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13 恐怖の大王

 斬撃が放たれた。何度も襲い掛かる、一撃にはとどまらない斬撃だ。

 車内の豪華な設備も破壊され、オリヴィアとキルスティはどうにか影で身を守ったが。


「まだだ」


 その声とともに、二撃目。今度こそオリヴィアは避け損ねた。一方、キルスティはその攻撃を回避。そして。


「勝利の女神は私に微笑んだらしい」


挿絵(By みてみん)


 キルスティはハサミを持ち直して言った。

 彼女の意図を理解しかねたシェルト。その戸惑いは一瞬だが確実に彼の隙を作り出す。

 2対1だ。実力に大きな差がない限り、必ず隙を見つけることはできる。その隙をオリヴィアは狙った。


「キルスティの言う通りだよね」


 オリヴィアがそう言うと同時にシェルトの右腕は剣とともに宙を舞った。赤い鮮血をまき散らしながら。

 オリヴィアがやった。シェルトの腕を切断した影がぬらりと陰の中に消えた。


「くそっ……」


 斬られたときは困惑した。

 だが、シェルトもそれで黙ってはいない。反撃する意思を見せつけるかのように彼の周りの文字が輝いた。


「赤い雨が降るとき……雨とともに槍が降るだろう……槍は稀代なる錬金術師を……切り裂きにかかる……」


 能力を発動させる。

 剣を手放してもシェルトは止まらない。

 たかが腕1本失ったところでそれが吸血鬼への有効打とはならなかった。


 そればかりかシェルトは己の傷を攻撃に利用した。

 降り注ぐ血に混じり、実体のない槍までもが降ってくる。それは主にキルスティを狙い。だが彼女は槍の中に飛び込んだ。

 不可視ともいえるような槍がキルスティの肌を裂く。白い肌から滲む赤い血。それでもキルスティはシェルトに詰め寄った。そして。


「私の血液はおまえにとって猛毒なんだからさあ!」


 キルスティは血塗れのハサミを振るい――


 ハサミの刃はシェルトの胸元に傷を入れた。オリヴィアの一撃に比べればごくわずかなダメージだろう。が、これが戦況を動かすことはキルスティにしかわからない。


「それがどうした。腕も飛ばせていない、何が決定打なのか?」


 シェルトは言った。


 そんな状況でキルスティは勝利を確信していた。なぜならば――ハサミは、吸血鬼を蝕む毒はシェルトの体内に入ったのだから。

 シェルトは気付かないまま、能力を再び発動させた。


「不吉な夜が来るとき……恐怖の大王が――」


 そのとき、シェルトは妙な感覚に襲われた。


 キルスティにつけられた傷。そこから体を抉るような、だが痛みのない感覚が生じていたのだ。


「恐怖の大王が……来るだろう! お前たちを殺しに!」


 その感覚が命に関わるものだと直感したシェルト。ここで決着をつけることを決めた。もはやオリヴィアを勧誘することも諦めて殺すことにした。


 シェルトの体に文字が貼りついてゆく。キルスティがつけた傷もふさがり、斬られた腕も急速に再生する。

 極めつけは顔半分を覆う漆黒の仮面。人間を、いや吸血鬼すらも超越しているようだった。


「まさか効いてないなんてこと……」


 シェルトの様子を見てオリヴィアは言った。


「そうじゃないといいね」


 と、キルスティ。

 焦るオリヴィアとは対照的に至って冷静な口調だった。

 オリヴィアの方に向き直ることなく、その視線は相変わらずシェルトの方にむけられている。


 恐怖の大王と化したシェルトはキルスティに突っ込んできた。それを捌くことができないと判断するキルスティ。せめて刺し違えようと、もう一ヶ所に毒を打ち込もうとした。


「させない!」


 シェルトの攻撃はオリヴィアの手で防がれた。

 影を操りながら、オリヴィアは敵の状態をよく見た。シェルトの意識がキルスティに向いている間に。


 どうやらシェルトの傷――毒を体内に入れられた部位は胸元。その部分が紫色に腫れ上がり、目視できる速さで壊死していっていた。

 シェルトも壊死していることを自覚して最後の攻撃に出るようだった。


 肺にまで壊死が進行しているのだろうか。掠れた声でシェルトは。


「恐怖の大王が死すとき……死へ導いた者を――」


 声も出せていない。

 壊死が瞬く間に進行したようで、シェルトはうつ伏せに崩れ落ちた。


「勝てた……」


 オリヴィアは声を漏らした。

 彼女の前に倒れているシェルトは体の一部が灰になっている。少なくもとその部分は生命活動が止まっているらしい。

 灰になる部分は血液が流れる方向に沿って広がってゆく。


「勝てたね。ありがとう、オリヴィア。私ひとりで戦うのは多分無理だったよ」


 と、キルスティ。


「う、うん。それでキルスティ。毒って?」


 オリヴィアが尋ねると、キルスティは傷口を押さえて。


「1つは私の能力。まだ詳細は言えないが、吸血鬼以外は使った後に遺体を焼却しないとまずいような代物。もう1つはダンピールの血液」


 キルスティは答えた。

 オリヴィアが思うよりもあっさりと答えたものだ。毒という、解析されれば意味を成さないものの秘密を話すことをオリヴィアは予想していなかった。


「あんたもそうだけど、私たちダンピールの血液は吸血鬼にとって猛毒。あまり知られていないけど、私は知ってた。だから今回はそれを利用したわけ」


 さらにキルスティは続けた。


「わたしの血液が吸血鬼の毒……」


 これまでに知る由もなかったことを伝えられ、ぽかんとする。


「そういうこと。全部私が検証したんだから、誉めてくれてもいい」


 普段は無愛想なキルスティが、今だけは笑顔になった。



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