どうやら敵が吸血鬼と知ってここに来たようだが今の状況を見て拍子抜けしたらしい。
というのも、目標――吸血鬼は討伐済み。彼の体は壊死し、そこから灰になっているのだ。明らかにエレナとは違うやりかたで斃されている。その様子を見てエレナは一瞬だが眉根を寄せた。それこそ、「何があった」とでも聞きたがっているかのように。
だが、聞きたいのはエレナだけではない。
「エミーリア……と誰? 駅で何か飲んでた人?」
オリヴィアは言った。
「あー、知らなくて当然だよねえ。私はエレナ・デ・ルカ。鮮血の夜明団で不適切な吸血鬼を狩っている」
エレナは答えた。
「吸血鬼ハンターなんだ。でも残念、吸血鬼は私とオリヴィアが仕留めた」
今度はキルスティが得意気に言う。
「へえ……吸血鬼を倒す光の魔法使いじゃないって聞いたがそれ以外に手段があるってわけか。教えてくれよ」
「私しか出来ないことをなぜあんたに教える必要がある。吸血鬼ハンターにも私くらいの人がいなきゃ、教えるメリットがないね」
エレナに聞かれるとキルスティは言った。
初対面の相手にこの態度をとるキルスティに飽きれたエミーリアはどうにか話題を変えようとして口を開く。
「そうだ、キルスティにオリヴィア。倒したやつから情報を得たかい?」
「さっき倒した吸血鬼……私を連れていくつもりだったみたい。それと……」
オリヴィアは答えた。彼女の表情が曇ったことはエミーリアにもわかった。
おそらくオリヴィアは人に言いづらいことがある。だがそれはエミーリアにとって大切なことなのかもしれない。
「言いにくいことでもあんのかい。あんたが訳ありみたいなのは前からわかってる」
エミーリアは言った。
「キルスティ、エミーリア。もしわたしがカナリス・ルートの関係者だとしたら?」
オリヴィアが言うと、キルスティとエミーリアの顔色が変わった。彼女たちはオリヴィアに疑いを向け始めたようにも見える。
「で、実際は?」
オリヴィアを疑うような空気の中、エレナは言った。
「本当にカナリス・ルートの関係者かわからないけど……少なくとも襲ってきたやつらはロム姉を知っていた。それ以外は口を割らなかったし、情報は得られなかった」
頭に血が上って、拷問する前に殺したなどとは言えない。そのときにロムのことを伝えられ、オリヴィアはずっと否定したがっていた。
「ほーぉ。オリヴィアは警戒するまでもないぜ。ちょいとばっかし危ういが、カナリス・ルートの人間じゃねえ。むしろ……」
と、エレナ。
「なんでわたしのことを知ってるの」
オリヴィアは聞き返す。
「待ちな。今話すとこだぜ。オリヴィア、パスカルがシンラクロスで待ってるんだとさ。そこで合流するつもりみたいだ」
エレナから思いもよらぬことを聞かされ、オリヴィアは黙りこむ。
――どうしてパスカルは私にこうも良くしてくれるの。意図がわからないよ。
「シンラクロスっていうと私たちも向かうところだな。カナリス・ルートの情報を探ろうと思って、あそこならってね」
キルスティは言った。
「そりゃ、エミーリアから聞いた。オリヴィアもよかったな、こんな仲間に恵まれて」
エレナはそう言って微笑んだ。
「う、うん。あとは……乗客をどうにかしないとね。私が気絶させた人だっているし、晃真も同じようなことになってるはず」
「晃真のことはきにしなくていい。不本意だけどあいつはアナベルに預けて来たからさ」
今度はエミーリアが言う。
――殴られたのはわかっている。何を考えていたのかはわからない。あとは、今俺の頭の下が柔らかい。多分、列車の床とは違う。多分。
晃真が目を開けると、その真上にはアナベルの顔があった。
気を失ったときとは違い、今は空が明るくなってきている。あれから時間が経っているらしい。
「おはよう」
と、アナベルは言った。
「えっ……待て。今どういう状況なんだ? 俺はオリヴィアに殴られて、なんでここにいる? いや、なんでアナベルなんだ?」
「混乱してる様子だねえ。可愛いなあ……」
アナベルはそう言うと舌なめずりをした。
「わかってるなら教えてくれ! なんで俺は――」
「私がエミーリアから預かったからだよ。倒れていたところに放置するのも良くないと思ってね。エレナとエミーリアは別で何かするみたいだったから私が残ったってわけ。で、今の状況は……敵全員を倒した。洗脳したやつも、吸血鬼もね」
アナベルは順を追って説明した。
「そうだったのか」
晃真はそう言いながら体を起こし、アナベルから距離を取った。目を覚ました瞬間から、アナベルの何とも言えない雰囲気を感じてしまったから。
「……オリヴィアならこういうことしないんだけどねえ。まあいいや、オリヴィアたちが戻ってきたら朝ごはんでも食べようか」
と、アナベルは言った。
穏やかな朝だった。




